ツーリング日和11(第14話)二人の夜

 夕食が終わると部屋に戻るのだけど、

「朝までごゆっくり」
「頑張ってな」

 なにを頑張るのよ。たく、あの二人が煽りまくるから意識しちゃうじゃないの。意識だけはしてたよ。昨夜も一昨夜も。そりゃ、部屋は別だったけど、宿が宿じゃない。この旅館みたいに部屋にカギがかかるわけじゃなかったもの。

 カギどころか襖一枚で隣の部屋だったのよ。襖さえ開ければいつでもエルのところに来れるもの。関が原の夜はさすがに出会って初日の夜だから気分はNOだったけど、妻籠の夜はだいぶ微妙になっていた。

 歓迎は言い過ぎだけど、求められたら断り切れなかったかもしれないぐらい。それこそ告白じゃないけど、断ったら加藤さんとのすべてがジ・エンドになっちゃうじゃない、だから来られたら真剣に悩んでいたと思う。それぐらい一緒にいたいし、加藤さんを好きになってる。

 でもって部屋には布団が並べて敷いてある。それもキッチリくっ付けてじゃない。まあ、そうするか、この年齢の男と女なら、そういう関係じゃない方が不自然だもの。宿帳上なら夫婦だものね。

 でもこうやって並んでいる布団を見ると、どうしても思いだしちゃうのよね。エルのあの初体験。馬並の元カレも最初まではステップを踏んでくれた。告白、デート、手をつなぐから、ハグ、さらにキスってね。

 それなりに時間をかけてたもの。もっとも、そういう手順を良く知ってたのもあったと思う。でもネンネのエルからすればキスまで行けば、次はあれしかないじゃない。愛し合ってたし、その先に結婚まで浮かんでいれば考えない方がおかしいもの。

 だから旅行に誘われた時は覚悟した。旅行をOKすると言うのは、あれもOKしか意味ないもの。ついにって思ったよ。でも怖いのは怖かった。初めては痛いって聞かされていたからね。だけど嫌じゃなかった、嫌なら結婚なんか出来ないもの。

 昼間はあれこれ観光して、旅館に入って、あの時もお食事処だったね。食事が終わって部屋に戻ると、布団が並べて敷いてあった。頭に血が昇っていくのがわかったもの。その時が来たってね。

 その夜に元カレの馬並に女にされた。まったく殺されるかと思った。それもだよ、一発じゃなかった。殺されそうなのを三発も経験させられた。いや四発だ。朝に追加もあって、馬並に貫かれて叩き起こされた。たく寝てるのにぶち込むな。

 次の日の昼間のエルのあそこは歩く違和感でしかなかったもの。まったく処女相手にいきなり四発はやり過ぎだろうが。だけど旅行は一泊じゃない。翌日も、その翌日も続き、帰った時には二桁超えてた。


 あははは、あくまでも今から思えばだけど、あの初体験の夜からボタンのかけ違えが始まっていた。元カレはエルがまだ処女だったことに喜んでくれたけど、元カレだって処女とやるのは初めてだったはず。そうじゃなきゃ、いきなり三発も四発もぶち込むものか。

 その後も自分が女にしたエルには熱中してくれていた。男が処女が好きなのは定番だし、自分が女にした相手を自分の色、自分の好みに染め上げるのに熱中するってこと。そんな元カレの熱中ぶりにエルは確実な愛を感じたし、濃厚に結婚を意識した。しない方が不思議だろ。

 だけど元カレの目的は違っていたんだよ。なにが違っていたかって? そりゃエルが処女だったことだよ。エルの歳で処女なんて天然記念物レベルじゃない。当然だけど男の経験を重ねた女だと思い込んでいたんだ。

 わかるかな。元カレがエルに望んだのはセフレだよ。エルに男経験がそれなりにあったなら、それこそデートで美味しいものを食べ、記念日にプレゼントでももらいながら、夜のベッドのお相手をする関係だけで終わってたはずなんだ。

 それが処女だったばっかりにエルの体に熱中しすぎ、エルも結婚に至る恋愛だと信じちゃったのよね。これはエルの方が燃え上がり過ぎて、たぶんだけど元カレも覚悟を決めた気がする。あれだよね、これは逃げられないってあきらめみたいなもの。だから開き直ってプロポーズをしてくれたはず。きっと内心は、

『こうなってしまえば逃げられない』

 こんな感じだったで良いはず。つまりは文字通りの同床異夢だったってこと。あははは、処女は怖いって思ってたかもしれない。あの頃のエルの結婚オーラは凄かったんだと思うもの。

 そこまですれ違っていたから、元カレはあっさりカンナに転んだのだろう。悔しいけど、エッチだってカンナの方が経験豊富なテクニシャンだ。処女だったエルより刺激的なエッチをやすやすと提供できたはず。いや、提供できたからこそ元カレが夢中になり、あの騒動になったはず。

 結局のところ、エルが処女だったばっかりに、お互いの計算が狂って結婚直前まで進んで行っちゃったぐらいの結末みたいなもの。どう考えてもアホみたいな話だ。

「エルさん、エルさん、もしも~し」

 ゴメンゴメン。旅館の布団を見たら急に思いだしちゃった。ああ、イイよ、加藤さんが欲しいなら。エルの今の目的は加藤さんとのこの出会いを一分一秒でも伸ばすこと。そのためにエルの体が必要なら躊躇わない。

 たとえ、それでポイ捨てされても後悔しない。エルだって男の経験が元カレ一人じゃ寂しいじゃない。加藤さんとだったら、きっと良い思い出になるはず。

「ちょっと離しときまっせ」

 えっ、どうして、

「当たり前でんがな」

 そんなに魅力ないかな。

「アホ言うたらアカン。エルさんはそんな人やあらへん」

 おいおい、エルはどんな女なんだよ。馬並の元カレにヒーヒー言わされまくってるんだぞ。

「もし百万が一でも、エルさんとの機会があれば、その時はわての生涯をすべて捧げます。わてごときで申し訳ありまへんけど、それ以上出せるものがあらへんのが悔しいですわ」

 ちょっと待ってよ。目の前にいるのは、たかがエルだよ。そうか酔ってるんだ。あの二人の相手をすればそうなるよね。酔わせて口説くとか、そのままベッドって良くある話じゃない。

「並の女ならあるかもしれへんけど、エルさん相手にありえるはずあらへん」

 エルなんて掃いて捨てるほどいる並、いやそれ以下の女だよ。それこそ座興でも、

「アホ言いなさんな。わてがエルさんと名前呼びさせて頂いてるだけで、どれだけ畏れ多いことか。呼ぶたびに震え上がっとりま」

 うん、それって、

「しもた。さっきの言葉は忘れて下さい。もう寝まひょ。明日も走りまっさかいな」

 あちゃ、本当に寝ちゃったよ。加藤さんの特技にどこでも、どんな時でも眠れるってあるって教えてもらったけど、ホントにあっと言う間だ。でもさぁ、ある意味失礼だよ。これって、エルに魅力がないって言ってるのと同じじゃない。

 それだったら、エルが加藤さんの布団に入っちゃおうか。今夜はそんな気分なんだ。そうだよ女だって欲しい時はある。女から男を求めたっておかしくとも何ともない。でもさ、寝ている加藤さんを立たせて跨るのはさすがにね。

 エルだってそれぐらいの経験はあるよ。もっとも入れたまま体を起こされて、上に跨ったんだけどね。そして腰振りダンス。加藤さんが望むのならともかく、エルがいきなりしかけるのはまだ無理だ。

 いくら経験済みとは言っても、最初の時は加藤さんのリードがイイもの。というか、エルは基本的に受け身。エルじゃなくても女はそうだろ。そりゃ、回数を重ねればあれこれするだろうけど、最初から全開は恥しいもの。

 そういうのは愛する彼氏に望まれたら、やむなく恥じらいながらするのが良いはずなんだ。あれってね、経験してわかったようなものだけど、とにかく恥しいものなんだ。素っ裸になるって時点で、もうこれ以上は無いと最初は思ったけど、エルが感じる姿を見せてしまうのが、どれだけ恥しかったか。

 ああそうだよ。エルも馬並に慣らされたし、馴染んだの。馴染んでしまえば、馬並は強烈だったかもしれない。この辺は比較が無いからわからないけど、同棲中にイクとこまで行ったもの。あれがどれだけ恥しかったか。本当に全部知られてしまったと思ったもの。

 初心だったのよね。加藤さんには申し訳ないけど、あの時の初心さはすべて元カレに捧げてしまったかな。やってる時に後悔はなかったけど、こうやって加藤さんと巡り合えるなら、置いとけば良かったかも。

 それもこれも後悔先に立たずだけど、その代わり応じられものは増えてるはず。元カレだってエルのすべてを経験させたはずじゃないはず。加藤さんに捧げられる初めてだってきっとあるはず。それが何かはわからないけどね。

 エルも寝ようか。さっきは求められたら応じる気分だったけど、心の底ではまだ早いと思ってるのは正直なところはある。もちろん求められたら応じてたけど、もっとこの恋を大切にしたいって思いも強いのよ。

 やるのは最高の愛の形と言えるけど、その前にやることがあるじゃない。そうよ、やるのはやり出せばいくらでも出来るのは教えられたけど、やる前だからこそ、出来ること、しておきたい事があるはず。

 加藤さんとの恋は、そういうステップを積み上げた末に結ばれたいな。お互いの心を高め合い、心の奥の絆をしっかり結んで、それからって感じ。そりゃ、馬並みの元カレの時も外形的にはそうだったのは否定しない。

 それを信じて結婚に突進したのだけど、あれは心が伴ってなかった。伴ってなかったから、ああもあっさりカンナに転びやがった。あの経験は手痛かったけど、その代わりに男を見る目が養われたはず。

 加藤さんは馬並みの元カレとは別物だ。性欲マシーンのヤリチン男じゃなくて、まさに男の中の漢だ。これ以上大切な恋はないはず。だからこそ、だからこそなんだ。そりゃ初体験じゃないけど、初手合わせは大事なんだよ。

 なんか眠たくなってきた。あれだけ走れば疲れてるものね。明日もたくさん走りそうだから、もう寝よう。そうだよ、まだ明日もある。明日こそは・・・また二人の夜にさせられるのは決まっているようなものだものね。