総務部長の仕事もだいぶ馴染んで来ました。名部長というか名物部長のコトリ専務の後任ですから、どうしたって比較されるのですが、総務部の雰囲気はだいぶ変わっています。コトリ専務時代はとにかく微笑みの総務部だったのですが、ミサキが部長になってからは静かなる総務部と呼ばれるようになっています。
静かといっても『シ〜ン』って感じではなく、誰もが穏やかな気持ちで仕事しているぐらいです。これはミサキの女神の本質である癒しの女神の力の影響のようで、イライラとかが部内で起りようのない状態になっているぐらいに解釈しています。
それでもって今夜は歴女の会。ホントにマルコに感謝していますが、出席させてもらいました。歴女の会も年を追うごとに盛況となっています。本当の歴女も集まっていますが、それよりコトリ専務、シノブ常務へのコネクション作りの人も多いようです。そのために自然にクレイエール女性社員の一大グループみたいな様相にもなっています。歴女の会も終り帰りかけたのですが、どうしても今夜はもう一杯飲みたい気分です。マルコに連絡すると、
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「ミサ〜キが飲みたいのなら、朝まででも良いよ」
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「カランカラン」
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「あれ、ミサキちゃん、今夜は飲み足りなかったの」
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「ホント、出世するってロクなことあらへんよ。コトリは専務になるより男が欲しい」
純愛路線なら、そのじれったさに男が我慢できるかどうかがあります。そりゃ、山本先生の時なんて、恋人関係になって、プロポーズも受け入れ、婚前旅行になって『やっと』なんです。それだけ我慢できたというか、そこまで付き合えた山本先生はある意味エライかもしれません。
色情狂路線になると、そりゃ、あのコトリ専務の素晴らしい体を堪能できるかもしれませんが、命を削る覚悟が必要です。偽カエサル戦の詳細について、コトリ専務は口を濁して教えてくれませんが、なんとなく決戦に挑む前に偽カエサルの体力が消耗していたんじゃないかと思ったりしています。
例の一週間連泊による『絞り尽くし』作戦は・・・あっ、有休取って一週間休んでた。まさか本当にやったとか。コトリ専務がガチになって絞り尽くした後に決戦となったら、偽カエサルの体力的不利は明らかだからです。本来は女だって消耗するはずですが、コトリ専務はそれこそ、好きな男なら、やればやるほど燃えて来るって仰ってました。
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「そうだミサキちゃん、ローマ教皇が日本に来てるの知ってる」
「ニュースで見ました。昨日は皇居で天皇陛下と会見してました」
「教皇は神戸にも来るのよ」
「あれっ、そうなんですか。たしか東京の次は京都で宗教サミットみたいなのをやって、その次に広島で平和ミサって予定って聞いてますが」
「広島に行く前にわざわざ神戸に立ち寄るのよ」
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「えらい無理して神戸に立ち寄るんですね。阪神大震災の慰霊とかですか」
「そうじゃないみたい」
「市役所とか、県庁への表敬訪問とか」
「そうでもないみたい。非公式どころか隠密行動に近いみたいで、公式のスケジュールには出て来ないぐらいかな」
「神戸のどこを訪問されるのですか」
「クレイエールよ。総務部は接待の準備に忙しくなると思うから、教えとくわ。準備しといて」
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「ところで教皇は、どうしてクレイエールなんて訪問されるのですか」
「今の教皇はクレメンス十五世って名前だけど、本名はサルバトール・ヴェンツェンチオーニっていうのよ」
「その人って、ローマで会った枢機卿・・・」
「そうよ、お久しぶりってところ。だから会って話をするのは社長でも、副社長でもなくてコトリと、シノブちゃんと、ミサキちゃんになる。服装も考えといてね。まあ、仕事中だからいつものスーツでイイと思うけど、新調ぐらいしといてもイイかもしれない」
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「なんの用事でしょうか」
「それは知らされてないわ。それでも、ローマの夜が懐かしいから、わざわざ立ち寄るとは思えないのよね。ポイントはコトリたちを呼び出すのではなくて、クレイエールまで来るところにあるのよ」
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「そうなると・・・」
「そういうこと。そこまでして会いに来ると言うのは、なにか頼みごとあるってこと。用事を頼む方だから、クレイエールまで足を運ぶ姿勢を取ってるの」
「教皇がそこまで礼を尽くして用事を頼むとなると・・・」
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「ワクワクするじゃない。半端な頼みごとであるはずないもの。なんていうか心臓がギュッと締め付けられるスリルとサスペンスがきっと待ってるよ。知恵の女神の全力を傾けられる仕事なんて、そうそうはないからね」
あれだけ緊張しないのは、やはり五千年の経験の賜物だと思います。そうは思うのですが、コトリ専務の場合は緊張しないレベルを、遠の昔に通り過ぎてしまっているように感じてなりません。なんというか、緊張するような事態が来るのを待ち望んでいる気がしてならないのです。
ユッキーさんとの対決レベルならともかく、それ未満のレベルでは、わざと危険な状況に身を置くのを楽しんでいるとしか思えないところがあります。瀕死の重傷を負った、対魔王戦でさえ、出会った途端に何の準備もせずに舞子の決闘に至っています。あの時の話をいくら思い出しても、あの日にあえて決闘する合理的な理由が思い浮かばないからです。
対偽カエサル戦の時も不思議なところがあります。本当にコトリ専務はカエサルと信じていたのでしょうか。実は偽カエサルと見抜いた上で、あえて危険な逢瀬に身を委ねていた気が今となってはします。そうすることで、よりスリリングな状況になっていくのを楽しんでいたぐらいです。コトリ専務の言う、
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『心臓がギュッと締め付けられるスリルとサスペンス』