セレネリアン・ミステリー:中間報告

 リー将軍が科学者たちを集めて、

 「諸君、これまでご苦労様であった。大統領も君らの成果に満足されている。そこで研究方針に変更を加えることになった。これまで極秘任務であるために、この基地に軟禁状態とさせて頂いたが、この体制をいつまでも続けるわけにはいかないからだ」

 どよめきが会場に。ボクは独り者だから良いようなものですが、家族持ちには辛かったと思います。もっともボクだってパブで一杯飲みたくてしようがありません。具体的にはエドワーズ空軍基地から研究拠点を班ごとに移転した上で、機密指定を解除するようですが、

 「時期は」
 「これから移転を進めるとともに、中間報告を一か月後に行い、研究をかなりオープンにする予定だ。諸君には中間報告のとりまとめにご協力頂きたい」

 ここともオサラバか。ここの風景も見飽きて来たからちょうど良いかもしれません。ただロンドンに帰ってあの陰鬱な空とお付き合いするのも気が向かない気がします。さて、どうしたものか。翌日にリー将軍の部屋に呼ばれ、

 「ここの研究班は大きく分けて三つだ。装備班は少し遅れるが、身体班、言語班は早々に移転する予定だ」

 ダンリッチ教授がセレナリアンの移転準備に追われているのを知っています。そう言えばボクはどの班に所属しているのだろう。手帳の解読が目的だったから言語班かもしれないが、物理学者に言語班もおかしいよな。

 順当なら装備班です。あのブラックボックスの解明には興味はありますが、現状からして、あの研究はかなり時間がかかります。それにあれは地球の物より優れているとはいえ五万年前のものです。どうせ取り組むのならエランの物の方が嬉しいところですが、

 「博士にもお世話になったが、博士はどの班にも属していない。あえていうならスコープ班になる」

 そうなりゃ用無しってことか。ドレッド社の出向だから仕方がないかもしれません。用事が終われば帰るだけなのも物足りませんが、

 「スコープもそのうち移転させる予定だが、今回のプロジェクトでの使用はもうないと見ておる」
 「だったらお払い箱ですか」
 「それが希望なら了承する」

 うん、その含みはなんだろ。

 「博士は専門バカを良しとされていないとお見受けしている」
 「褒め言葉と受け取らせて頂きます」
 「このプロジェクトの最大の謎に取り組まれる気はございませんか」

 最大の謎、それはセレナリアンそのもの。たしかに興味をそそるものですが、

 「畑違いなのは承知していますが、フォート・デメリックに一緒に行かれるのはどうですか」
 「身体班ですか」

 リー将軍の構想はダンリッチ教授のチームは引き続き身体の研究に当たりますが、これとは別にセレナリアンの謎を追及する専属班を作りたいとのことでした。

 「組織図上では従来の身体班、装備班、言語班の上に立ち、それらの情報を総合した上でセレナリアンの謎を追って頂くことになります」

 おもしろそうだが具体的には、

 「組織上では上部ですが、あまり明確にやると反発もあると考えています。そこで三班の情報総合部署的な性格にし、名称はアサインメントSとする予定です」
 「乗った。ところでフォート・デメリックにはパブはあるかな」
 「ご案内させて頂きます」

 ボクがアサインメントSを担当する人事が発表されましたが、おおむね好評でした。監禁状態は解放されますが研究場所も分散するため、これをまとめる部署が必要であることは誰しも認めたぐらいで良さそうです。

 その日から中間報告に向けての意見のとりまとめが始まりましたが、これも当然のようにボクの仕事になりました。ここまでの研究成果はシンプルと言えばシンプルで、

 ・身体班・・・データとしてセレナリアンは地球人類と種を同じくする
 ・装備班・・・地球の技術体系に属さず、なおかつ現在の地球でも製造不可能
 ・言語班・・・地球上の言葉ではない。ただし現状は解読不可能

 装備班と言語班の成果は言い様によっては無難。そりゃ、五万年前だから人類が月に行けるはずがありませんから異星人のものでしょうし、異星となると太陽系外からの訪問者ですから現在の地球より文明が進んでいるのも当たり前です。言語班も読めないのもこれまた当たり前になります。

 問題は身体班の研究結果です。ダンリッチ教授は解剖学的な特徴はもちろんのこと、生理学的検査から体内時計の推測までやってのけていました。

 「一日はおおよそ二十四時間プラスマイナス三時間、一年は三百六十日プラスアルファ三十日」

 これも地球人類と矛盾しません。他もいかなる研究者の質問にもすべて再検証付きのデータで答えてしまい、現時点では、

 『セレナリアン = 地球人類』

 これに疑義をはさむのが困難になっています。中間報告を行うに当たって最大の難題もここで、これを素直に発表してしまうかどうかになりました。様々な意見が出たのですが最後にリー将軍が、

 「私がこのプロジェクトの責任者です。包み隠さず発表するものとします」

 ボクも賛成でした。公表しないと先に進まない予感がしていたのです。それでも、仮説でもなんとかならないかと頑張ってみましたが、

 「セレナリアンが地球人類であるなら、自力では月に向かえません。であれば、異星人がサンプルとして連れ去ったとするのが妥当ではないでしょうか?」

 セレナリアンの謎の一つは、地球人類であるとすればどういう方法で月まで到着したかです。自力では無理とすると誰かになり、誰かとなると異星人しかいなくなります。サンプル捕獲説は他に考えようがないぐらいシンプルでありますし、そう考えたいところですが、

 「セレナリアンをサンプル捕獲するには地球着陸が必要です。そして離陸しますが、なぜ月に立ち寄る必要があるのでしょうか」

 太陽系に異星の探査船が訪れて地球に関心を持つのはわかりますし、可能であれば着陸して探査するのもわかります。ただそれであれば月に立ち寄らなければならない理由が無いとしています。

 「百歩譲って月探査とセットであったとしても、月が先で地球が後のはずです。地球上でサンプル捕獲に成功すれば寄り道せずに母星を目指すのが自然です」

 そう、地球に降りない限りセレナリアンをサンプルに出来ないし、そうでないと月にセレナリアンを置き去りにも出来ません。ここで宇宙船故障説も出ましたが、

 「五万年前の人類に宇宙服を着用させるのは困難を伴うとしか思えません」

 嫌がって大暴れするのは間違いないでしょうし、たとえ鎮静剤を用いても切れたらやはり大騒ぎするとしか思えないの意見には有効な反論が出ません。

 「まさか五万年前の地球人類が宇宙服を着こんで宇宙船から逃亡したとするのも無理があり過ぎる」

 セレナリアンを月まで運んだはずの宇宙船に付いても行方不明です。もし着陸していたら洞窟の入口の近辺にその痕跡が残されているはずですが、どうやら小隕石の衝突があったようで、その痕跡は見つかっていません。

 良く調べればあったかもしれませんが、その後も前進基地の建設、さらに多数の宇宙トラックの着陸により調査は不可能となっています。再び飛び立てのか、どうかさえ不明です。もっとも、痕跡の少なさ、残骸が見つからない点から再び飛び立ったの見方が有力ですが、

 「ならば置き去りにする理由が見当たらない」

 貴重なサンプルですから死体になっても持って帰るはずだの意見も有力です。甲論乙駁の末にボクの出した結論は、

 「各論併記にせざるを得ない」

 要するに現時点では不明と言うことになります。様々な仮説もどれも決定打どころか矛盾と欠点を抱えまくっています。中間報告はそれで良いとして、必ずこの矛盾する事実を説明する何かがあるはずです。そのためには欠けているピースがあるはずで、それをどうやって見つけ出すかになります。

 「レイ、なにか考えがあるの」
 「今のところはないね」
 「シャーロック・ホームズならわかるかもよ」
 「エリキュール・ポアロでもね」