ツバル戦記:緊急事態

 今日はシノブ専務が子どもを連れてミサキの家に遊びに来てくれました。

「ミサキちゃん、やっぱり白人の血が入ると可愛いね」

 ディスカルはエラン人ですから厳密には白人とは言えませんが、

「次はそうしますか」
「やっぱり国産がイイかな」

 そんな他愛ない話をしながらお茶を飲んでいたのですが、シノブ専務に電話が、

「なんだって! すぐに行くわ」

 シノブ専務のあの驚き様からして大変な事が起こったのだけはわかりますが、

「ミサキちゃん、中国がやらかしたよ」
「えっ、本当ですか! どこですか」
「ツバルよ」

 子どもは旦那に任せて会社に急行します。ツバルからの連絡はかさ上げ工事現場からですが、中国軍の来襲だけ告げて後は連絡はないようです。

「すぐにマスコミに報道されるよ。それまでに対応を考えないと」

 コトリ社長がツバルにいますからエレギオンHDにもマスコミが押し寄せます。とりあえずシノブ専務が社長代行になりますが、

「ユッキー副社長は」
「まだ連絡が取れないのよ。とりあえずメッセージは入れといた」

 会社に着いて新たな情報を確認しましたが、かさ上げ工事現場からの一報以外には何もないようです。

「もうすぐ占領した中国軍からの声明があるはず。それまでは待つしかないね」

 シノブ専務は中国軍の意図として、さっさと占領して親中派政権を樹立して帰る予想を立てています。

「輸送船に百人も兵士を運んでいけば、ツバルなら圧倒的な戦力だからね」

 ツバルには軍隊はなく、あるのは警察だけで三十人しかいません。これも消防、通関業務も兼務しています。首都のフナフティ占領ぐらいは朝飯前ぐらいになります。

「占領後の駐留の可能性は?」
「新政権の安定度によるだろうけど、ある程度はするかもしれない。でも下手に軍隊が居座れば奪還の動きが出てくる可能性もあるから微妙ね」

 それでも親中派の新政権が出来れば、外国人であるコトリ社長は早い段階でフィジーぐらいに送り届けられるはずです。ツバルにエレギオン財団が長年援助しているのは知っているはずですし、エレギオン・グループを敵に回したくないはずです。

「それが一番無難なストーリーになるけど、問題はコトリ社長が大人しく従うかどうかよ」
「でもコトリ社長は戦争は嫌いですし」

 この辺はまだ第一報だけですから、続報を待たないと動きようがありません。

「ミサキは記者会見の準備を進めます」

 玄関ホールに記者会見場の設置を指示しておいて調査部に、

「ミサキちゃん、これは大変な事になりそうよ。短期では終わらなくなりそうなの」

 フィジーでツバルからの短波通信を受信したようですが、

「ソポアンカ総督もラウティ首相もフナフティの脱出に成功して、ヴァイツプ島で臨時政府を立ち上げてるみたいなのよ」

 その頃にマスコミ報道がようやくあったのですが、中国は定番のラウティ首相の圧政からツバルを解放し人民に感謝されているです。毎度のことながら、あそこまで厚かましく強弁できるものだと感心します。

 ツバルは英連邦に所属していますから宗主国に当たるイギリスは直ちに非難声明を出し、アメリカも続きます。米英がそういう姿勢を見せればEUも続きます。さらにヴァイツプ島のラウティ首相の政府を全面支持するって声明も出ます。

「あんな小さな島で米中激突とか」
「ありえるかもよ。上陸した中国軍も規模は小さいだろうから奪還自体は軍事的には難しくないわ」

 次々に入って来る続報によると中国軍の上陸は潜水艦を用いたようです。

「強襲揚陸用ですか?」
「そうじゃないみたい」

 強襲揚陸用潜水艦なら大型で、水陸両用の装甲車両も積み込むことが出来ますし、上陸用舟艇も搭載しています。ツバルを占領するのにそこまでの装備は不要なのはわかりますが、

「どうして潜水艦を」
「輸送船じゃ帰る時に捕まるからじゃない」

 それにしても良く逃げ出す余裕があったものだけど、

「詳しい事情はわからないけど、ああいう時って政府庁舎をまず抑えるじゃない。同時に放送局とかもね。それが何故か政府要人はもぬけの殻だったみたいなのよ」

 ヴァイツプ島はフナフティから百三十キロぐらいのところで、エンジン付きの漁船であれば渡るのは可能です。ヴァイツプ島は島単独としてはツバル最大で、さらにツバルで唯一の中等教育機関、つまり寄宿制の中高一貫校まであり人口は千五百人ぐらいです。

「コトリ社長は」
「わからない。でもドンパチがあった訳じゃないから生きてるはず」

 でも厄介なことになったのは確かです。中国軍の占領がスムーズなら、シノブ専務の予想通り親中国派政権だけ樹立して中国軍は帰国するなり、そのまま駐留するにしても外国人であるコトリ社長は解放されてフィジーぐらいに送られるはずです。

 しかし政府要人がフナフティから脱出し正統政府を名乗られると、中国軍は第二の軍事行動が必要になります。そうヴァイツプ島の占領です。これも手際よくやらないとまた隣の島に逃げられます。

 ヴァイツプ島の臨時政府もいつでも他の島に逃げれる支度をしているはずで、中国軍もノンビリ追いかけっこしていると、それこそ米軍が上陸してくる可能性も出てきます。

「イギリスだって動くかも」

 宗主国ですから単独では動かないにしてもアメリカと連合してはあります。さらに中国軍の武装は歩兵部隊程度ですから、

「そこまでやるかどうかはわからないけど、空挺部隊を投入する可能性だってあるし、空港に強行突入だってありえるよ」

 米英が動けばこの地域の盟主でもあるオーストラリアも動く可能性は否定できません。こんな小国にそこまでの軍事行動を起こすかの問題はありますが、

「小さいからかえって可能性があるかもよ。中国だって小さいから問題になっても内政的なメリットが大きいと判断して上陸したと考えてよいはず。アメリカだって上陸した中国軍が小規模なら撃退は容易だし、政治的アピールの効果も大きいよ」

 そうこうしているうちに押し寄せてきた報道陣相手にシノブ専務が記者会見を行い、なんとかこれを終わらせて三十階で晩御飯。とんでもない日になったものです。

「ミサキちゃん、しばらくは三十階で臨戦態勢だよ」
「覚悟しています」

 コトリ社長の安否も心配ですが、エレギオン・グループの経営も待ってくれません。