セレネリアン・ミステリー:舞台裏

 「コトリ、結局どうしたの」
 「適当」

 ちょっとややこしい案件やった。始まりはリー将軍の電話。あない言われたら断れへんやんか。これやったら名誉元帥なんて受けるんやなかったと後悔したもんな。

 「でもさぁ、エランとセレネリアンの関係はどうしても考えるでしょ」
 「まあ、そうやねんけど」

 ほいでも知らぬ存ぜずで逃げる手もあったんやけど、

 「マリーが噛んで来るとはね」

 セレクション・マートはやばかった。あれはコトリもユッキーもエレギオン・グループから切り損ねたと思とった。そんな時にエレギオンHDからの支援要請だけでなく、マリーを欲しいの話が出て来たんよ。

 コトリもユッキーも賛成やなかった。マリーにはもっと夢のある大きな仕事をして欲しかってんよ。それでも実家みたいなもんやんか。マリーに意向を聞いたら悩んどったけど、

 「セレクション・マートに戻ります」

 マリーが最初に断行したのはアンダーウッド一族の追放。あそこが経営のガンなんはわかっとったけど、どうにも手に付けられへん聖域状態やってんよ。そりゃ、大株主でもあったからな。

 でもそれをせんと潰れるのは誰の目にも明らかやった。マリーは表と裏から次々と手を打って追い込んでゆき、最後はほんまにバッサリって感じで追っ払ってもたわ。

 全米でも話題騒然って感じや。そりゃ、ガチのセレブやったはずが食糧配給もらうまで落ちぶれたのが出たぐらいやったからな、まあ、あれぐらいはマリーなら出来て当然やけど。

 建て直しには経営者の独裁権と、実力主義による有能な人材の登用が必須やけど、アンダーウッド一族の追放でマリーは両方手に入れたぐらいやろ。この時にいわゆる本家筋のアンダーウッド一族はおらんようになってんけど、数少ないけど残った一族もおってんよ。その一つがシンディの家。

 「でもまさかセレネリアン・プロジェクトに、アンダーウッドの一族が噛んでるとはね」
 「それもやで、アサインメントSいうたら、セレネリアン・ミステリーの担当者やんか」
 「困った?」
 「ワクワクした」

 それでも高括ってんよ。マリーはセレクション・マート版の氷の女帝みたいなもんやから、そんなに怖い大叔母に会いに行くもんかってな。

 「あんな愛があったとはね」
 「あれこそ純情一直線やろ」

 マリーもシンディの熱情に打たれたみたいや。一直線に迫られたんやと思うで。女神の秘密もだいぶ教えてもたんよね。

 「マリーもシンディをよほど気にいったんやろな。コトリにわざわざ電話までかけてきたもんな」
 「一回じゃなかったんでしょ」
 「まあな、あのマリーが泣きそうな勢いやった」

 そうなると作戦考えなあかんやん。

 「相本教授も驚いてたんじゃない」
 「しゃ~ないやん。ハンティング博士のやる事なんかミエミエやないか」

 ある程度教える事にはしたんやけど、エランの熾烈過ぎる人種間戦争は伏せることにした。別に教えてディスカルを悲しませるほどの話やないし。そやから、スタンスとして手帳の内容だけにしたんよ。

 「最後のところは伏せたんだね」
 「どうせ読めへんし」

 あそこの真相も複雑やった。ムティは前線で手柄を立てて本国の親衛隊に栄転したんやけど、あそこにカラクリがあるんよね。ムティは捕虜として捕まった上に、改造種にされてスパイとして送り込まれてるんよ。

 「見せかけの大手柄だったのよね」
 「そうや。ディスカルがスパイの目を誤魔化すために遺伝子操作までやることがあるって言うてたけど、あんな方法やったとはね」

 セレネリアンがY染色体アダムやったんを、ハンティング博士は極秘情報やと思とったみたいやけど甘いわ。あれぐらいは筒抜けや。あれだけ研究員がおるんやから、聞きだす手段はナンボでもあるねんよ。

 ここでやけどエランの改造種はY染色体アダムは持ってへんねん。調べたんはガルムムの時と、ディスカルが浦島連れて帰ってきた時の九人やけど、誰も持ってへんかってん。ディスカルもそうやし、ディスカルの息子も念のために調べたけど持ってへんかった。

 ムティはスパイやったんは手帳に書いてあってんけど、そのムティにY染色体アダムがあったってことは、ギガメシュ人はそれを持っとった事になる。遺伝子改造の時にわざと残したんやろ。

 そやけど純血種側の遺伝子操作技術は改造種より上で、Y染色体アダム以外の改造ポイントを特定しとったぐらいで良さそうや。ここもムティがどんなキッカケで改造種であることを疑われたかは不明やけど、とにかくバレて監禁されてもたんや。

 「でもムティも気の毒ね。親衛隊に入り込めたのはスパイをする上では有利だけど、宇宙ステーションに連れ込まれたんじゃ、逃げられないじゃない」
 「ムティはその点を強調して命乞いをしたみたいや。そりゃ、地球に向かう宇宙船に放り込まれたら逃げようがあらへんし、地球に着いたら今さら純血種も改造種もクソもないもんな」

 ムティの主張やけど、意外やけど受け入れられたみたいや。あえて推測するなら、地球に移住するエラン人を一人でも増やしたいぐらいやったかもしれん。

 「でも病気になるのよね」
 「物凄いストレスやったやろし」

 病気言うてもメンタルの方やけど、かなりおかしなっとったんは、手帳の記録からもわかるわ。

 「そうね、被害妄想と誇大妄想のミックスしたものぐらいの感じね」

 そうなったんはムティだけやなかったと見て良さそうや。はっきりと書いてなかったけど、宇宙船にはかなり詰め込まれていた感じがあるのよね。

 「過酷だったと思うよ」

 ユッキーは地球への航海はメンタルに過酷すぎたんやないかとしとった。さすがに五万年前じゃ、エランの宇宙旅行でも訓練を積んだ宇宙飛行士が行ってたはずやねん。二十四時間の無重力状態もそうやし、狭い船内で顔付きあわせて暮らすのはストレスたまるからな。昼夜の区別がない密室状態で何ヶ月どころか年単位で過ごすんやから、

 それにやで、ムティかって軍人言うても宇宙は素人。政府の要人やその家族もそうや。宇宙旅行のド素人集団で、いきなり地球までの長距離宇宙旅行なんか無理があり過ぎるわ。それだけでおかしなりそうなもんや。さらにやで、母国の滅亡、未開の惑星への開拓植民やんか。

 当時のギガメシュ医療も進んどったはずやけど、こういうケースへの対応はさすがに手薄やったやなかろうかって。ムティの記録にも船内の不隠の様子が書かれてるもんな。ああいうものは、何故か伝染しやすくて、一人の不安がすぐに広がり増幅するとユッキーも言うとった。

 狂人に理由を聞いても無駄やと思うけど、ムティは強烈に月に降りたかったみたいやねん。それでどうやらプチ乗っ取り事件を起こしたみたいやねん。人質とって、

 『オレを月に降ろせ』

 こんな感じで良さそうや。この要求を聞き入れて宇宙船は月に立ち寄ることになり、ムティは宇宙服を着こんで出てったで良さそうや。悪いけど、どうやってムティがあの洞窟に降りれたんかはわからん。

 「月面基地の初期工事はしていたみたいだから、それを利用したのじゃないのかなぁ」
 「そこら辺の情報は軍管理やから簡単には手に入らんし」

 この辺のクソややこしい改造種か純血種の話なんかしたころで無駄やろし、そこからの人種間戦争も同じや。ムティが発狂しての乗っ取り事件かって、知ったところでなんも変わらん。わかってる言うてもこれぐらいやし、ムティの名誉のために伏せたりたい気分やってんよ。

 「でもシンディはイイ子みたいだね」
 「おう、なかなかやったで。だからサービスしといたで」

 シンディはホンマは美人やないかもしれへん。でもな、それを相手に意識させへんぐらいの綺麗なハートを持ってるんよ。ああいうタイプは惚れてもたら、欠点なんて見えんようになるのはなる。

 そやからあのままでも良かってんけど、せっかくやからちょっと修正しといた。パッと見でわからんかもしれんけど、あれだけで倍ぐらい綺麗になったと思うで。ハンティング博士も惚れ直すぐらいの効果はあったと思てる。

 そこまでやったんはシンディの目。あれはマリーが脅し過ぎや。もしハンティング博士に何かがあれば体を張るつもりやったんが丸見えやったもんな。この時代に人相手に災厄の呪いの糸なんか使うはずないやんか。そんなんせんでも、いくらでも無難な手はあるし。

 「あれ? この写真って」
 「シオリちゃんに頼んだ。気づかへんと思うけど、主女神も見てもうたってことや」
 「芸が細かいね」

 ミサキちゃんがあそこまで女神の秘密を話してエエかと心配しとったけど、誰が信じるかいな。女神の秘密は信じる者しか信じられへんのがミソやねん。信じてない奴に話したところで狂人扱いされるだけってこと。

 「ハンティング博士もキレモノだけど、セレネリアン・ミステリーについては満足するって計算ね」
 「そういうこっちゃ。博士の才能は多彩やけど、本業は物理学やんか。これからもっと大きな仕事をするはずや。これぐらいわかったら十分やろ」

 そうアサインメントSに最終報告書を出せるのも今回の狙い。どうせアメリカの狙いは装備の研究やろから、報告書さえ出させれば話はオシマイ。出せるぐらいの情報は提供したし、あれ以上はコトリが話さん限り誰にもわからへん。これで関係者一同はみんな満足したと思とるで。

 「そっか、だから相本教授に言わせたんだ」
 「そう、あれは開かずの金庫処女の相本教授が話すところに価値があるねん」

 シンディはエエ子や。あれほどの女の愛に気づけば動揺せえへん男はおらんやろ。コトリのサービスも付けといたから、頭に逆流した血が降りんようになっても不思議あらへん。

 「狙い通りになったんじゃない」
 「そりゃ、今回は作者の強引な後付理由もあらへんかったし」
 「そうだけど盗作じゃないの」
 「本歌取りやって言うとったけど」
 「たしかにロマンス部分はオリジナルだと思うけど」

 そういうこと。関心をそっちに向けるためやった。相本教授もあんじょう協力してくれたし。もっとも神戸で結婚式を挙げたいと言いだしたのはさすがにビックリしたけど、あれはあれで良かったと思うで。

 「ところでトライマグニスコープはどうするの」
 「もうちょっと安なったら買うわ」

 エエ機械やけど高すぎるし、操作が難し過ぎるんよね。ありゃ、ハンティング博士の趣味が入り過ぎとるわ。次かその次のバージョンまで待つのが吉やろ。ほいでもドレッド社の株はだいぶ買ったで。もうちょっと安なって、使いやすくなったら世界中の研究所が買うやろ。

 「ドレッド社は買わないの?」
 「科技研に研究させて及川に作らせたらエエやんか」
 「呼ぶつもり」
 「布石だけは打っといた。ドレッド社買うより安上がりやし、それ以上の金の卵を産んでくれるやろ」

 ハンティング博士はミステリーに魅かれるタイプやと見てるんよ。あれだけタネ蒔いといたら来ると思うんやけどな。