マリちゃんと家でダベってます。
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「ミサキちゃん聞いて聞いて、マリもやっと主任になれたのよ」
「見た見た」
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「香坂副本部長、お褒めの言葉、ありがとうございます。これからも精進に努め、我が社の発展に尽くす所存でございます」
「やだぁ、マリちゃん」
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「やっとスーツ姿になれるの」
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「これで、安心して外に食べに行ける」
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『昼休みに社外で食事をとる時には私服に着替えること』
それと制服の女性社員がすべて服装規定に違反している訳ではないというのもあります。あまりにも例外過ぎるのですが、たとえばシノブ常務。常務ですよ、常務になっても頑としてあの制服姿を変えられません。そんなシノブ常務が制服で外食されても服装規定違反に問われません。
この辺がややこしい規定なんですが、ヒラへの制服は支給になっています。これが肩書付きになると女性社員だけなのですが、制服支給が無くなる代わりに衣服手当が出ます。おおよそ制服代相当なんですが、これで制服を買えば私服扱いになります。ここは単純に肩書付きであれば、制服で外食してもOKになるぐらいで解釈してもらって良いと思います。
ですから、制服で外食している女性職員を咎めようとしても、制服だけでは判断できず、ヒラかそうでないかの確認まで必要になります。そうなると名札を確認したいところですが、うちの会社の名札は首からぶら下げるタイプと、胸に付けるタイプがあります。制服職員は首からぶら下げるタイプなのですが、食事中は外しても良い事になっています。あれがブラブラすると食べにくいし、食事に触れて汚れることがあるからだそうです。
そのために、わざわざ本人に肩書の有無を聞かないと咎めることが出来ないことになります。同じ部署の社員なら顔だけでわかりますが、他部署となると知らない人もいます。もっとも、同じ部署の社員でもわざわざ服装規定で咎め立てると、後で女性職員一同から、
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『この、いけ好かない奴』
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「ミサキちゃん、思うんだけど、制服外食禁止規定なんて廃止にしたら良いと思うんだけど」
「そうよねぇ」
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「その護持派って、やっぱり男性幹部?」
「男性もいるけど、一番強硬なのは女性のようよ」
「やっぱり女の敵は女ね」
「まったく」
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「今年もやらかしたのいた?」
「いたわよ、給食部の永野課長補佐」
「どれぐらい」
「かなりだった」
「見たんでしょ、教えてよ」
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「でも海外事業部の山田課長の一件から、異動したらまず小島常務と結崎本部長に、真っ先に挨拶に行くことになってるんじゃないの」
「どうも給食部はそうじゃなかったみたい」
「あそこはちょっと変わってるものね」
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「ミサキも給食部の人って言われても、食堂の人は知ってるけど、他は知らないもの」
「マリもそう」
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札幌支社課長補佐 → 本社課長補佐 → 札幌支社課長代理ないし課長
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「それでね、永野課長補佐なんだけどカチカチの護持派なの」
「へぇ、やっぱり女の敵は女ね」
「後で聞いたんだけど、札幌支社の風紀委員ってあだ名があったぐらいだそうよ」
「だから、やらかしたんだ」
「そうみたい」
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「ミサキちゃん、それって最悪のシチュエーションじゃない」
「永野課長補佐も運が悪かったと思うよ」
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「店に入るなり、ミサキたちのテーブルに来たのよね」
「やっぱり、護持派の風紀委員なら来るわよね」
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『そこのあなた。部署と名前を』
『経営戦略本部の結崎忍です』
『後の二人も』
『ジュエリー事業部の小島知江です』
『総務部の香坂岬です』
『社内規則を知ってるわね。同席していたあなた方も共犯です。社に帰ったら報告させてもらいます』
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『おもしろそうやん。シノブちゃんゴッコやろう』
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「ミサキはともかく、小島常務と結崎本部長なら名前だけでわかると思ったのよ」
「そうだよね。えっ、えっ、まさか気づかなかったの」
「そうなの」
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『なにを悠長に食べてるの、トットと帰りなさい』
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「マリちゃんね、小島専務は小さいことにあんまりこだわらないように見えるかもしれないけど、食い物の恨みだけは怖いのよ」
「そうなんだ。でも、どれぐらい怖いの」
「マリちゃんにも怖くて話せないぐらい」
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「で、どうなったの」
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「小島専務に電話で報告するかなぁ」
「そうじゃないよ、永野課長補佐が連絡しようとしたのはせいぜい部長以下だよ」
「じゃあ、小島専務は」
「課長に化けてた」
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『経営戦略本部で外食時の服装規定を守らない者がいます』
『そういう者は経営戦略本部にはおりません』
『そう言われますが、私は見ましたし、部署と名前も記録しています』
『あははは、白昼夢でも見られたのではないでしょうか。だいじょうぶですか?』
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『うちうちで穏便に済ましてもらうつもりでしたが、そうはいかないようですね。最悪、あなたのところの管理責任が問われますよ』
『どうぞ、どうぞお好きなように。どこの世界に白昼夢の管理責任など存在するものですか。あははは、春になると変なのが湧いてきて困ります』
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「ありゃ、小島専務。思いっきり焚きつけたんだ」
「でもね、マリちゃん。永野課長補佐は給食部長かせめて給食課長ぐらいにまず相談すると思ったのよ」
「それが筋じゃない」
「いくらタコツボ部でも本社の人間なら小島専務や結崎常務を知っているから、そこで話が終わると思ってたのよ」
「たしかに」
「でも、永野課長補佐はいきなり規律委員長に直訴しちゃったの」
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「規律委員長って高野副社長じゃない」
「そうなの。かなり面食らったみたいよ」
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『今日は規律委員会の高野委員長に申し立てに参りました』
『それは正式の申し立てかね』
『もちろんです。こちらが申立書です』
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『書式に申し分はない。規律委員会としては、正式の申立書が提出されれば、これを受理しないといけない決まりになっておるが、誰かにもう一度相談する気はないかね』
『ありません』
『これはあくまでも個人的なアドバイスだが、もう一度、誰かに相談してから提出した方が良い気がするのだが』
『書式に誤りはないはずです。これ以上、専務が受理を拒まれるなら、その件についても申し立てをさせて頂きます』
『そこまで言うなら受理するが。本当に結崎忍、小島知江、香坂岬の外食時の服装規定違反に対する申し立てでイイのだね。最後にもう一度だけ聞いておくが、規律委員長としての高野ではなく、副社長の高野に個人的に相談してみる気はないかね』
『ありません、受理宜しくお願いします』
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「高野副社長もズバッと言ってあげれば良かったのに」
「そうなんだけど規律委員会の規則があるみたいなの」
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「じゃあ、高野副社長は温情で誰かに相談し直すように、三度も念を押したってこと」
「そうみたいだけど、聞く耳持たずで、永野課長補佐は正式に受理させちゃったのよ」
「じゃあ、処分も正式に規律委員会から出たの」
「そうなっちゃったの」
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「そこでね、小島専務の昼食を頭ごなしに怒鳴りつけて中断させたのが、わかっちゃったみたいなの」
「そこ気になってたんだ。それってクレイエール本社での最大のタブーになるよね」
「そうなの。高野副社長はもちろんだけど、規律委員全員の顔がこれ以上はないぐらい険しくなったそうよ」
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「高野副社長は優しいね」
「そうでもないみたい。規律委員会は服務規程の違反に対する処分を決めるところで、不文律の処罰を決めるところでないってところの扱いにしたみたい」
「あっ、そっか、そっか、じゃあ」
「そういうこと。規律委員会の処分は非正式の注意だったけど、その代り『給食部長、覚悟しとけ』みたいな感じだったみたいよ」
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「で、永野課長補佐はどうなったの」
「給食部長から、これでもかってぐらい油を搾り尽くされたみたいよ」
「ほんじゃあ、衝立部屋送り」
「小島専務が手を回していたみたいで、そこまでにはならなかったみたいだけど、札幌に帰るのは早くなりそう」
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「それでね、昼休みの服装規定問題だけど、やっと廃止になるみたい」
「ホント、そりゃ良かった」
「それがね、護持派の総本山が給食部だったみたいなの」
「やっぱり。社員食堂の利用率を上げるためってぐらい」
「そういうことみたい。小島専務はそこまで計算してたと思う」
「ほんじゃあ、永野課長補佐もある意味、服装規定改革の功労者ってことになるわね」
「思いっきり皮肉を利かせているのが小島専務らしいと思ってる。部下が致命的に近い大失態を犯した直後に小島専務に廃止を提案されたら、ロクロク反論できないものね」