ツーリング日和11(第32話)エピローグ

「今回のツーリングはおかし過ぎるよ」

 いやそこまでお菓子のお土産は買い込んでへんで。土産物屋のお菓子はどこに行っても似たようなもんやし、そこの特産とかなったら生菓子が多いから、どうしたって日持ちに無理が出てくるさかいな。

「そういう意味じゃなくて、変過ぎるでしょ」

 たしかにな。成り行きとは言え、佐渡島は余計やったかもしれん。あれで二泊も伸びたから、ミサキちゃんにも、シノブちゃんにも悪いことしたもんな。そやけど佐渡島行けたから朱鷺見れたし、ツーリングロードとしたら良かったんちゃうか。

「そりゃ、あれぐらい無理しないと佐渡島に行けないから、それはそれで良かったけど、絶対に間違ってる」

 それは言い過ぎやで。信州なんか初めて走ってんやから、それなりに間違ったり、迷ったりが出るのが当たり前やろ。

「そりゃそうよ。初見の道で間違えない方がおかしいよ。あれぐらいはツーリングの楽しみのうちの一つじゃない。コトリにはいつも感謝してるし、今までもコトリが悪いなんて思ったことなど一度もないもの」

 そやったら、心にもないことを、いっつも、いっつも、口に出しとるのかい。

「あらそうよ。あれは単なる事実の指摘だもの」

 あのなぁ、なんかあったら、待ってましたかのようにポンポン口に出しやがって、ホンマ腹立つ奴やな。それやったらいつものツーリングやんか。秘湯が足らんかったんか。

「高峰温泉の野天風呂は最高だったし、野沢温泉の外湯巡りも堪能できたから大満足よ」

 外湯巡りはおもろかったし、あの野天風呂かってそうは入れるもんやあらへんもんな。メシかって野沢温泉までは山の幸に偏っとったけど、佐渡の山の幸でバランスが取れてちょうど良かったと思うわ。

「でもおかしいのよ」

 心配せんでも、バイクは科技研のライダーズクラブで整備してくれるから、どっかに不調を感じ取っても心配せんでエエ。まあ感じた点を指摘しといたら親切や。

「バイクじゃないよ。ツーリングだって」

 そりゃ、アバンチュールはあらへんかったけど、これは今回だけやあらへんやんか。たくいっつも、いっつもなんであらへねんやろ。世の男どもの目は節穴ちゃうかと思う時があるわ。やっぱりユッキーと二人組なんがネックなんやろな。ユッキーの祟りは怖いわ。

「呪ってやろうか」

 やれるもんならやってみい。つうかホンマに災厄の呪いの糸を出して来るな。今回なんか出会ってもたのが加藤さんやったもんな。加藤さんは漢やし、エエやっちゃねんけんど、悪いが射程範囲外やねん。その上や、女連れやんか。その女かってトビキリやぞ。よう加藤さんなんかに惚れたと感心するわ。

「それは言い過ぎよ。わたしたちの好みじゃないだけで立派な漢だよ。漢ならリアルなまはげでも女は惚れる」

 そやった、秋田で出会うたリアルなまはげに較べたら加藤さんでも余裕の美男子やもんな。それにしても、あれだけの女があの歳までよう残っとったわ。だってやで、結婚願望はちゃんとあるし、気立てはエエし優しいやんか。

「天然は入ってるけどね」

 あれぐらいの天然は愛嬌にしかならんわ。よっぽど理想が高かってんやろか。想像するのも怖いぐらいの数の男が群がったはずやねんけどな。

「そうだよね。破談にした元婚約者もアホだよ。その妹とかに手を出したそうだけど、どこが良かったんだか」

 そこは男と女の仲やから一概に言えんけど、漢やないのだけは間違いあらへん。漢やったらあれだけの女を手放すかい。

「妹とやらの結婚も上手く行かない気がする」

 話に聞く限りそんな感じや。他人の不幸を願う気はあらへんから、そうならんことを祈っとくわ。

「そんな話じゃなくて、今回のツーリングだよ」

 あれぐらい、いつもの宿題程度やんか。南梨の春巻きも、北苑の小籠包も単独やったらやっていけん。目指すんやったら、崎陽軒の焼売か、餃子の王将路線目指すしかあらへんやろ。

「それも少しずれるけど」

 そやからユッキーに任せる、

「あいよ。南梨の鬱陶しいのを排除して、エルの親っさんに任せとけば十分よ」

 そんなに儲かるもんやないけど、次のツーリング代の足しぐらいになるやろ。ちいさな事からコツコツとや。

「だからそうじゃなくて、今回のツーリングだよ」

 しつこいやっちゃな。いつもと変わらんやんか。そやそやユッキーも幸せのオマジナイもしとったけど、ちいとやり過ぎたんちゃうか。

「う~ん、それは、言われてみれば。あんなに綺麗になるとは思わなかった」

 エルさんは元がトビキリ言うてもエエねん。惜しいのはそういう自意識がまるであらへん事やったけど、それかって美点や。あそこまで綺麗やと、チヤホヤされまくられた挙句に美貌を鼻にかけて性格が歪んでまうのが多いからな。

「そういう点では本当に心が真っすぐで良かったわ」

 性格もエエからあのままでも良かったぐらいやねん。そやから恵みのオマジナイだけでも十分やった気がするんやけど。

「コトリの言う通りなんだけど、つい手が滑っちゃって」

 気持ちはわかる。あれ難しいもんな。ほいでもあれだけ綺麗になったら加藤さんも嬉しいやろ。

「若死にしないように祈っておくわ」

 そやな。エルさんにも欠点はある、あれが少々どころやなく腰抜かすほど激しい点や。なんで知ってるかって、のぞきしたんちゃうで、

「近いようなものじゃない」

 佐渡の二泊目やけど、部屋は隣やってん。加藤さんもエルさんも気にしてへんかったけど、部屋の仕切りは壁やのうて襖だけや。のぞきはしてへんけど音は筒抜けやねん。

「あれって女神並の激しさじゃない」

 女神並は言い過ぎやと思うけど、とにかく激しくて、お世辞にもしっぽりなんてもんやあらへんかった。そりゃ、イク時の絶叫が引っ切り無しに轟いとったからな

「わたしたちも寝不足になったものね」

 元カレは馬並に激しかったそうやけど、しっかり開発されとるわ。そやけどな、女と生まれたからには、あれぐらい感じてイッてこそのエッチや。なかなかあの領域まで人なら行けへんから、エエこっちゃと思うで。

 そやけど、あの調子やったら、これから求めまくりそうな気がする。そら気持ちエエから欲しなるやろ。あの夜かってフルで三回戦やっとったし、三回戦目なんか、完全にイキッ放し状態やであれ。まだ二回目の夜やで。

「それに応えてこその漢じゃない。あれだけの女が嫁になってくれるのだから、寿命を削れば良いだけだよ」

 そやな。それが漢や。あれだけの女に求められ、あれだけの反応をしてくれるなら男冥利に尽きるからな。男かって女を喜ばせてこそのエッチや。あれだけ喜んでくれるなら、寿命なんて安いもんや。

「エルさんはもう一つ欠点があるけど」

 あるな。嫉妬深くて独占欲が強い点や。それぐらい誰かって多かれ少なかれあるけど、ひょっとしたら元カレとの婚約が破談になった原因の一つかもしれん。あの勢いで迫られたら逃げ腰になってもた気がする。

「かもね。ああいうのをヤンデレって言うのじゃないのかな」

 そやけどメンヘラやあらへん。ヤンデレとメンヘラは混同されやすいけど一番の違いはメンヘラは自分中心やけど、ヤンデレは相手、つまり愛する者が中心や。それだけやない、メンヘラは自分中心に構って欲しいが強いけど、ヤンデレは愛する人の役に立ちたいが強いんよ。

「見ようによっては尽くす愛の極致ね」

 エエように言うたらな。そやけどヤンデレが相手に注ぎ込む愛は、それこそ一片の曇りもない全身全霊そのものや。それに自分が目指す愛の形に一切の妥協があらへんねん。そやから、それを全部受け止められる男である必要がある。それを少しでも鬱陶しいなんて思われ始めたら逆効果になってまうのがヤンデレ愛や。

「適度な距離を取るのが苦手とも言えるね」

 そんな感じがする。世間でいう重い女でもエエかもしれん。そやけど加藤さんのエルさんへの想いも、重いなんてもんやあらへん気がするねん。あそこまで行ったらヤンデレ男としてエエんちゃうかな。

「だよね。加藤さんじゃないと受け止められないかもしれないね。そういう意味でベスト・カップルだよ」

 幸あれやな。

「だからコトリ」

 しつこいやっちゃな。まだ文句があるんかいな。

「あるわよ。主人公はわたしなのよ」

 ちゃうでコトリや。

「違うわよわたしよ。ここは揉めると長いから、一千万歩譲ってわたしとコトリにしても良いけど」

 どんだけ譲るんや。そんだけ譲ったら中国どころかインド越えてまうで。揉めると長いからこれ以上は突っ込むのはやめとくけど、それがどないかしたんかいな。

「どうしたも、こうしたもないわよ」

 エライ怒っとるな。

「ここどこか知ってる」

 クレイエールビルの三十階やけど。

「ここまで出番が無いってどういうことよ」

 なに言うとるんや。霧の駅から出ずっぱりやんか。そうか、そうかメーテルごっこが出来へんかったからか。あれも最初はおもろかったけど、やり過ぎやで。チンチクリンの黒髪のメーテルなんかミスマッチもエエとこや。

「ほっといてよ」

 ほっとくわ。なかなかおもろいツーリングになってくれたで。