セレネリアン・ミステリー:日本へ

 日本行きですが、

 「レイ、わたしも行きたい」

 シンディ君が一緒に行くと言うのです。二人抜けるとアサインメントSの広報に困るだろうと宥めたのですが、

 「日本語はどうするつもり」
 「そ、それは・・・」

 一人で行ってあれこれ調査するつもりだったのですが、

 「日本人でも英語を話せる人はいるけど、話せない人の方がはるかに多いよ。それでどうやって調査するつもり? 観光ならともかく調査でしょ」

 たしかに。

 「シンディは話せるのか」
 「ばっちりよ。ホームステイもしてたんだから」

 そういう訳で助手兼秘書みたいな役割で二人で日本に向かいます。機内で、

 「レイはエレギオン学って知ってる?」
 「なんだよそれは。エレギオン・グループの研究でもしてる学問かい」
 「違うわよ」

 今から二千年前に滅んだとされる古代エレギオン王国を研究する学問だそうです。

 「エレギオン・グループとなにか関係あるの?」
 「あると言えばあるわよ」

 エレギオン・グループのエレギオンの名の由来は、古代エレギオンから受け継がれた伝説の金銀細工師に因むそうです。

 「今でもエレギオンの金銀細工師って実在するとか」
 「それを見つけ出してジュエリー部門を起したのがクレイエール。エレギオンHDの前身会社と考えれば良いわ」

 それは知らなかった。

 「それとね、エレギオン学の総本山として有名なのは神戸の港都大だけど・・・」

 三次に渡るエレギオン発掘調査で世界を驚かす大発見をしたそうです。

 「その第一次発掘隊長が小島知江氏、第二次発掘隊長が立花小鳥氏なんだ」
 「へぇ、どちらも女性隊長だったんだ」
 「とくに六十六年前の第一次発掘調査の時は古代エレギオンの存在自体が疑問視されてて、港都大も資金集めに苦労してるの。その調査に全面協力したのがクレイエール」

 ほとんど丸抱えの体制で発掘に挑み、三ヶ所の発掘で世界にエレギオン・ブームを巻き起こすほどの成果を収めたそうです。

 「その発掘調査だけどまさにピンポイントだったのよ」
 「良く知ってるね」
 「レイもエレギオンHDの女神に会うなら知ってなきゃ。ほい、これが調査報告書」

 調査報告書には神殿の丘と呼ばれるところにあった本神殿を見つけ、そこの地下室から祭祀の時に奉納された千点以上もの宝飾品を発見しています。さらに第二発掘地点は学校の図書館とされ、多数の粘土板を発見しています。さらに第三発掘地点で大神殿を見つけ出しています。

 「凄いね。発掘に当たったチームは学者冥利に尽きたんじゃないかな」
 「でも不自然に思わない。港都大考古学部は予備調査を行っているけど、その時に掘ったのはこの辺よ」

シンディ君は一枚の地図を取り出して指し示します。

 「これはその後の発掘調査で明らかになった古代エレギオンの全容から作られたものなの。こんな街の端っこを予備調査では掘っていたのに、本調査では古代エレギオンの中枢部を掘り出してるじゃない」

 さすがに考古学は畑違いも良いところですが、発掘調査はそれこそトライ・アンド・エラーの塊ぐらいは知っています。

 「タマタマじゃない」

 ここでシンディ君はニヤッと笑って。

 「第一次発掘調査の隊長は小島知江氏なんだけど、クレイエールの専務よ。もちろんエレギオン学どころか考古学も勉強したことはない素人」
 「丸抱えで資金援助をしたのだから、名目上の隊長じゃないの」
 「それがね、発掘地点を決定したのは小島氏で、それこそ地面に線を引いて、ここを掘ってください状態だったって話よ」
 「そんなバカな」

 ありえるわけがない。発掘がそんな簡単に出来るのなら誰もあんなに苦労するはずないじゃないか。

 「それだけじゃないのよ。出土品の分類は相本分類が有名なんだけど、実は出土した瞬間に完璧な分類が行われたとなってるわ」
 「その相本って人は凄いんだね」
 「そう思う? たしかに相本雪乃名誉教授はエレギオン学では世界的権威で、とくにエレギオン文字の研究では第一人者として知られているけど、今だってエレギオン文字を自在に読める人はいないのよ」

 どういうことだ。でも出来たんだろ、

 「エレギオン学は短期間で長足の発展を遂げたけど、これは相本分類が完璧であったからとされてるのよ。それこそ、分野別、年代別に分けられ、音楽なら題名まで書かれて分類されていたとなってるわ」

 シンディ君はボクの反応を楽しみならが、

 「エレギオン学は、

  『エレギオン学そのものが謎である』

 こう呼ばれているの。エレギオン研究とは完璧に分類された出土品を研究する学問なのよ」
 「ちょっと待ってくれ。完璧に分類するには文字が読めるのはもちろんだが、そのエレギオンの歴史や文化も知り尽くしていないと無理だ。第一次発掘調査の時にそこまでわかっていたのか?」
 「未だに全容はわかっていないし、当時なんて殆どわかっていなかったで良いと思うわ」

 そんな矛盾したことが、

「それでね、今なお第一次発掘調査で見つかった粘土板研究は続いているわ。とにかく読むのが大変だそうよ」

 おかしすぎるだろ、話が逆立ちしすぎている。

 「五十六年前の第二次発掘隊の隊長の立花氏も同様だったらしい。立花氏はクレイエールの専務だよ」
 「専門は?」
 「イタ文」
 「この時も」
 「そう完璧な分類が行われているのよ。この時には移民管理局みたいなところを発掘してるけど、ギリシャ語とかラテン語の対訳表はページ番号から何訂版まで分類されてるぐらい」

 話が見えにくいが・・・ん、ん、ん、もしかして、

 「立花氏って、もしかして」
 「やっと気づいた。そう、第一次エラン船事件の時に関与してる。当時はクレイエール副社長、後のエレギオンHD副社長の立花小鳥氏」

 立花小鳥が故小山社長と同様にエラン語が話せたことはダンリッチ教授から聞いたけど、エレギオン発掘事業にも関係してたなんて。でもそうなると、

 「その相本分類ってもしかして」
 「それで良いみたい。第一次発掘調査では小島氏が、第二次発掘調査では立花氏が行ったものと見て良いわ。でもそれだけじゃないのよ」
 「まだ何かあるのか」
 「第二次発掘調査の時に立花氏は秘書を同行しているのだけど、その名前が小山恵」
 「小山恵って」
 「そうよエレギオンHDの前社長である小山恵よ」

 どうなってるのだ。ここでシンディ君は悪戯っぽく笑いながら、

 「レイはエレギオンHDのトップ人事の不可解さに驚いてたよね」
 「ああ、そうだ。あんな人事が起る方が不思議過ぎる」
 「あれはクレイエール時代にも起ってるのよ。第二次発掘調査の翌年に立花氏の秘書であった小山恵はいきなり社長に就任している」
 「専務だった立花氏も飛び越えてか」
 「そうよ、立花氏は副社長に就任してる。こんな人事があれば立花氏は追放されるか、冷遇されるかのどちらかになりそうなものだけど、小山氏と立花氏は世界最強のコンビとしてエレギオンHDを世界一の規模に育て上げてる」

 エレギオンHDがそうなっているのは事実だから認めざるを得ないが、

 「まだあるのよ。これはクレイエール時代だけど、小島知江氏は四十九歳の若さで亡くなっているの。この時に専務だったんだけど、専務の席は小島氏が亡くなってからも空席にされ・・・」
 「まさか立花氏がいきなり抜擢されて専務になったとか」
 「その通り。小島氏が亡くなって四年後に新入社員であった立花氏は突如専務に昇進してるんだよ」

 まるで立花前副社長が亡くなった後に月夜野社長が現れ、結崎常務が亡くなってから夢前専務が登場し、香坂常務の跡に霜鳥専務が出現したのと同じじゃないか。これが情実人事でないのも間違いない。それは明らか過ぎる実績で証明されている。

 それにしてもシンディ君はよくここまで調べたものだ。半世紀以上前の話だぞ。エレギオンHDの人事ならともかく、その前身のクレイエール時代の記録なんてよく見つけられたものだ。

 「ああ、それ。私の苗字はアンダーウッドなのよ」
 「アンダーウッドって、もしかしてセレクション・マートの」
 「そうよ。その一族。わたしは会社経営に興味がなかったから物理学を目指したけど、マリー大叔母様はエレギオンHDに勤めてたの」

 マリー氏は大学卒業後にフランスのランブリエ食品に就職した後に神戸のエレギオンHDに転職。その手腕を認められて、当時倒産寸前であったロッコールに送り込まれ、あのロッコール・レンズの開発に成功したそうです。

 「マリー大叔母様は、その後にセレクション・マートに戻って来られたの。当時のセレクション・マートはネット通販に押されまくられて、お先真っ暗状態だったのよ。戻って来られたマリー大叔母様は大改革を断行してセレクション・マートを建て直されたのよ」
 「えっ、マリー大叔母様って、あのマリー・アンダーウッドCEO!」
 「そうだよ。わたしもだいぶ可愛がってもらったわ」

 店舗型経営に明日は無いとまで言われた時代に、奇跡とも呼ばれたV字回復を成し遂げた伝説の経営者。それぐらいはボクも聞いたことがある。そりゃ、『辣腕』『剛腕』『敏腕』など数えきれない異名がある世界でも有数の経営手腕のまさに伝説の人。

 「マリー大叔母様が言うには、エレギオンの四女神は人ではないって・・・」

 マリー氏はある時にエレギオンHDの留守番を命じられたのです。いわゆるエレギオンHDのトップ・フォーがそろって休暇を取りたいからだったそうですが、留守番役とは社長代行になりますから、当時のマリー氏は有頂天になっていたそうです。そりゃ、これを無難にこなせば認められるのは誰の目にも明らかだからです。

 また長期の留守番は先例があったそうです。その時は三女神が長期休暇を取り、当時の結崎専務が留守番をされたそうですが、実に八十日も留守番をしています。マリー氏が留守番をするのは一週間の予定でしたから楽勝と思われて取り組まれたそうですが、

 「それが四日目の夜には積みあがる仕事の前にニッチもサッチもいかなくなって恥を忍んで小山前社長にSOSを送ったのよ」
 「あのマリーCEOがですか!」
 「それぐらい極限まで追い詰められてたってこと。五日目の昼頃に戻って来られた小山前社長はマリー大叔母様が溜め込んだ仕事を五時までに全部片付けてしまったらしいわ。その処理速度は驚異的なんてレベルじゃなくて、そのうえ重箱の隅まで完璧だったって聞いた」

 なんという手腕。

 「マリー大叔母様は、あの留守番の時に失格の烙印を押されたんじゃないかと言ってたわ。でも後悔はされてなかった。あれだけ段違いの実力差を見せつけられたら、あきらめもついたって」
 「でもセレクション・マートの建て直しのあの手腕は・・・」
 「あれぐらいなら遊んでいるようなものだって。これじゃ、誤解されるわね。人が出来るのは、せいぜいこれぐらいだろうって」

 マリー氏がエレギオンHDに勤務されている時にあれこれ見聞きしたり、調べたりしたのがシンディ君の話で良さそう。

 「どう参考になった?」
 「もちろんだよ。よくここまで調べてくれたものだ」
 「喜んでもらえて嬉しいわ。マリー大叔母様のところまで行って聞いてきた甲斐があったわ」

 わざわざそこまで、

 「当然でしょ。アサインメントSの目的の一つはセレネリアン・ミステリーを解くことじゃない。わたしもそのチームの一人よ」