ツーリング日和7(第13話)ジョイント・コンサート

 ユリたちは仙台のウエスティンに直行。今日はバイオリンとのコンサートだ。二人でやるからジョイント・コンサートと銘打ってある。コウのお相手のバイオリニストだけど五藤穂乃果。若手ナンバー・ワンとも呼ばれる新進気鋭の実力者。さらに美人だから人気も高くて引っ張り凧状態のはず。よく仙台まで来たよな。

 コウは五藤さんと打ち合わせとリハーサルに行ったけどユリは身づくろい。ツーリング中だからたいした服を持ってきてないのよね。だからホテルの貸衣装を借りて、セットもしてもらう。一流ホテルでのコンサートだし、引き続いてディナーもあるからTPOだよ。

 イブニング・ドレスに身を固めて演奏会場の雅の間に。演奏が始まったけど、さすがは五藤穂乃果だ。バイオリンの音が違う。なんてったって五藤穂乃果のバイオリンは、あのストラディバリウス。世界最高峰とも呼ばれる名器の中の名器。

 もちろんいくらバイオリンが良くても、それを響かせる腕が必要だけど、さすがは五藤穂乃果だ。コウだって負けていないよ。いつも以上に気合が入っている気がする。個性と個性のぶつかり合いになるけど、決して喧嘩していない。

 お互いに立てるところは立てるし、競うところは競う。そうしながらもハーモニーは絶対に崩さないものね。コウはセッションの相手が素人でも見事に合わせるけど、相手が一流ならなおさら引き立つのよね。

 こんな素晴らしい演奏を聴けるのは幸せだ。まさにマエストロが生み出すっマスターピースだよ。二時間足らずの公演時間だったけど、あっという間に時間が過ぎて行ったもの。熱狂のフィナーレが終わるとレストランに移動。

「こっちや」

 コトリさんたちだ。ちゃんと着飾って来てるのはさすがだ。テーブルは五人分がセッテイングしてあるよ。

「今日はコウも乗りが良かったな」
「そりゃ、相手が五藤穂乃果やからやろ」

 あのバイオリンを相手にしたら気合も入るよね。コンサートの感想をあれこれ話している時にコウと五藤穂乃果が登場。お客さんの前でもう一度挨拶をしてからテーブルにやって来たんだけど五藤穂乃果の眼がパチクリ、パチクリ。

「失礼ですが、侯爵殿下ではありませんか?」

 やっぱり覚えてたか。ユリは会ったことあるのよね。ハインリッヒが来日したときの晩餐会で弾いてたのよ。演奏後に挨拶も受けたから覚えてるよね。

「またお会いできるとは光栄です」

 ちょっと固いか。でも侯爵と知って挨拶されるとこうなっちゃうじゃない。

「でもそうなると、コウさんの彼女とはユリア侯爵殿下なのですか?」
「ええ、お付き合いさせて頂いてます。それと日本ではユリでお願いします。あんな面倒なものをもらって往生していますから」

 五藤さんはさらに、

「こちらは・・・」
「おっと、そこまでや。今日はプライベートやからコトリや」
「そうよ、ユッキーよ」

 知ってたのか。そりゃ、知ってるか。五藤さんはエレギオン財団主催のチャリティー・コンサートにも出演してたものね。なんか初顔合わせのはずだけど、実は顔見知りだったでディナーはスタート。まず聞いたのはどうして五藤さんが仙台まで来られたか。

「来るに決まってるじゃないですか。お声がかかった時にどれほど嬉しかったか。コウさんとのジョイントでしたら世界中どこでも駆けつけます」

 コウは地方での演奏と言うか、地方のストリート・ピアノを巡るのが生きがいみたいな人じゃない。その代わりと言ってはなんだけど、東京とかでの公演は少ないんだよね。音楽家もメジャーになるほど大都市公演が主体になるし、大都市の大きなホールで演奏するのが目標みたいなとこがあるもの。

 この辺は歌手なんかと同じところがあって、五藤さんも三大都市とか、五大都市での活動が殆どで、神戸ですらなかなか来ないぐらい。ユリも五藤さんの生演奏を聴くのは二回目だもの。

「コウさんなら日本どころか世界中から声がかかるのに・・・」

 かかってる。コウはジュリアードを卒業してるぐらいだから英語も堪能。だから海外からのオファーもいくらでもあるけど、これがまた日本の大都市以上に行くことが少ないのよ。だってだよ、カーネギー・ホールより地方の公民館の演奏依頼を平気で優先させちゃうんだもの。コウの趣味だから仕方ないけどね。

 五藤さんは思わぬメンバーとの会食に目をシロクロさせてた。まあ、そうなるか。なにも知らなかったら、白人女と、小娘二人だけど、ユリはともかくコトリさんたちは世界のVIPみたいなもの。

 そんなものじゃないな。ツーリング中のコトリさんたちは親切で面白い人たちだけど、本業となると稀代の策士、氷の女帝として恐れられまくってるんだもの。さらに言えばプライベートは完全に伏せられていて、どこに住んでいるのかさえ誰も知らないと言われてるぐらい。

「今日はプライベートやから肩の力を抜いてや」
「そんなに緊張したら、美味しくなくなっちゃうよ」

 ユリやコウは出会いが出会いだから平気だけど五藤さんには難しいかな。

「さすがはユリア侯爵殿下です」
「だから侯爵はやめてって、一皮剥いたら庶民の娘なんだから」

 話はいつしか、毛越寺で出会ったおっさんの話に。

「ところで飛鳥井瞬って誰なのですか?」

 そしたら五藤さんが、

「えっ、あの飛鳥井瞬に会ったのですか!」

 五藤さんまで知ってるのか。コトリさんが、

「ユリならギリギリ知らんか・・・」

 ユリが生まれる頃ぐらいまで、まさに一世を風靡した大歌手だそう。歌手と言うよりボーカルで、いわゆるシンガーソング・ライターみたいな感じで良さそう。そりゃ、もうの途轍もないヒットを連発してたんだそう。

 だからユリ以外が知っているのはわかるけど、そこまでのヒット・メーカーなら今だって残っているはずじゃない。だってだよ、もっとマイナーそうな一発屋の曲だって残ってるぐらいじゃない。

「ユリがそう考えるのは当然や。飛鳥井瞬が消えたのは・・・」

 音楽界、芸能界のトップに君臨するのは華やかだけど、物凄い重圧もかかるそう。歌手なら新曲の重圧とか。その辺はなんとなくわかる。歌手が世に出るためにはとにかくヒットが必要。

 それが大ヒットになれば申し分がないはずだけど、あまりにヒットしすぎると次の新曲に物凄いプレッシャーがかかるって聞いたことがある。誰だってヒット連続にしたいし、転びたくない。大コケしたら一発屋で終わってしまうとか。

 とくに自分で曲を作るシンガーソング・ライターなら、自分で編み出さないといけないから、焦れば焦れるほどドツボに嵌ってしまうこともあるらしい。歌に限らず芸術作品は守りに入ってしまうとロクなものが出来ない。無難に作ったヒット曲なんかないと思うもの。

 メガ・ヒットを連発させた飛鳥井瞬もそんな重圧に苦しんだで良さそう。この辺は性格もあると思うけど、より深刻に受け止めるタイプだったのかもしれない。

「そこから定番や」

 プレッシャーに襲われ続けた飛鳥井瞬はまず酒に逃げたそう、

「ほとんどアル中状態やったらしい」

 そこらあたりから泥酔しての暴行事件を何度も起こしたそう。それでもドル箱だったから事務所が必死になって伏せてたみたいだけど、

「酒じゃ逃げきれんようになってヤクに手を出してもた」

 ヤク中状態になった飛鳥井瞬はトラブルを次々に引き起こし、ついには、

「大暴れの末に人が死んでもたんや」

 警察に逮捕され裁判になると、これまで伏せられていたトラブルや不祥事が掌を返すように表沙汰にされ、世間からの猛バッシングを受けたのか。よくありそうな話と言えば話だけど。

「そういうこっちゃ。飛鳥井瞬が主題歌を手掛けた映画やドラマはすべてお蔵入りになり、その賠償で破産や。この辺もあれこれトラブルの上塗りもあったんやけど、結果としては音楽界からも芸能界からも完全追放にされてる」

 裁判は暴行傷害か暴行傷害致死かで争われたそうだけど、暴行傷害致死になり実刑となって刑務所に入ったのか。この時に飛鳥井瞬はベッタリと烙印を刻まれ、今でも芸能界のタブーとして誰も触れなくなり、忘れ去られてしまったぐらいで良さそう。

「あれから二十年やから出所してるわな。そやけどムショ帰りに世間の目は冷たいからな」

 形式的には犯した罪を刑務所で服役したことにより償ってるのだけど、そんな綺麗ごとで済まされないのはユリでもわかる。そういう扱いにされてしまうのは、再犯率が高いのもあるそう。イメージとしてはユリもそうなのは白状しとく。

 飛鳥井瞬は当たり前だけど出所しても音楽界への復帰などありえない。それどころか、まともな職業にさえ就くのは容易じゃないだろうな。大きな罪を犯した代償と言えばそれまでだけど、

「死ぬまで前科者のレッテル、いや人殺しのレッテルから逃げられん」

 ずっとコトリさんの話を聞いていたコウだけど、

「飛鳥井瞬の犯した罪の大きさは知っています。それでもボクはあの歌をもう一度聴きたい。あれこそ世紀の天才にのみ許された芸術です」

 コウは熱狂的なファンだものね。コウにとっての不滅のメロディーは飛鳥井瞬のメロディーだもの。でも無理だよ、

「コウの気持ちはわからんでもない。コトリもユッキーも好きやったからな。そやけど、さすがに難しいで」

 難しいなんてものじゃないよ。いくら歳月が経ったと言っても、飛鳥井瞬が表舞台に立つとなれば、過去の悪行が蒸し返されるもの。そんなバッシングの中で誰が協力してくれるものか。

 そもそもだよ、あんなしょぼくれたおっさんにまともに歌えるとは思えないじゃない。それ以前に音楽への情熱だって、

「ユリ、飛鳥井瞬にはまた火は灯ってるよ。そうじゃなければ、毛越寺でピアノなんて弾くものか」

 コトリさんが思い出すように、

「♪最後の力が燃え尽きても、命あれば甦る」

 それって、

「代表曲の一つや。強烈な失恋に見舞われても、また立ち上がれるぐらいの歌や」

 飛鳥井瞬のピアノは上手だったけど、コウの上手さとは違う。テクニックだけならコウの方が遥かに上だけど、どこかで魂を震わせるものがあったのは認める。

「あれが飛鳥井瞬だ。だからすぐにわかった。まだ飛鳥井瞬は生きている。生きてる限り必ず甦る」

 さすがのコトリさんも考えこんじゃった。そうだよね、いくらコウの願いでも、こればっかりはウンとは言えないよな。でもコウは本気だよ。コトリさんたちに頭を下げて、

「どうか力を貸して下さい」

 コトリさんは、

「とりあえずシノブちゃんに行方を捜してもらうわ。話はそれからや。そやけどこの件はいくらコウの願いでも手強すぎるで」