セレネリアン・ミステリー:北野へ

 月夜野社長との面談は会社で行われるかと思っていたら、ディナーへの招待でした。神戸は坂の多い街ですが、三ノ宮駅から十五分も歩いたら、

 「レイ、ここじゃない」
 「こりゃ、なかなかのレストランだ」

 さすがはエレギオンHDからの招待です。店に入ると

 「レイモンド・ハンティング博士とシンディ・アンダーウッド博士ですね。御案内させて頂きます」

 案内されたのは個室。ドアが開くと二人の若い女性がおり、

 「このたびはせっかくのご訪問なのにお待たせして申し訳ありませんでした。エレギオンHDの月夜野うさぎです」
 「霜鳥梢です」

 ちょっと待った。月夜野社長は四十五歳だぞ、霜鳥常務だって三十三歳のはず。

 「それほど驚かれなくとも。博士は相本教授のところも訪問されておられますのに」

 それはそうだけど、どう見たって二十過ぎではありませんか。ここで気を取り直して、

 「セレネリアン・プロジェクトでアサインメントSを担当させて頂いているレイモンド・ハンティングです」
 「シンディ・アンダーウッドです」

 それから席に着くように促されました。どこから切り出そうか、

 「月夜野社長、リー将軍は社長の事を名誉元帥と呼ばれてましたが」
 「ああそれですか。あの時はMBMOの副代表でしたから、戯れにそう呼ばれただけです」

 ウソだ。リー将軍の電話口の対応は満身の敬意を込めての物だった。

 「博士はエレギオン発掘調査団の元隊員ともお話されたのですね」

 相本元教授に会っていたことだけではなく、発掘調査の元隊員に会っていたのも調べ上げていたのか。エレギオンHDの調査力はCIA並と噂されているけど、ここまで会うのを延ばしたのも、それを調べ上げるためだったとか。

 やはり油断ならない相手かも。そう言えば月夜野社長の異名の一つに『微笑む天使』もあったけど、一方で『稀代の策士』とまで呼ばれている人物。あの微笑みに騙されたらいけないのかもしれない。

 「アンダーウッド博士」
 「シンディとお呼びください」
 「マリーはお元気。今度お会いしたら、たまには神戸に顔を見せるように伝えて頂けますか」

 そこからしばらくマリーCEOの思い出話があったのですが、

 「マリーもシンディを脅し過ぎ。余計な心配をかけさせたようですね」

 なんとシンディがマリーCEOに会っていたことだけでなく、その内容まで。

 「こうやって博士とお会いできる日を楽しみにしておりました。マリーの話は言いすぎですわ。余計な御心配などなさらぬように」

 素直に受け取れないが、これでは話が進まない。

 「月夜野社長は何者なのですか」
 「それは相本教授からお聞きになったはず」
 「ではエレギオン語はエラン語と同じ」

 ここでシャンペンを傾けた社長は、

 「源流は同じですが、エレギオン語ならエレギオン学者なら読めます。エレギオン語の源流はエラム語。わたしはエラン語のさらに古エラム語、さらに原エラム語もわかります」
 「では原エラム語がエラン語」

 そこから聞く話は驚きばかり。惑星エランの言語は統一されており、原エラン語は統一エラン語の母体の一つだったなんて。

 「ではセレネリアン語は」
 「お聞きになりたいですか」
 「もちろんです」

 やはり月夜野社長はセレネリアンが持っていた手帳の内容を入手し読んでいたんだ。

 「あれは統一エラン語前の文章になります。文字も古く、現代エラン人でさえ読むのが大変なものです。たとえれば現代人が古典を読むようなもの。とくに手書き部分は相当な悪筆で往生させられました」

 どうして入手したかなんて聞くのも愚かな質問だろうな。シンディを見たら不安そうな顔をしてる。そこまで聞いて良いのかどうかを心配してるのだろう。ここまでの秘密を、こうもあっさり話すのは、こちらを信用しているか、口封じがセットになっているかのどちらかだ。

 でも聞きたい。月夜野社長以外にあの手帳の内容を聞くのは不可能に近い。あそこに何が書いてあるのか。これを知らずに死ねるものか。

 「博士、夜は長いです。もう少し食事を楽しまれてからお聞きになられたら如何ですか」
 「これは失礼しました」

 それにしても月夜野社長も霜鳥常務も美しい。シンディだって負けていないと言いたいが、シンディの美しさは人の美しさ。月夜野社長になると次元が違う。これが女神の美しさだと言うのだろうか。前にいるだけで息が詰まりそうだ。

 「女神の力は今でもあるのですか」
 「それも読まれた通りです」
 「相本元教授をああされたのは、社長ですか」
 「あれは私ではありません。首座の女神の悪戯です」

 首座の女神! 実在したのか、

 「ならば社長は次座の女神」
 「そう呼ばれた時代が長かったですね」

 ボクの心の中に不安が湧き上がって来るのを抑えようがありません。どうしてここまでアッサリと認めてしまうのかです。

 「今夜は楽しい夜になりそうです」