セレネリアン・ミステリー:メモリー・ナイト

 黙っておこうと思ったけどレイに言っちゃった。でも後悔していない、言わずに最期を迎えるより百倍マシだもの。レイはシンディのヒーローよ。トライマグニスコープの基礎論文を読んだだけでも興奮してたもの。

 そのレイがトライマグニスコープと共にセレネリアン計画に加わると聞いてどれだけ舞い上がったことか。そりゃ、もう、あらゆる手段を使って助手にしてもらおうと工作しまくったことか。

 晴れて助手になれて、リー将軍の部屋で初めて会った時の感動は忘れられない。憧れのレイが座っていて、話しているんだもの。そこからは夢の時間。あの時の指令はトライマグニスコープの操作方法を覚えることだったけど、とにかく必死だった。

 レイに気に行ってもらおうと操作法を早くに覚えられたのは良かったけど、今度はレイが操作をシンディに任せてセレネリアンの謎を追い始めたのは寂しかった、そんな時に耳に入ったのが、

 『シンディ博士がトライマグニスコープを駆使できるようなったので、ハンティング博士はもう必要ないでしょう』
 『トライマグニスコープもここでは用済みであるし、移転先として・・・』

 そう、エドワーズ空軍基地からセレネリアン計画を移動分散させる話が耳に入ったのよ。このままではシンディはトライマグニスコープとセットでレイと離れ離れになってしまうと思ったの。

 そこで新しい助手を配属してもらい、必死になって操作法を教え込んだ。でもそれだけじゃレイはイギリスに帰ってしまう。シンディはリー将軍のお気に入りでもあったから、レイにセレネリアン・ミステリーの担当者になってもらうプランを囁いたのよ。

 なんとか目論み通りにレイをアサインメントSの地位に就け、シンディが再び助手的な立場になる事が出来たんだ。そこからもレイに気に入ってもらおうと懸命だった。アサインメントSは広報官的な役割も背負っていたのよね。

 レイはやはりマスコミ対応が苦手だった。あんなもの生粋の物理学者にやらせるのは無理があるから、シンディが代わってあげた。さらにレイがセレネリアンの謎を解くカギとしてエレギオンHDを注目しているのを知り、マリー大叔母様に会いに行ったんだ。

 マリー大叔母様に会うのは正直なところかなり怖かった。セレクション・マート再建の立役者として、一族の中でも長とみなされていたもの。マリー大叔母様の手腕は冷徹で、さらに賞罰の基準が非常に厳格。アンダーウッド一族であっても眉毛一つ動かさずに容赦なく左遷、さらにはクビにしていたもの。

 でもレイのためにはどうしてもエレギオンHDの情報が欲しかった。アメリカでもエレギオンHDの中枢部近くまで登りつめたのはマリー大叔母様一人だけだったから。緊張しながら会ったんだけど、

 「エレギオンの事を知りたいんだってね。あそこは別世界だよ。マリーも若い頃にパリのルナのところで勉強していた時期もあって、あの時はルナほど怖い人間はいないと思ったものさ」

 ルナとは当時のランブリエ食品の社長でフランス食品業界の女王とまで呼ばれた実力者。このルナがマリー大叔母様をエレギオンHDに送り込む時に送った言葉が、

 『メグミは私のように甘くないよ』

 氷の女帝の怖さを骨の髄まで味わったと言ってた。だからシンディがエレギオンHDに関わる仕事をすると聞いて止めたんだ。でもシンディは行かないとならないと必死に頼み込んだら、

 「あははは、恋だね。これはマリーには止められないわ。だったら・・・」

 知る限りの事を教えてくれた。その上で、

 「マリーは仕事に打ちこみ過ぎた。それ自体は後悔していないけど、男も知りたかったかな。でもね、もう一度言っておく、エレギオンの女神を舐めてかかってはいけない」
 「どうしたら、なにか弱点とか」
 「ないよ。でもね、散々脅したけど、女神は決して怖くなんだよ。怖いだけならあれだけ誰もが付いて行かないだろ。マリーだってセレクション・マートに戻るのに相当悩んだもの。氷の女帝の小山前社長だってどれだけ社員から慕われていたことか」

 なにか矛盾しているけど、そうなのはマリー大叔母様の言葉からだけでもわかる。

 「女神に一番通用するのは真っ直ぐな心だよ。それだけが女神を動かすのかもしれない」
 「もし会えれば、なにか伝言がありますか」

 ここでフフッと笑って、

 「会えばわかるよ。女神とはどういうものかって」

 でもマリー大叔母様の言葉はシンディには重かった。月夜野社長に会う日が近づくほど重くなった。ここまで来ればシンディの夢を一つだけ叶えたかった。そしてレイは受け入れてくれた。


 今夜もいつものようにレイと夕食を食べていたのだけど、レイの顔を見るのが恥しい。レイはあれこれと話題が途切れないように気を使ってくれるけど、シンディの動悸が収まらない。

 夕食が終り、部屋に戻るのだけど、今日からは別々の部屋じゃない。今夜は二人の一線を越えるメモリー・ナイト。シンディだって初心じゃないと言いたいけど、これでもアンダーウッドの一族。高校までは厳しくて、とても、とても。

 ハーバードに進学しても家がボストンにあったものだから自宅からの通学。そうそう、物理学に進むのも大もめ。親はMBAを取ってセレクション・マートの幹部になるのを期待してたからね。

 大学院に進む時にやっと家から出られた。そして初めての恋人。でもね、そいつはアンダーウッドの一族になるのが狙いだったんだ。幻滅したな。それがわかった瞬間に別れたよ。経験はその時だけ。

 レイモンド・ハンティング。物理学界では異端の天才とも呼ばれている。発表される論文にみんな大興奮よ。レイの凄いところは理論からの実用を常に考えている点なの。そう、机上の理論で満足できずに実用化の可能性を常に追求する点。

 それでもトライマグニスコープは夢過ぎる機械だったのよ。理論上は作成可能でも、技術的に無理があり過ぎるって誰もが考えたもの。でもレイは作り上げてしまったの。それもたった七年で。

 あの時から夢見ていた。シンディにはレイしかいないって。だから必死になって博士号まで取った。レイとの差を少しでも詰めるため、レイとまともに話が出来るように。そして今夜。これだったら取っとけば良かった。


 レイがシャワーを終えてバスローブを着て出てきた。次はシンディの番。服を脱ぐ時に震えてる、笑っちゃうぐらい震えてる。シャワーを浴びながら、ついにこの時が来たって実感してる。

 バスローブをどうしようかと思ったけど、やはり着ることにした。シャワーを出るとレイが立って迎えてくれた。抱き寄せてくれて優しい口づけ。そのままレイの手が紐の結び目にかかっているのがわかる。

 そしてベッドへ。不意に初めての時のことが頭に浮かんでしまった。あれは痛かった。その後もなんどかやったけど、正直なところあんまり良くなかった。愛してはいたけど、恋人だから義務としてやってた感じかな。

 レイの手がシンディの体を・・・優しい、優しさがレイの掌から伝わってくる。緊張してるのだけど、体の芯から解きほぐされていってるのがわかる。さらにレイの唇が・・・体の芯が今度は熱くなっているのがはっきりわかる。

 なんか変に成りそう。こんなの初めて。声が出ちゃいそう。息だって・・・レイにもわかったみたい。シンディは心の中で絶叫してる。

 『レイが欲しい』

 心の叫びはレイにもきっと届いてる。二人の距離がゼロになる瞬間までもうすぐ。来た、レイが来てくれてる。ゆっくり、ゆっくり、愛おしむようにゆっくり、それでも確実に。

 『あぁぁ』

 最後まで来てくれた時に声を上げるのに耐え切れなくなった。これで二人は一つ。レイは逞しい。でも、これはどうしたの。シンディの体が昇って行く感じがする。間違いなくシンディは昇っている。このまま昇って行ったら、シンディは、シンディは、ああシンディはどうなっちゃうの。

 シンディの体に来るものはわかる。もうそこまで来てる。レイもわかったみたい。その一点を目指している。レイ、男の人相手にこうなっちゃうのは初めてよ。そうなった相手はレイだけ、これからもレイだけよ。

 『うぅぅ』

 シンディの体を激しいものが通り抜け頭が真っ白になった。でも、でも、終わらない。また昇って行く、さっきより、もっと高く、もっと強く。夢中でレイの体にしがみつき、

 『うわぁぁ』

 もう声なんて止めようがない。シンディの頭の中にあるのは昇る事だけ、昇っては飛び立ち、すぐさま昇って行く。もう数えきれない。シンディの体はレイの思うがままになってる。でも嬉しい、こんなに嬉しいことは初めて。

 「さあ、一緒に」

 レイもやっと来てくれる。もう夢中になって合わせた。でもシンディの体はもう限界、ゴメンナサイと思った瞬間にレイが来た。それを感じながら何もわからなくなっちゃった。

 目覚めると朝だった。隣にはレイが眠っている。これは夢ではない。シンディの体にも昨夜の余韻がたっぷり残っているもの。眠っているレイに口づけをしたけど、もう我慢できなくなってる。ううん、もう我慢なんてしなくてイイんだ。シンディはレイのもの、レイもシンディのもの。昨夜の再現だった。そして二人でシャワーに。世界一愛おしい男レイ。

 朝食はルームサービスにした。この時間は終りたくなかった。ずっとずっとこの時間が続いて欲しいと思った。でもレイは喜んでくれたのだろうか。さすがに激し過ぎたと恥しくなっちゃった。そしたら、

 「シンディ、この仕事が終わったらボストンに行こう」
 「次はロンドンね」
 「そういうこと」
 「そう受け取って良いの」
 「他にどう受け取るって言うのかい」

 シンディのメモリー・ナイト。シンディはレイをしっかり受け止めたし、レイもシンディをしっかり抱き留めてくれた。それからレイはエレギオンHDにコンタクト取ったんだけど、

 「月夜野社長はあいにく出張中だそうだ。でも話は通ってて、来週にアポを取ってくれた」
 「レイ、あいにくじゃないよ」
 「そうだね」

 月夜野社長とのアポの日まで燃えまくっちゃった。だって他に二人でやることないじゃない。なんの遠慮もいらないし。そのすべてにレイは応えてくれて、シンディを満たしてくれた。これこそ幸せ。メモリー・ナイトからメモリー・ウィークになった神戸の夜を忘れない。