ツーリング日和11(第22話)永遠のための夜

 二時間半のフェリーの旅は・・・正直なところ長かった。フェリーってやることがないんだもの。展望ラウンジ行って、売店のぞいたら、後はゲームコーナーぐらいしかない。さすがにこの歳でゲームに熱中できないし。

 外のデッキにも出れるところあるけど、見えるのは海だけ。それはそれで一見の価値は余裕であるけど、そればっかり見ていられるわけじゃない。だから二等船室の椅子席で船が着くのを待つだけ。

 携帯も圏外になっちゃうのよね。こんな時間がヒマだし、もったいないと考える人がいるから二時間でも仮眠したい人も多いのかもしれない。下船準備のアナウンスがあって勇んで下りて行ったぐらい。

 フェリーが着くのは両津ってとこみたい。でもさぁ、フェリーから桟橋通って下りたら、ここはなんと佐渡なんだ。なんか上陸したぞって気分になったもの。そうだなエルも佐渡に足を踏み入れた女になったぐらいかな。

「今日はこれでしまいで宿行くで」

 もう十五時をだいぶ回ってるから、どこかにツーリングするには時間が中途半端過ぎるよ。この両津港の後ろには大きな湖があるんだけど、

「日本百景の一つ加茂湖や」

 へぇ、そんなに有名な湖なんだ。宿は近かった。五分ぐらいで到着だけど、この宿もまた立派じゃない。新しいけど和風で良さげな感じ。

「二人の記念の夜の宿やんか」
「民宿じゃ燃えにくいでしょ」

 それを言うな。エルだって夜に向かって緊張してるんだから。そりゃ、初体験の時のガチガチの緊張とは違うけど、初めて肌を合わせるんだもの。部屋からの景色も良いじゃない。湖を前にして、むこうに佐渡の山並みが一望だもの。

 まずはお風呂だよね。ここのお風呂も温泉なんだ。野沢温泉は硫黄泉だったけど、ここのは透明だ。うん今夜はこっちの方が良いかも。

「そやな、硫黄臭い体より、初めてやったらこっちの方がエエかもや」
「さすがに熱心に洗ってるね」

 洗うに決まってるでしょ。今夜はすべて愛されるのだから、隅々まで身を清めて綺麗にしておかないと。そしたらユッキーさんが来て、

「加藤さんは旅の仲間。そしてエルさんは加藤さんの妻になる人」

 妻だって! その気はバリバリあるけど、さすがに早すぎるよ。結婚となると段取りがあるし、段取りの最終段階で転げ落ちた経験もあるし、

「幸せになるオマジナイをしとくね」

 えっ、何をしたの。なにか体に流れ込んだ気がしたけど。

「これでエルさんも加藤さんも必ず幸せな結婚が出来るわよ。今夜はその一つ目の大事な夜。心配しないで、これからこんな夜がずっと続くようになる」
「これでエルさんも旅の仲間や」

 訳わからないけど夕食はここもお食事処。昨日までとは打って変わって、海の幸のオンパレード。山の幸も良いけど、海の幸も最高。食事が終わると、

「じゃあ、また明日」
「黄金の夜を過ごしてや」

 部屋に戻るとピッタリ引っ付けられた布団が目に飛び込んできた。いよいよだ。辛いこともあった、悲しいこともあった、でもそれはすべて今夜を迎えるためのステップだったはず。この夜を迎えるためにエルは生きてきた気がする。

 もうエルになんの躊躇いはない。やっと出会えた運命の人にすべてを委ねるだけ。怖くすらないもの。草津宿で出会ってから、こうなるのをずっと待ってた気がする。このツーリングはまさにエルの運命を変えてくれた。

「エルさん、なにがあっても幸せにしまっせ」

 エルも丈太郎さんを幸せにする。それよりエルと呼んで、

「エル、愛してる」

 エルも愛してる。ずっとだよ、ずっとエルを愛してね。

「死んでもエルを守り抜くって約束する」

 後は女と男の体の会話。丈太郎さんはホントに優しい。こんなに優しく愛されるのは初めてだ。丈太郎さんの指が、唇がこんなに愛おしいなんて。エルのすべては丈太郎さんのものよ。あぁ、最高に愛おしいものが・・・


 ・・・終わった。いや、終わったんじゃない二人のすべてが始まったんだ。とりあえずだけど、丈太郎さんは逞しかったけど馬ほどじゃなかった。これは貶してるのじゃない褒めてるの。馬はやっぱり大きすぎる。

 そりゃ、馬にも馴染まされたけど、どうしたって違和感があったんだ。そうだな毎度毎度エルの限界に挑戦してますみたいな感じ。とにかく馬だからやるたびにエルが壊れていないのに感謝したぐらい。

 それに比べて丈太郎さんのはまさにエルにジャストフィット。ピタッとマッチするってこういうことかと痛感したぐらい。そりゃ、エルだって二人しか現物は知らないからエラそうな事は言えないけど、丈太郎さんは人の巨大さだ。馬なんか二度とゴメンだ。

 入ってからも馬はとにかく激しかった。これでもかってぐらいのガンガンだったのよ。とにかく馬でしょ、あんなにガンガンやられたら背中まで突き抜けるんじゃないかと、いつも恐怖させられたぐらい。

 丈太郎さんは全然違う。馬にやられまくりのエルなのに、ずっと気遣ってくれたのよ。最初は優しく優しくで、エルが痛がったり、嫌がったりしないかを何度も何度も確認してくれた、。エルがこれぐらいは大丈夫だってわかってから、徐々にピッチを上げて行ってくれた感じ。

 どう言えば良いのかな。丈太郎さんはエルの体をまるで貴重品のように扱ったと言えば良いかも。貴重品も変だな。愛する人を丁寧に丁寧に扱ってくれたぐらいだ。そうされるとね、愛されてるって感覚が全身に伝わって来るんだよ。

 丈太郎さんは馬みたいにただ激しいのじゃなく、情熱的なんだ。馬はガンガン突きまくるだけだったけど、丈太郎さんの一突き、一突きには愛が溢れていて、エルの中に愛が注ぎこまれ、満ち溢れて行くんだよ。

 あんなもの耐えられるわけないじゃない。いや耐える気なんか1グラムもなかった。エルは一直線に目指していった。丈太郎さん相手にそうなれるのが嬉しかったし、なにより丈太郎さんにそうなれるエルが誇らしかったぐらい。

 そうなってしまった姿を見せるのは元カレへは羞恥でしかなかったけど、丈太郎さんには見て欲しかった。そうなる姿を丈太郎さんに喜んで欲しいとしか頭になかったもの。そして炸裂した。子宮から背筋を突き抜け脳天を貫いて行った。

 ここからなんだけど、エルは丈太郎さんに初体験をさせてもらったんだ。残念ながらイクではない。イクは元カレ相手でもやったけど、元カレ相手でもいつもイッてた訳じゃない。イカ無い時の方が多かった。たまにイクぐらいだったかな。

 たしかに元カレのあれは馬だし、激しいのも馬だ。さらに言えば回数だって何発やるのかと思うほどの馬だ。だけど丈太郎さんを経験すると良くわかるのだけど、早いんだよ。はっきり言えば早漏だ。

 だから元カレ相手にイク時は、時間との競争だった。エルがイカされのが早いか、元カレが果てるのかが早いのかのね。でもね、エルがイっても丈太郎さんには余裕があるのよ。つまりは終わらないってこと。

 イっても終わらない世界を初めて経験した。正直なところどうなるのかと思っていたら、心底驚いた。またエルの体は昇ろうとし始めたんだ。もう、これこそ、まさか、まさかの世界だった。

 だからエルは心に決めた。丈太郎さんの与えてくれるものを全部受け止めようって。エルはすべてを解き放った。そしたら一回目より強烈なものがエルを襲った。だけどそれはまだ終わりじゃなかった。

 そこから先は狂乱の時間だった。頭が真っ白になっていくとはああいう感覚だよ。ひたすらエルは丈太郎さんに喜ばされ、エルは夢中で喜んでた。最後だって間違いなく初体験。丈太郎さんも限界が来ていた。

 目指すは一点のみ。丈太郎さんの動きと反応と、エルの感覚を懸命に合わせた。早くても遅くてもダメ、二人の体と心を完全にシンクロ出来たと思う。丈太郎さんの最後のラッシュの時に危なかったけど死に物狂いで踏ん張って感動のゴールが出来たんだ。

 一緒にゴール出来るのがこんなに良いのは丈太郎さんに教えてもらえた。これだよって心底思ったもの。合わせるのは大変だけど、合わせるだけの価値はお釣りが来るぐらいあるんだよ。

 だってだよ元カレはエルにお構いなしに果ててた。エルが感じてなかろうが、昇りつめる真っ最中であろうが、イッた後であろうと関係なしだ。元カレだけのタイミングで果てていただけ。だから時には排泄されてるって感じさえあったもの。

 元カレしか男を知らなかったから、あれってそんなものだとしか思ってなかったけど、フィニッシュを合わせるって、その作業だけで感動ものだし、ついに合わせられた時なんか生きてて良かったとまで思ったものね。

 どう言えば良いのかな。二人のエクスタシーが合わさって、二倍じゃなくて二乗の喜びと達成感があったんだ。丈太郎さんがいなければ、こんな素晴らしい世界を知らずに死んでいったかもしれないもの。

 さすがに恥しかったし、エルが淫乱と思われたんじゃないかと心配したけど、丈太郎さんはひたすら優しかった。あそこまでエルが感じて喜んだことを嬉しがってくれたし、

「エルを満足させられたなんて男冥利に尽きます」

 あははは、満足なんか途中で越えちゃってたもの。満足のその先も堪能させてもらった。ああなってしまえたのは丈太郎さんが初めてだし、そうしてもらえて嬉しかった。でもね、そうなるのは丈太郎さんだけだし、丈太郎さんにしか見せないよ。

 こんな夜をこれからも一緒に過ごせるんだ。いやもっと良くなるかもしれない。そうじゃない、丈太郎さんと力を合わせて良くしていくんだ。もちろんアレだけじゃない、二人が過ごす時間のすべてをよ。丈太郎さんとなら必ずそうできるはず。


 事が終わって丈太郎さんの胸の中で他愛無い会話になってる。そうだ、最後まで残っている疑問だけど、どうして塩姫とまで呼ばれるぐらい愛想の無い高校時代のエルに人気があったの。

「そりゃ、神秘の美少女やからや」

 それは聞いた。どうも男の子からはそう見られていたとしか言いようがないけど、

「ホンマに知らんねんな」

 塩姫はやはり悪口、陰口だったみたいで、エルに塩対応でこっぴどく振られた男子が付けたそう。

「そいつらは塩姫やのうて塩女と呼んどったけどな」

 ありゃ、ピッタリ。

「そんな悪口、陰口もエルのあまりにクールな美貌の前に敬称に進化してもてんや。そやから塩姫や。塩だけ残ってもたな。エルに自意識がそれだけなかったんに逆にビックリするけど、それこそすれ違っただけで窒息しそうになったで」

 自分の穢れた息を吸わせたらダメだからって、エルの姿を見えたら息を止めてたって、さすがに冗談でしょ、

「冗談やあらへん。そやから告白以外に話しかける男子はおらへんかったやろ」

 あっ、言われてみれば。あれって、嫌われて敬遠されてるのかと思ってた。あの頃はそんなに綺麗に見えたんだ。

「今でもそうや。美の極致が歩いているようなもんや。それに笑うんやで」

 また冗談を。あの二人とマスツーしてるんだよ。

「コトリさんとユッキーさんは、言い方が悪いかもしれんが別格や。エルは人の美の極致、あのお二人は人の領域を超えとる。そやけどエルも人の中では別格やった」

 高校生男子のよくある話に美女ベストテンがある。そうやって番付されるのは女にしたら不快な面があるけど、女子だってやっていないと言えないから、その辺はお互いさま。でもさぁ、あの頃の美人と言えば、秋吉さんとか、宮沢さんとか、平井さんじゃないの。

「ああ、三大美人と呼ぶのは多かった」

 エルはその次以下よね、

「だから別格やと言うたやんか。ベストテンをやる時はエルを外すのがあの頃の約束事やった。そりゃ、エルしか票が入らんからな」

 なんだよ、それ。でもね、誰にモテようが関係ない。自分が愛する人に愛してもらえればエルはそれ以外はいらない。エルにとって丈太郎さんに愛してもらえるのがこの世のすべて。そうだよ、やっと巡り合えたんだ、体だけじゃなく、心も結べ合える永遠のパートナーに。

「もう離さへんで」

 それはこっちのセリフ。改めてよろしくお願いしますだよ。そうだ、そうだ、せっかくだからちゃんと言って欲しいな。

「そ、それはちゃんとやろ。こんな格好でやるもんやない。でもそこまでホンマにエエんか」

 今さら逃げる気。さっき離さないって言ったとこじゃない。

「逆やて。こうしとってもエルがここにおるのに現実感があらへんねん。あの南梨さんをエルと呼べて、すべてを愛してるなんてな」

 エルは丈太郎さんが美化しきっている神秘の美少女ではない。それはわかってる。でもね、丈太郎さんを心の底から愛する女になるのは誓うし、どんな努力だって惜しまない。

「幸せになろうな」
「絶対になる。なれないなんて許さない」

 エルはついに見つけたんだ。エルの愛を根こそぎ放り込める相手を。