セレナリアン・ミステリー:一夜明けて

 月夜野社長との会食はボクにセレネリアンの新しい知識をもたらしました。しかし最後の最後のところを伏せられてしまった気がどうしてもします。これを知るにはどうしたら。そしたらシンディが、

 「レイ、無事帰って来れたね」

 これもまた正直な感想で、ホテルに帰るとまさにクタクタ。あの会食中はとにかく緊張のしっ放しでした。これまでの人生の中でもあれほど緊張したことはありません。シンディも同様だったみたいで、

 「きっとおいしい食事だったと思うのだけど、何食べたのかも覚えてないわ」
 「あははは、ボクもだよ。もったいなかったな。エレギオンHDの社長からの接待だから、神戸でも一番のレストランのはずだものな」

 昨夜はホテルの部屋に戻ると疲れ果てて寝込んでしまっています。シンディも同様で、無事帰って来られれば生きている証のためにもシンディを求めようと考えていましたが、それどころの疲れようじゃなかったのです。

 「レイ、月夜野社長が全部話していないと思うけど」
 「そうだよシンディ、なにか隠してるはずだ」

 どうもシンディの様子がおかしい。おかしいと言っても態度とか、言動じゃなくて、同じシンディ見えない気がする。シンディであるのは間違いないけど、胸が苦しくてしかたがない。

 「シンディ、何か変わった?」
 「変わるわけないでしょ。昨夜だって一緒に帰って来て寝ただけだじゃないの」

 まあ、そうなんですが、朝の光の中で見るシンディは息が止まるほど美しい気がします。シンディが素敵なのは良く知っていますし、メモリー・ナイトからシンディのすべてを知ったはずです。それなのに、それなのに、

 「シンディ、言ってもイイかい」
 「イイよ」
 「また綺麗になってる。それも見違えるぐらいに」
 「ありがと。でもいくらお世辞を言われても、なんにも出て来ないよ」

 そこから昨夜の月夜野社長の話に戻りましたが、

 「レイ、シンディも考えてみたのだけど、月夜野社長が何かを隠しているとは思うけど、教えてくれた事実だけで、セレネリアンのミステリーはほぼ説明出来る気がするの」
 「でも、知りたいじゃないか」
 「そりゃ、シンディだって知りたいけど、月夜野社長に教える気が無ければ永遠にわからないよ。それともレイに聞きだす手段でもある?」

 そう言われても、

 「それに昨夜の話だって、知らぬ存ぜずで済ませても良い話じゃない」
 「それは、読めなかったと言われたらオシマイだったけど」

 いかんまたシンディを見てると息苦しくなってきた。

 「おそらく月夜野社長は知ってしまったと見てる。この地球上で月夜野社長ほどエランやエラン人を知る者はいない」
 「後は小山前社長ぐらいだろ。でも隠すのは良くないよ」
 「月夜野社長はエレギオンの女神、それも次座の女神。次座の女神の別名は知恵の女神。人の知恵で理解できないと思うの。でもね、エレギオンの女神が誰のために働き、誰のためにその命を懸けるかもわかってる」

 どういうこと、

 「レイも聞いているでしょ。あの怪鳥事件の真相。そしてリー将軍があれほど尊敬してるのを。月夜野社長は合衆国陸軍の名誉元帥だけど、リー将軍や、怪鳥派遣軍にとっては地球軍元帥なの」

 リー将軍はボクにもはっきりそう言った。

 「エラン船事件の時にも誰もが見逃してるけど、小山前社長は進んで地球全権代表を引き受けてる。これは誰のためかということよ」
 「・・・」
 「怪鳥事件もそうよ。あそこで月夜野社長は重傷を負われ、小山前社長は亡くなっておられるのよ。月夜野社長は地球を代表してあの手帳を読み、地球人はあれ以上を知らない方が良いと判断したのじゃないのかしら」

 シンディが言いたいのは、セレネリアン・ミステリーは科学問題ではないの考え方で良さそうです。科学問題であれば真実は必ずあり、それを追及するのが正義だけど、これを政治問題と見れば、話は変わります。知ることにより社会の混乱を招く可能性があれば、あえて伏せるのが政治問題かな。

 そうするのが必ずしも善とも言えませんが、正直だけでは通用しないのが政治でもあります。正直な善人だけの政治家では国を運営できないぐらいはボクでも知っています。正直で善人に見える政治家もいますが、あれはそう見せているだけです。

 政治家なら棺桶まで持って入る秘密の一つや二つは必ずもっているはずですし、大政治家ならば本を書けるほど持っていても不思議ありません。

 「月夜野社長はエラン船事件で多くのことを知っているのは間違いないわ。たとえば保護されたエラン人だって生きてるかもしれない。ここでだけど、馬鹿正直にエラン人が生きてると言ったらエラン人はどうなる」
 「どうなるって言われても・・・おそらく施設の中で死ぬまで軟禁状態のままじゃないかな」
 「そうしたくないと、もし考えればどうする」

 エラン人の外見は地球人そのもの。セレネリアンがエラン人であるなら、今のエラン人だって地球人と交雑は可能。地球人の中に混じって、地球人として暮らし、地球人の女性と結婚して子どもを産ませることも可能のはず。

 「小山前社長はエラン人を地球に同化させる計画を持っていたらしいとなってるわ」
 「それはボクも聞いた」
 「そこに正義の軸を置いたら、その目的に反する事はすべて伏せてしまうのが政治じゃないかしら」

 ダメだ反論できない。これはシンディの主張に理があるのも一つだけど、シンディの美し過ぎる姿に心が乱れてしまう。ホントにシンディは人なのか。

 「あれが地球人の知るべき範囲としたのが月夜野社長の判断か」
 「シンディはそう考えてるし、現実問題としてあれ以上の情報を手にすることは不可能よ」

 なんとなく、それで良い気がしてきました。考えてみればセレンリアンの真実を知りたいのは見ようによっては野次馬根性です。それが解き明かされたところで、地球人にメリットが乏しくデメリットの方が遥かに多いとした、月夜野社長の判断の方が正しいかもしれません。

 そう思うとセレネリアン・ミステリーへの興味と感心が急速に薄れていく感じです。この問題に関わったこと、この問題に費やした時間が無駄だったとは思いませんが、ボクが一生を懸ける仕事かと言われれば違います。

 これ以上の真相が知りたければ後任に任せたら良いじゃありませんか。潮時をヒシヒシと感じています。ボクは新しいチャレンジに挑むべきだの心の声が聞こえてくる気がします。

 「シンディ、提案があるのだけど」
 「なに?」
 「せっかく日本まで来てるのだから共犯になる気はないかな」
 「共犯って穏やかじゃない提案ね。企てを聞いてから判断してもイイかな」
 「もちろんだよ」

 日本出張ですが、とにかく仕事詰め。セレネリアン・ミステリーの秘密を追う興奮もありましたし、エレギオンの女神に会う緊張もありました。メモリー・ウィークは待ち時間で仕事はなかったですが、あははは、あれはあれで後悔していませんが、部屋からほとんど出ていません。

 「なるほど! 観光旅行ね」
 「ちょっと役得といったところだよ」
 「それなら喜んで共犯にならせて頂きます」

 京都、奈良、大阪・・・楽しかった。誰の目も気にせず、恋人気分満喫です。今日はUSJ。シンディもアメリカのユニバーサル・スタジオには行ったことがなかったようで御満悦のようです。

 「こんな時間が持てたのは学生の時以来だわ」
 「ボクもだよ。人生にはこんな時間も必要ってわかった気がする」

 これだけ同じ時間を過ごしてもシンディへの思いは高まるばかりです。頭の中はセレネリアンのことはすっかり追い出され、シンディの事しか考えていない気がします。そう、シンディをなんとかしたい思いだけでいっぱいなのです。

 なんとかと言っても、夜はこれ以上ないほど距離は詰め切り、一つになっていますが、まだ足りないのです。シンディを想う気持ちはもっとなんです。

 「明日は神戸なの」
 「あそこも良い街らしいよ」

 そう神戸こそが二人のメモリー・シティ。永遠に忘れられない街です。