セレネリアン・ミステリー:スコープの威力

 トライマグニスコープの設置の指揮を執りながら責任者のリー将軍に挨拶です。

 「ようこそアメリカに。ハンティング博士」
 「こちらこそ地球を救った英雄にお会いできて光栄です」

 リー将軍にまず概略を聞かせてもらい、

 「博士は当面ですがトライマグニスコープの操作主任をお願いしたいと思います」
 「それは仕方がないと思いますが、いつまでも一人では」
 「わかっております。ここにいるシンディ君が助手になり操作方法を覚えて頂きます」
 「じゃあ、しばらくは教官も兼任ってことだね」

 設置と調製に一ヶ月で済んだのはラッキーでした。あの宇宙トラックは騒音こそ物凄いですが、大気圏内でもあれだけ安定して飛べるのに驚かされました。もっとも、あれだけ揺れずに飛ぶのには、かなりの燃料が必要みたいで、輸送費の総額は聞かぬが花のようです。


 シンディ君はスタンフォードで物理学の博士号まで取得している才媛。文句なしの美人とは言えないかもしれませんが、それを覆い隠して余りある快活な性格があります。それこそ、そこにいるだけで部屋が華やぐのがわかるぐらいです。ボクだって独身ですから、気にならないと言えばウソになります。

 スコープの仕事は手帳の解読が目的であったはずですが、あらゆるところに要請されています。もちろんご遺体も。スコープを使えば遺体の内部のあらゆる部分を立体ホログラムとして描写可能になりますが、さすがに全身をスキャンするのは手間と時間がかかりました。

 他にも機器の中の様子も映し出せます。映す出すだけでなく、細かい配線も分析可能です。これも次から次に持ちこまれて片っ端からやる羽目になってテンテコ舞い状態になりました。

 手間こそかかったものの、結果としてボクはセレナリアンの膨大な情報を手にすることが出来たのは収穫です。なんだかんだでセレナリアン自身はもちろん、装備品も全部スキャンしたんじゃないかと思います。

 そういう訳じゃないでしょうが、最初の目的のはずの本というか、手帳は最後の仕事になったのは皮肉に思えます。さて見たところかなり傷んでいて、あれを開くのは無理だと思います。

 「ねえ、レイ。それでも本なんて本当に開かずに読めるの」
 「出来なきゃ、宇宙トラックに同乗したりはしないよ」

 シンディ君も数多い操作に取り組んだお蔭で、スコープの使い方にはかなり習熟してくれています。だけど、今にも崩れ落ちそうな手帳には不安顔。

 「たぶん表紙にもなにか印刷してあったはずだけど、もうなんにも残ってないよ」
 「それは一度書いた痕跡さえあればなんとかなる」

 でもさすがに手強いものです。ぴったり重なったページを微細な操作で取り出して行くのですが、かなりの歪みがあり、一枚のページに再構成するだけで一苦労です。これを様々な手法で補正をかけるのですが、どの部分にどの補正をかけるかは手探り状態にならざるを得ませんでした。文字もそうで、これを読める状態にしないと話になりません。

 「もうちょっと右隅の方の補正がいるな」
 「真ん中あたりも少しボケてる気が」
 「そこはだな・・・」

 最初は一ページ取り出すだけで三日がかりの有様です。

 「レイ、これって文字よね」
 「それは間違いないが読めないな」

 仕上がったページは直ちに言語班に送られます。ページが進むと文字の感じが変わり、

 「これは手書きだろうか」
 「イタリックみたいなものじゃ」
 「今までの物が活字と仮定するとかなり感じが違うな」
 「手書きで良いと思うけど、綺麗なのかな、汚いのかな」

 シンディ君も慣れて来たみたいで、ページの取り出しも殆ど一人で出来るようになっています。そこで実戦練習もかねて、ここはシンディ君に任せて今までの情報を整理することにします。とにかくスコープのスキャンに追いまくられていたので考える時間が欲しかったのです。


 とくに身体研究班の主任であるダンリッチ教授の言葉が謎めいています。この研究所に赴任した頃に調査研究の進捗状況を聞いたのですが、

 「答えは出てるとして良いか、それは答えと言えない。まだ答えに行きつくまでの過程に過ぎない」
 「どういう意味ですか」
 「君でもトライマグニスコープの検査結果を見ればわかるはずだ」

 それ以上は教えてくれませんでしたが、調査を進めているうちにダンリッチ教授が何を言いたかったか思い知らされることになります。この辺はシンディ君の方が率直で、

 「ねえロジャー。これって異星人じゃなくて地球人類じゃないの」
 「ボクも医学や生物学となると門外漢だが、非常によく似ているのは間違いない」

 似てるなんてものじゃなくて、どう見ても人類そのもの。一方で装備の方は、

 「地球で作られたものでないのだけは確かね」
 「そうだな。外形的に類似している部分もあるが、技術の発展体系の根本が違うとして良さそうだ。もっとも五万年前に作れるはずもないが」
 「超古代文明説はどう思う」

 研究所内ではダンリッチ教授のグループが、

 『セレナリアン = 地球人』

 この説に傾いている噂を受けて様々な仮説が立てられています。その中の一つが超古代文明説です。

 「あれはないよ。宇宙に行けるこれだけの装備を作るとなると、人口もそうだが相当な規模の産業が広範囲に成立していないと無理だ。少なくとも今の地球並の超古代文明が必要になるが、そんなものカケラも見つかっていないもの」

 ですが超古代文明を否定すること自体が謎を深めてるとして良いかもしれません。地球人が月に行けなかったとしたら、異星人が月に連れて行く必要が生じるのですが、

 「おそらくだが、あの宇宙服はセレネリアンの体型に合わせて作られたはずだ」
 「でも特注ではなくてS・M・Lぐらいで」
 「それは可能性としてありえるが、そうであれば異星人の体型もほぼ同じになるじゃないか」

 わざわざセレネリアンの体型に合わせた宇宙服を作ったと考えるのは無理があり過ぎます。

 「さらにだよ、生命維持装置まで手が回らないと考える」

 生命維持装置は当たり前ですが、異星人に合わせて作られているはず。そうなるとセレナリアンは異星人の生命維持装置で生きていたことになり、引いては異星人の母星も地球の大気成分に近いことになります。

 「レイ、逆に考えたらどうかしら。地球の環境に近いから地球人類に似たヒューマノイドになったとか」
 「それは神の御業だよ」

 地球と類似の環境であればヒューマノイド型の生物が発生する可能性はあるかもしれません。だが進化の形態がまったく同じになる可能性は限りなくゼロに近いのです。進化の分岐の発生、その種としての繁栄はそれほど微妙なところがあります。

 地球人類は地球でしか生まれていないとするのが妥当です。類似することはあり得ても、まったく同じはあり得ないと考えるしかありません。それは前提の事実としてあるにはありますが、それならどうしてセレネリアンが宇宙服を着こんで月で死んでいるかの理由の説明がまったくつかなくなります。

 そうダンリッチ教授が苦慮しているのもその点です。すべての検査データはセレナリアンが地球人であることを指し示していますが、このこと自体がミステリー。その点の合理的な説明が求められているとして良いでしょう。

 「言語班の方も苦戦しているようですね」
 「手帳のデータは増えてけど、未知の言語だから簡単じゃないよ」

 でもこの謎を解くカギがあるとしたら、あの手帳しかありません。

 「レイ、読めたらたとえば何がわかる?」
 「とりあえず名前と生年月日かな」
 「住所と電話番号もわかるかも」
 「そうしたら、遺族に連絡してやらないとな」

 あれは何かですが、ボクの見るところ、ある種の身分証明書の可能性が高いと見ています。セレナリアンの母星が地球文明とある程度似ていると仮定してですが、有人宇宙探査は軍人が担当することが多いはずです。とくにリスクが高いところはそうなります。

 軍人であれば身分証明書を持っていますが、これが手帳と一体化している国も地球にはあります。米軍とかはⅠDカードになっていますが、軍人手帳となっているところも少なくありません。宇宙飛行士に手書きの手帳の取り合わせも妙かもしれませんが、その辺は文化の違いがあると考えています。

 もちろん軍人手帳でなくと、なんらかの手帳であるのだけはわかります。それもセレナリアンが何事かを書き記していたことだけはわかります。文字こそわかりませんが、組み合わせからして日記というか日報に近い感触だけはあるのです。

 読めればセレナリアンがどうして月にいたかの理由はわかる可能性がありますが、読むのは難しいだろうな。せめてあれがすべて活字であればまだしもですが、どう見ても手書きに思える部分は手強すぎる気がします。

 「レイ、暗号解読の専門家なら読めるのじゃない」
 「難しいと思うよ。暗号の解読と言っても、解読された文章は既知の言語だろ。あれは文字もそうだけど、文法も不明だし、なにより文化が違うし」
 「でも思わない。体も似てるけど、あの装備もなんとなく地球のものの感じがしない。手帳を持っているところもそうだもの。文化も近そうな感じがする」

 シンディ君が言いたいこともわからないでもありません。

 「セレナリアン・ミステリーね」
 「ああ、ある種の密室殺人事件かもしれない」