ツーリング日和9(第15話)徳島の夜

 肇さんは聞きたそう。

「あのぉ、月夜野社長、如月副社長とは、もしかしてあのエレギオンHDのですか」
「そうや。そやけどツーリングはプライベートやさかいコトリでエエで」
「わたしもユッキーでね」

 そう言われても呼びにくいだろうな。だけどゆっくり話を聞けるのは今夜だけだから、情報と肇さんの意思を確認しとかないと。シノブちゃんを使っても相手は菊のカーテンの中だから、最後のところがはっきりしないのよね。

「交際なり、婚約みたいな発表予定は?」

 具体的な日程はまだスケジュールに入っていないそう。もし組まれてたら警衛が必要だからわかるはずだって。だけど圧力はかかっているそう。向うだってロイヤルATMの確保を急いでるものね。

「陛下の御意向は?」

 皇宮護衛官は皇宮護衛官なりに皇室情報を集めてるそう。集めてると言うより、集まってしまうぐらいだろうな。別に悪用するつもりじゃなく、よりスマートな警衛をするために必要ぐらい。

 だけど陛下の御意向となると侍従ぐらいでないと難しいそう。それ以前に、陛下の御意向の影響力は巨大だから、なかなか漏れ聞くのは難しいのか。ああいう商売って、そんなものだけど大変だな。

「皇太子殿下は?」

 陛下ほどではないけど皇太子殿下も、次期天皇として安易に意向を漏らさないトレーニングが出来ているから、これも良くわからないのか。ああいう商売は皇室の倍近くやってるから、そうするのもわかる。

 その点で言えば、甘橿宮親王殿下はまだ甘いところがあるし、甘橿宮家担当だから、かなりわかるよう。まあこれは皇族とて人の親だから、それほど推測するのは難しくない。要は本音では反対だけど、皇室スキャンダルをひたすら恐れてる状態で間違いない。

 この辺までは昨日のおさらいだけど、わたしもコトリも確認したいのはそこでない。肇さんの本当の気持ちだ。喬子様を小杉親子から守りたいのは良くわかったけど、守りたいだけじゃないはず。

 肇さんが喬子様を愛しているのは間違いない。でもさぁ、片思いだけで小杉慶太を刺し殺すとこまで思い詰めるのは飛躍のし過ぎ。一歩間違えればストーカーだもの。聞きたいのはいつからなんだ。

「いつと聞かれても何もありません」

 それは昨夜も聞いた。皇宮護衛官としてあってはならないことはわかる。建前としてそうでなければならないのはわかるけど、これでは埒が明かないな。コトリ頼んだよ。

「だったら聞くで。小杉慶太は不良債権なのはわかった。そやけど不良債権やない小杉慶太やったら諸手を挙げて祝福できるんか」
「も、も、もちろんです」

 頑固だな。それぐらいの職業倫理は必要だと思うけど、

「だったらや。肇さんが皇宮護衛官やのうても言えるんかい」
「うっ・・・言えます」
「ホンマにホンマか」

 白状しちゃえば良いのに。別に言ったからって結婚出来るものじゃないんだもの。

「そもそも身分が違い過ぎます」
「小杉慶太やったら釣り合うんかい」

 こうなった時のコトリの追及は容赦ないからその点は同情する。さんざん追いつめられた挙句にやっと話してくれた。たいした話じゃないんだけど、喬子様のケンブリッジ留学はやはり小杉親子から逃げるためだった。

 冷却期間を置いて自然消滅を狙ったのだろうけど、そんなに甘い相手じゃない。帰国したらまた絡まれてる。あっちだってロイヤルATMがかかってるものね。そういう環境にさらされた喬子様はいつしか肇さんに愚痴をこぼし始めたそう。

 これはさすがに知らなかったのだけど、陛下や皇太子殿下には侍従や女官がたくさんいるけど、宮家になるとあれこれ格式で変わる部分はあるそうだけど、宮務官や侍女が数名いるだけだそう。数名と言っても多くて八人、少ないところは三人って聞いてちょっと驚いた。

 宮務官や侍女も様々で、必ずしもお金持ちの家の執事とかメイドという感じでもないそう。甘橿宮家ではかなり事務的な関係で、プライベートな悩みとかを相談できる相手でないで良さそうなんだ。だから侍衛官である肇さんに愚痴をこぼしていたと言うんだけど、

「それで済むわけないやんか」

 体面にこだわる甘橿宮家としては、一時凌ぎに過ぎないのに喬子様と小杉慶太との結婚を認める方向になったのは聞いた。それを受け入れた喬子様だけど、やっぱり本音は受け入れられなかったのか。

「ですから必ずお守りすると申し上げたのです」

 おっ、言うねえ。こういうセリフに女はシビれるの。

「なぜかホッとされた表情になられました」

 はぁ、たったそれだけ。それだけで自分の人生を棒に振って小杉親子を排除しようって言うの。もっと愛してるとか、連れて逃げてとか、密かに抱擁とかキスしたとかは、

「だから何も無いって言ったじゃないですか」

 いやそうじゃないだろ、喬子様が愚痴の相手に肇さんを選んだのは、肇さんに愚痴を聞いてもらいたかったんだよ。他の誰でもない肇さんにだよ。結婚をするって決められた時だってそうだよ。

「そうや、肇さんに救いを求めとったんや。そんな肇さんから一番欲しい言葉をもらって嬉しかったんやろ」

 なによ、まるで中学生、下手すりゃ小学生の恋じゃない。たったそれだけで肇さんは人生を懸けるって言うの。

「まあその・・・」

 あのね、喬子様は救いのない闇の中の一人で苦しんでおられるの。肇さんの存在は、喬子様にとって唯一の救いであり、希望の光なのよ。喬子様は待っておられるのがわからないの。肇さんは間違っている。求められてるのは自己犠牲じゃない。愛を求めてるのよ。

「それは侍衛官の仕事ではありません」
「そうや漢の仕事や。漢は愛する女を幸せにするのに命を懸けるんや。間違っても悲しませたらアカン。小杉慶太の排除は喬子様を悲しませるだけやで」

 そうよ、刑務所に入るのは間違いだ。とは言うものの難しいのはわかる。さすがに相手が相手だものね。恋の釣り合いは男と女ならそれで十分だけど、さすがに相手が皇族だと余計なオマケが多すぎる。とにかく普通の家じゃなさすぎる。

「そこは考えるとして、コトリは聞かせて欲しいんや。肇さんは喬子様を幸せに出来るのか。いや、するつもりはあるんか」

 肇さんが返答に悩んでる。でも言っちゃいなさい。

「それは既に喬子様にお伝えしました」

 それが聞きたかった。後は任せなさい。コトリが必ずなんとかするから。

「ちょっと待て。ユッキーはどうするんや」

 あら、こんなに楽しそうな見世物じゃない。じっくり見物させてもらうに決まってるじゃない。心配しなくとも邪魔はしないから。

「たく、そればっかりやんか」

 あらそうかしら。コトリは肇さんに、

「くれぐれも言うとくけど軽挙妄動はしたらアカン。それだけは言うとくからな。東京に帰って喬子様を勇気づけるのが当面の使命と思え。待つのも大事な仕事やで」