セレネリアン・ミステリー:シンディの覚悟

 「レイ、怒ってるの」
 「怒ってないよ。でも、からかわれるのは好きじゃない」
 「誰もからかってなんていないよ」
 「あれが、からかってないと言うのか」
 「ほら、怒ってる」
 「怒ってない!」

 相本元教授の発言はビックリさせられました。シンディ君は素敵な女性ではありますが、あくまでも仕事上の同僚です。今回の日本出張だって観光旅行ではなくセレネリアンの謎を追うためです。それをまるで恋人との旅行のように言われて腹が立たない訳がありません。

 これはボクのポリシーですが、仕事に男女の仲を持ちこまない事にしています。そりゃ、ボクだって男ですから、イイ女を見れば無関心ではありませんが、仕事仲間を利用して口説くなんて絶対にやらない主義です。だから今でも独身どころか、ロクロク恋人も出来ていない原因かもしれませんが、それはそれ、ポリシーはポリシーです。

 「シンディもシンディだよ。あんな調子を合わせなくてもイイじゃないか」

 そうやって見たシンディ君の顔がいつになく真剣です。

 「レイ、よく聞いて。相本元教授はウソをつかなかったけど、話していないこともあるわ」
 「どういうところだよ」
 「女神はたしかに恵みも与えてくれる。ただし逆らう者は決して許さいないのよ」
 「許さないって」
 「必要あれば殺す事さえ躊躇しないのよ」

 殺すと言っても、そんな事をすれば警察が、

 「災厄呪いの糸は今でも使えるって」
 「そんなものは叙事詩の作りごと」
 「マリー大叔母様は見たって」

 シンディ君がエレギオンの女神の事をマリーCEOに聞きに行った時に、月夜野社長と会うつもりだと聞いて顔色が変わったそうなんだ。

 『悪いことは言わないから、冷やかしや興味本位で会うつもりならやめなさい。女神は決して恐怖の存在ではないけど、女神の安寧を乱すような者は本当に容赦がないのよ』
 『どういう意味ですか』
 『女神はすべてを見抜き、その判断は絶対に間違わない。女神の判断に逆らった者の末路は悲惨なものよ』

 たとえアメリカ大統領であっても絶対にひれ伏すことはなく、その意思を貫き妥協することがないだけでなく、邪魔する者はゴミ屑のように排除してしまうらしい。

 『ハンティング博士がどういうつもりで会う気か知らないし、女神がどういう判断をされたかもわからない。もしハンティング博士が安易な気持ちで会おうとされているのなら、一緒に行くべきでない』

 マリーCEOの顔に明らかな恐怖があったそうです。

 『女神は、どうしても女神の力が必要とする者には惜しみなく協力してくれる時はある』
 『そうでない時は』
 『女神に逆らった者の末路を見ることになる』

 マリーCEOは元エレギオンHDの社員、それも最高幹部クラスだったはず。だから女神の怖ろしさを実際に見た可能性はあるかも。

 「でもシンディ。その力を常に揮うものじゃないだろう」
 「そうよ、女神の仕事以外にはね」

 女神の仕事の意味を知る者はエレギオンHDでも殆どいないそうですが、マリーCEOは一度だけその一端に関わった事があったそうです。

 「マリー大叔母様が言うには、ターゲットに二段三段の計略を仕掛けて、必ず破滅に追い込むって言ってたわ」
 「でもそれだけじゃ」
 「そこから先の本当の女神の仕事までは関わらせてくれなかったらしい」

 なにか陰険そうな、

 「レイも読んだと思うけど、女神は甘ちゃんじゃないのよ。苛烈を極めたアングマール戦を勝ち抜いた歴戦の強者なのよ。戦争はね、勝つことがすべてで、負けることは決して許されないところ。騙し討ちなんて当たり前の世界。陰険であろうが姑息であろうが関係ないの」

 月夜野社長がどれほどの指揮官であったかはリー将軍の態度を見ただけでわかるけど、

 「今回の仕事はエレギオンHDの本業と無関係。それでもあえて会うと言うのなら、これは女神の仕事になっている可能性があるわ。レイ、あなたにその覚悟はあるの」

 覚悟と言われても会って話をするだけじゃ、

 「私はマリー大叔母様の言葉を聞いて決めたの。何があってもレイに付いて行くって。そしてレイが危なくなるようなことがあれば守ると決めたのよ」
 「守るって、シンディがボクをか」
 「笑ってイイわ。悔しいけどわたしの手では守れないかもしれない。だから、守れなくともせめて一緒にいたかったのよ。一人より二人の方が少しでも寂しくないでしょ」

 シンディ君の目が真っ赤だ。

 「好きなのよ、愛してるのよ、初めて会った時からずっと」

 だからエドワーズ空軍基地からフォート・デメリックまで付いてきて、日本へも。

 「心から愛する人が命の危険のある場所に行こうとしているのよ。付いて行くのが当然よ。レイはその辺がピンと来てないようだから・・・」

 だからあれだけエレギオンに対する予備知識を調べてボクに。

 「この日本にいる間だけでもイイ。どうかレイの恋人にして。その気持ちで月夜野社長にぶつかりたい」

 そこまでシンディ君は・・・そうであるならボクも覚悟を決めないと。

 「ダメだ」
 「やっぱり、わたしじゃ・・・」

 泣き崩れそうになるシンディ君を支えながら、

 「女神は邪な心を持つ者を許さないだろう。仮初めのニセの恋人関係ぐらいはすぐに見抜いてしまうよ。本当に二人の心を合せなくてはダメだ」
 「それって」
 「ボクから言うべきだった。レイモンド・ハンティングは心の底からシンディ・アンダーウッドを愛してます」
 「レイ・・・」

 ボクだってシンディが好きだったんだ。それこそエドワーズ空軍基地で会ったあの時から。でも仕事の同僚を口説くのはおかしいと思って、一生懸命に一線を引いてたんだよ。

 「シンディ、二人で最後の門を叩こう」
 「ありがとうレイ、愛してる」
 「ボクもだ」

 シンディがボクの胸に飛び込んで来ました。口づけを交わして、泣きじゃくるシンディをようやく宥めて、

 「本当に女神の力ってあるの」
 「これはマリー大叔母様がまだフランスに行く前の話だけど・・・」

 あの豪華客船プリンセス・オブ・セブン・シーズで世界一周の旅に出てたと言うからさすはセレブです。そこで出会ったのが小山前社長、立花元副社長、香坂前常務の三女神だったそうです。

 大きいと言っても限られた船内だから知りあっても不思議ありませんが、豪華客船らしく、さらなる華やかな人物が加わります。あの全米一のジュエリー・デザイナーのトム・サンダーズ氏です。

 これも驚いたというか、そんなところで繋がっていたのかと思う他はありませんが、サンダース氏はクレイエールに居たエレギオンの金銀細工師の弟子だったのです。つまりは三女神とも旧知になります。

 このサンダーズ氏ですが、カジノにかなり入れ揚げてしまっていたようです。負け金が十五万ドルにも及んでいたとなっていますから、かなりのものです。ここでサンダース氏の奥様が三女神に泣きついたところから話が動き出します。

 立花前社長が一肌脱ぐことに事になり、カジノに参戦。結果は驚くどころか仰天物で、なんと千百万ドルも勝ってしまっています。当時のカジノの支配人はあまりの負けの大きさにインチキと喚き立てたようですが、これを受けて最後の勝負に臨みます。とにかくインチキと相手に呼ばせないために、

 ・ボールはカジノの支配人が投じる
 ・ベッドはストレート・アップで、ボールを投じる前に決める

 特別ルールで七十二倍になっていたそうですが、このムチャクチャな勝負にも立花前副社長は勝ち、八億六千万ドルの天文学的な大勝利を飾ったと言うのです。

 「あれこそ女神の力だと言ってたわ。女神は今でも叙事詩に謳われた力を発揮すると考えた方が良いわ。だいたいだよ、極東の名もないアパレル・メーカーが、こんな短期間に、あれだけの大成長を遂げる方が不自然過ぎるもの」

 これもシンディに聞いたけど、相場の見切りが神業で、かつての彗星騒動、エラン宇宙船騒動、さらにあの怪鳥事件でも儲けまくったって言うから驚き。とにかく相場ではエレギオンHDが動いただけで世界が動揺するって言うぐらいだもの。

 「わたしは相本元教授があそこまで話したのに驚いたぐらい。日本はもちろんのこと、世界のマスコミに取ってエレギオンHDはタブー扱いになってるのよ」

 ボクの頭の中で、セレネリアン・エレギオン・エランが直感的に結びついた気がします。

 「エレギオンHDがエラン問題ではナーバスなのは間違いない。これがセレネリアンにもし関連すれば・・・」
 「やっとわかってくれた。女神がどういう態度を取るか予測は不可能ってこと」

 背筋に薄ら寒いものを感じています。

 「相本元教授はどこまで知っておられるのだろう」
 「わからないわ。でも一つだけ言えるのは、相本元教授は女神の恩恵を受けた者よ」

 だろうな。あれだけの若さを九十歳を越えても保つなんて、それだけで人とは言えないもの。女神は実在し、女神の力も存在すると信じるしかありません。