日暮れへのツーリング(第18話)忘年会騒動

 課長が変わったのだけど、こいつがどうにも嫌な奴なんだ。まずはパワハラ野郎だ。それも上には媚びへつらい、下には傲慢の見本みたいなの。会社には良くいるタイプだけど、ここまで徹底してるのは珍しいかな。

 パワハラだけでもウンザリなんだけど、これにセクハラも加わる。女子社員のお尻を触るぐらいは朝の挨拶代わりみたいにしやがる。それがスキンシップと疑わないから、ゴリゴリの生きる昭和脳みたいなクソだ。

 そんなセクハラ課長が目を付けたのが望愛だ。まだ二年目だけど目を付けたくなる気持ちだけは理解してやろう。可愛いタイプの美人だし、嫌味の無い愛嬌もある。仕事だってちゃんと出来るから渚も可愛がってるもの。

 とは言えで、あそこまで露骨にやるか。歓迎会の時だって指名で自分の隣に座らせて口説くってあり得るか。なにが魚心あれば水心だ。何が悲しくて、てめえの泥水を好きにならなきゃいけないんだよ。

 これだって百歩どころか、一万歩譲ってクソ課長が独身なら辛うじてだけど自由恋愛の範囲だ。てめえは既婚者どころか子どもだっているだろうが。望愛も嫌がったし、渚だって出来る限り庇ったし、守ってやった。

 こういうケースって今時ならコンプライアンス問題になるし、そのためにうちの会社でもコンプラ室もある、望愛も相談に行ってるんだよ。けどね、うちのコンプラ室って、

『永遠に検討調査中』

 こう言われるぐらいナマクラ部署なんだよね。相談は聞くけど、とにかく何もしないので有名で、今回のクソ課長の件もいつも通りの対応だったのは言うまでもない。あれって対外的に横並びの飾りに過ぎないのは改めて思い知ったぐらい。

 それでもコンプラ室まで相談に行ったのと、渚が目を光らしまくったからか、そのうち望愛への執着は終わってくれた。ここも噂だけど、他にターゲットを変えて宜しくなったとか。たく、そこまでして社内不倫をしたいのかって呆れた。


 そうこうしているうちに忘年会の季節になったんだ。この手の部署の懇親会と言うか、飲み会も昨今は嫌がるのも増えたから、うちの会社もあんまりやらなくなってる。だけどクソ課長は鳴り物入りでやるってぶち上げやがったんだ。

 パワハラゴリ押しでの宣言だからやる事になったのだけど、幹事に指名されたのが望愛だったんだ。二年目社員が幹事をするのは必ずしもおかしいとは言えないけど、望愛にしても経験がないから困ってた。だから渚もあれこれ手助けしてやった。この手のノウハウの伝承も途絶えがちだものね。

 なんだかんだで二十人規模の忘年会になったのだけど、なんとか準備も整っていざ当日だ。その日は渚も仕事があれこれあって、会場に着いたのはギリギリぐらいだった。そんな時刻だからみんな集まってると思って店に入ったら異様な事になってた。

 だってだよ、宴会場にいたのは幹事の望愛だけだったんだ。今にも泣きだしそうな顔になってたよ。渚を見たら飛びついて来たぐらい。すぐに課長に連絡を取らせたんだけど、

「課長、それはどういうことですか・・・」

 望愛の顔が真っ青だ。どうしたんだって聞いたんだけど、冗談だろ、この手の嫌がらせはこの世にあるって話ぐらいは聞いたことがあるけど、まさかこの歳になってその場に遭遇するなんて信じられなかったもの。

 クソ課長は望愛に執着してたけど、これを袖にされてるし、それに協力したのは渚だ。だからそれへの意趣返しをしたで良さそうなんだ。テンプレみたいなやり方だけど、課長は他のところに忘年会を予約し、そっちに会場は変わったと望愛と渚以外に土壇場で連絡しやがってた。

「キャンセル代はすべてわたしが払えって・・・」

 飲み放題付きで一人二万円だったはずだから、四十万円だぞ。クソ課長、タダではおくものか。渚を舐めてもらったら痛い目に遭うのはてめえだ。こういう時の対処法ぐらい、いくらでもある。ダテにお局様やってる訳じゃないんだからな。

 あれこれ対抗策を考えたけど、ここまでされれば丸く収めるのは良くない。逆手にとって炎上させなきゃいけないよね。そうなるとネックになるのは社長だ。社長は良く言えばお人好しだけど、悪く言えば優柔不断の事なかれ主義なんだよね。あんな社長じゃ先行きが不安なぐらい。

 だからたとえ社長を引っ張り出しても、それこそナアナアで済ませてしまいかねない。だけどクソ課長を地獄に落とすには社長が必要だ。さらにここの支払いと、せっかく用意してくれてる料理を無駄にするのも良くないよ。

 フル回転であれこれ考えたけど、ここは腹を括ろう。こういう時のためにジョーカーがあるんだもの。本当に悪いと思ったけどコーヘーに連絡した。社長であるコーヘーに直電はしたくなかったけど緊急事態だ。大目に見てくれ。

 嬉しい事にコーヘーは電話に出てくれた。手短に状況を話し、コーヘーにやって欲しい事を伝えたんだ。急場だし、説明だって手短すぎる不安はあったけど、

「わかった。すぐに手配するわ」

 感謝するぞコーヘー。不安そうな顔の望愛に、

「これまでの恨みをすべて叩き返してやるからね」

 三十分もしないうちにコーヘーが来てくれた。もちろんコーヘーだけじゃなく、自分とこの社員を引き連れてだ。

「これは御馳走だ」
「頂いて良いのですか?」
「社長の奢りってなんかあったんですか」

 さすがブラック企業だ。この時間帯でも二十人ぐらいはすぐに集めてくれた。これで食材も無駄にならなくて済む。少し遅れて社長も駆け込んできた。そりゃ、来るだろう。コーヘーは元請会社の社長だから呼び出されたら断れるものか。

「これは、どうなって・・・」

 鳩豆状態の社長に望愛と渚から今日起こった事を説明したんだ。その話し合いにもコーヘーは加わっていて、

「遠浜はオレの高校の同級生や」

 遠浜は渚の苗字だよ。こうやってきっちりフォローしてくれた。コーヘーはクソ課長のダブルブッキングの嫌がらせを防いだ白馬の騎士って役回りになってもらってる。社長はこれ以上は無いぐらいの苦い顔になったな。

 社内の嫌がらせの話が元請会社の社長まで巻き込む騒ぎになってるもの。こうなると優柔不断の事なかれのナアナアで済まされないとさすがに判断してくれた。とりあえずクソ課長を呼びつけた。

 クソ課長もどうして社長まで加わったのか理解不能みたいだってけど、とにもかくにも駆けつけて来た。やはり定番の言い訳を並べやがった。

「連絡ミスがあったのは申し訳ありませんが・・・」
「もっと良い会場があったので変えただけで・・・」

 そんなシドロモドロの話を聞かされたコーヘーは、

「そやそや、ここはオレがオーダーしたオレんとこの飲み会やからな」

 そうしてくれるんだ。これも感謝だ。後処理と言うか、会計問題になってくるのだけど、まずここはクソ課長が主催で望愛が幹事となって手配したものになる。それを主催であるクソ課長がドタキャンしたから全額がキャンセル料となる。

 そのままでは用意されてる料理が無駄になるからコーヘーが社員を連れて飲み会にしてくれてるのだけど、これはあくまでもコーヘーが新たにオーダーしたものとしてくれてる。新たにオーダーしてるから、これはこれで新たな料金が発生する事になる。

 だけど実態としては同じ料理だから、店としてはうちが払おうが、コーヘーが払おうが良いようなものだけど、そこにコーヘーが五寸釘を打ち込んだようなもの。わかるかな、キャンセル料は残ってるぞの確認宣言みたいなものになる。

 元請社長のコーヘーの言葉に社長でも逆らえないのよね。そうなると渚のターンだ。部署の忘年会は準公式行事の扱いで会社から補助が一人頭で一万円出るんだよ。だからここの会費は一万円だったのだけど、公式の補助だからちゃんと経理に申請して事前に承認を受ける必要があるんだ。

 課長が別に開いたのは申請が無いから私的な飲み会になってしまう。もっとも、この辺はあれこれ融通もあって、事後でもOKになることもあるんだけど、今回は事情が事情過ぎるじゃない。だから社長に念押ししてやった。

「そ、そうなるな」

 これで課長が別に開いた忘年会費用はクソ課長の負担になる。これだけで済ますと思うよな。こっちのは補助金は出るけど、ドタキャンの時の扱いは、これまた別途で理由を付けて経理の承認を得る必要があるのよね。

「コンプライアンスの観念から認められない」

 パワハラのイジメの産物だもの。社長だけじゃなくクソ課長も何か言いたそうだったけどとにかく相手が悪い。相手だけでなくシチュエーションが悪すぎる。純社内の問題なら、クソ課長だって社長の事なかれ主義に付け込めたかもしれないけど、元請会社の社長であるコーヘーが睨んでるんだもの。

 問題は対外的な問題になってしまってるから、優柔不断の社長だって断固たる処置を見せないと収まりが付かないぐらいは知ってるよ。クソ課長の件は後日追って沙汰するぐらいにしたけど、社長的にはこの場の払いは大きすぎる問題になってしまう。だけどコーヘーは、

「社長と遠浜君、それと望愛さんやったかな。あんたらはゲストや。喜んで歓迎するで」

 形としてはコーヘーの会社との親睦会だとしてしまったのよね。そこまで言われるとおカネが出せなくなったぐらい。コーヘーはドンチャン騒ぎの飲み会だけでなく三次会までキッチリ付き合わせたもの。


 でもって後日になるのだけど、これ以上はないぐらい居心地の良くない懇親会に付き合わされる羽目になった社長の雷は、まずコンプラ室に落ちたみたいだ。コンプラ室も社長の直命だから目の色を変えてた。

 クソ課長は二つの宴会費用を丸ママ被ることになり、八十万円ぐらいは払わされたはず。あの状況で会費を取れなかったみたいだ。さらにパワハラ、セクハラのコンプラ違反もゴッソリ出て来たんだよ。

 それと誰と宜しくなっていたかも表沙汰になったのよね。これがちょっと意外だったけど、なんとなんと蘭子だったんだ。蘭子って渚より十歳ぐらいは若いとはいえ、いやいや、ああいう趣味だったかって正直なところ思ったもの。

 その辺は人の好みだから良いとしても、蘭子も既婚者だし子どもだっているのよね。つまりは社内でW不倫をやってやがった事になる。そうなれば、そっちはそっちでタダで済むはずもない。

 泥沼のような離婚騒動になったもの。もちろん課長だってそこまでになれば降格左遷はセットみたいなもの。倉庫部に異動は発表されてたけど、自主退職になってた。こんな状況で会社にいられないよね。

 ドタバタあったけど、渚にしたらクソ課長がいなくなってスッキリだ。お局を怒らせるとどれだけ怖いか思い知ったかだ。とは言うものの、思わぬ余波が出たのには参ったな。