セレネリアン・ミステリー:手帳の内容

 手帳はやはり軍人手帳の一種だったでよさそうです。名前はムティで地球なら下士官クラスに該当するぐらいとしていました。このムティが属していた国家がギガメシュ。五万年前のエランは今の地球と同じようにたくさんの国があったようです。

 そんな状態のエランでしたが、国々は二つの陣営に別れ、これが厳しい対立関係にあったとなっています。地球であえて例えれば米ソ冷戦時代に近いぐらいかもしれません。地球の冷戦はソ連崩壊によって終止符が打たれましたが、エランでは火を噴いてしまっています。

 ムティが所属していたのは政権中枢を守る親衛隊的なもののようです。エランの大戦は両陣営の小競り合いから始まり、やがて盟主国同士の全面戦争に至ったぐらいの展開です。ムティも小競り合いの頃に前線に派遣され戦った記録があります。

 ムティの親衛隊所属ですが、月夜野社長の読むところ前線派遣での功績で昇格配属された可能性が高いとしています。地球で言う勲章相当のものを授与された後にムティは首都にある親衛隊に配属されているからです。

 戦況は複雑な経過をたどったようですが、徐々にギガメシュに取って苦しい展開に追い込まれて行き、ついには本土決戦になったで良さそうです。本土決戦移行後も劣勢を覆すことは出来なかったのですが、

 「本当に宇宙ステーションに配属されたのですか」
 「そう書かれています」

 文字の解釈を聞いても、それが正しいかどうかさえ判断しようがありませんが、五万年前のギガメシュは周回軌道上に宇宙ステーションを運用していたと言います。

 「それぐらいの宇宙技術がないと地球にも来れないと存じます」

 本土決戦が始まる頃にギガメシュの政権中枢部は地上から宇宙に総司令部を移したとなっているようです。ムティにとっても初めての宇宙だったようで、しばらくは宇宙体験に付いてあれこれ書かれている記録が続くようです。

 「エランでは起ったのですか」
 「そう取る以外にないと考えております」

 劣勢になったギガメシュは核ボタンを押してしまいます。どうもこれを考えて司令部を宇宙ステーションに移していたと見て良さそうです。ギガメシュは核ボタンまで押したにもかかわらず、

 「最終計画に移行ってなんのことですか?」
 「亡命と考えております」

 ここも日付関係から核ボタンを押した時点で亡命はセットであったと月夜野社長は見ています。

 「どこに亡命する計画だったのですか」
 「後の記録から地球を目指していたはずです」

 五万年前にエランは地球までの宇宙旅行は可能であったと考える他はないようです。ここからは宇宙旅行の記述が続く様ですが、船内では亡国の悲しみと地球への亡命への不安が高まっていたと読み取れるそうです。そうなっても不思議ないところです。

 「この後は記録がございません」
 「えっ、どういう意味ですか」
 「おそらく時空トンネルを抜けて太陽系に入ったのは間違いないと見ております。そこからはムティは記録を中止しております」

 ほぼ毎日、細かくあれこれと書き連ねていたムティがどうしてやめてしまったのか。

 「病気でしょうか」
 「可能性はあります。ただの病気、それも死に至る病気であるなら、その前兆症状の様子が書かれているはずです。読む限りそれがありません」

 最後の日の記録は、

 『目的地は近い。我らが創生者になる日が近づいている。こうなってしまったのもまた運命。生き残る事が使命なり』

 こういう感じだそうです。そうなると、

 「セレネリアンはギガメシュ人」
 「そうと考える他はありません」
 「一人残された理由は?」
 「わかりません」

 月夜野社長はすべて話してくれたのだろうか。どうにも端折っている気がしてならないが、

 「ムティ以外のギガメシュの亡命者の運命は」
 「これまた謎です。月までは来ているのは間違いありませんから、後は地球に向かうだけです。無事降り立ったか、地球突入時にトラブルがあったかは確認しようがありません」

 ここでダンリッチ教授の言葉が頭に甦りました。

 「セレナリアンがエランのギガメシュ人であったとしても謎が残ります」
 「なんでしょうか」
 「セレナリアンはY染色体アダムを持っています」

 月夜野社長の表情に反応は見られません。ニコニコと楽しそうに微笑んでいるだけです。ひょっとしてY染色体アダムを知らないとか、

 「それほど詳しいとは言えませんが、それなりに・・・」

 ひやぁ、ボク並みの知識があります。

 「不思議過ぎると思いませんか」
 「ええ、大変興味深いお話ですが、それについて説明する情報はありません」

 何か隠してる、絶対に何か知っているはずだ、

 「社長はどこまで御存じなのですか」
 「お聞きになられた通りです」

 ここで『はいそうですか』と引き下がるわけにはいきません。なんとか食い下がらないと、

 「どうしてエレギオンHDはあれほどエランに肩入れされたのですか」
 「他にエラン語が話せる者がいなかったからです」

 ここでシンディが、

 「月夜野社長はウソを吐いておられます。最初に神戸にエラン船が着陸したときには、その正体がエラン人でありエラン語を話すとは御存じなかったはずです」
 「その通りです。あの時に交渉の場に同席したのは偶然。そこでエラン語が原エラム語に近いことがわかったのも偶然」
 「では、どうしてあの席におられたのですか」
 「それは政府との約束で申し上げることが出来ません。たしかに今の私は月夜野うさぎであり、立場小鳥とは別人ですが、人としての信義としてお話する事は出来ません」

 シンディはなおも食い下がり、

 「二回目のエラン船事件の真相を教えてください」
 「存じません」
 「あの時に立花元副社長なり、小山前社長があの場にいたのでは?」
 「たしかにクレイエール・ビルから神戸空港は近いですが、現場にはいませんでした」
 「あの映像に写っていたのは立花小鳥ではないのですか」
 「違います」

 シンディはさらに食い下がり、

 「最後の宇宙船が神戸に降り立った時のエラン人はまだ生きているのではないですか」

 そっか、エラン人が生きていればエラン情報を聞くことが出来るはず。地球でエラン語が話せるのはエレギオンの女神だけだから、

 「月夜野社長はエラン人から情報を得たはず。この文章が読めたのもそのためのはずです。あなたは未だにエラン人を匿っているはずだ」

 月夜野社長はなんの動揺も無く、

 「私は当時のECO副代表。助け出されたエラン人を施設で保護したのもECOです」
 「だからあなたはエラン人を・・・」
 「あの時のエラン人がすべて病死しているのは事実です。そんなにお疑いであれば死亡診断書を取り寄せさせて頂いても宜しいですよ」

 くぅ、死亡診断書ぐらい捏造できると言いたかったのですが、ここをいくら頑張っても公式記録が整えられているのは間違いありません。それを虚偽だと覆すのもまた不可能。

 「今夜は楽しい時間をありがとうございました。博士の今後の御研究に役立って頂ければ幸いです。なにかお困りの事があれば霜鳥までご連絡下さい。出来る範囲の事であれば取り計らわせて頂きます」