ミサキがクレイエールに入社してから十二年目の春が巡ってきました。そう、ミサキも三十四歳になります。サラは小学校に入学し、ケイも保育園の年長組です。大きくなったものです。二人とも元気に育ってくれて何よりで、とくにケイはマルコに似たのか手先が器用です。マルコに、
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「ケイもエレギオンの金銀細工師になれるかなぁ?」
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「あの道は厳しいからな」
そうそうシノブ常務も三十九歳になられます。他人のことは言えませんが、シノブ常務もお変わりありません。さすがに二十代前半とは言えなくなりましたが、せいぜい半ばぐらいです。これまた頑として変わられない制服姿がとってもお似合いで、相変わらず珍騒動を起こされています。
コトリ専務は四十九歳になられます。コトリ専務は本当に変わられません。信じられないですが二十代半ば過ぎのままです。コトリ専務の回りだけ時が過ぎ去らない錯覚さえ抱きます。とにかく専務ですし、実績手腕とも文句の付けようのない活躍を続けております。最近の成功はクレイエール・ブランドから独立させた超高級ブランドのクール・ド・キュヴェを軌道に乗せた事です。
この成功により社内では次期社長に小島専務を推す声が高くなっています。高野副社長に取り立てて失点はないのですが、副社長就任以来これといった業績を上げられていないのと、綾瀬社長との歳の差が近いというのがあります。次の時代が小島専務なら安泰ぐらいの空気でしょうか。これについてコトリ専務は、
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「社長はヤダ。専務だってイヤなのに社長は論外よ。次は高野副社長で変わるはずないやん。コトリが社長になることは天地がひっくり返ってもないわよ」
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『男が欲しい』
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「コトリ専務、イイ男は見つかりましたか」
「さすがにアラ・フィフやから、手遅れになってもた」
「歳なんて関係ないじゃありませんか」
「うんにゃ、そろそろ賞味期限切れやわ」
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「ミサキちゃん、これはコトリの予言やけど、高野副社長の後はシノブちゃん、その後はミサキちゃんよ」
「あれ? コトリ専務は?」
「だから賞味期限切れ」
「それは男であって仕事じゃないと思いますが」
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「ミサキちゃん、それでも困ったことがあったら、このノートを見てね。出来るだけまとめといたから」
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「デジタルにしても良かったんやけど、手書きも味あるで」
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「ありがとうございます。でも、それでもの時はご相談させてもらって、よろしいでしょうか」
「相談できる間はね・・・」
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「いやぁ、アラ・フィフなっちゃうと、いつ死ぬかわかんないもの。見た目は若いけど、人としての寿命は別だからね。あははは、心配し過ぎるところが賞味期限切れの証拠よ」
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「夏バテ、夏バテ、コトリは昔から夏に弱いのよ」
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「小島君、顔色悪いぞ。今日の会議は良いから病院に行きたまえ。これは業務命令と思って欲しい」
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「たいしたことはありません。ちょっと疲れが・・・」
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「ミサキちゃんにはバレちゃったねぇ」
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「コトリ先輩の具合はどうなの」
「それが・・・」
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「ミサキちゃんなら、なんとか出来るよね」
「悔しいですが、あれはミサキではどうしようもありません」
「そんなに悪いの」
「悪いなんてものじゃありません」
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「ミサキちゃんでもダメなんだ。これはその時が来たってこと?」
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「思えば、すべてそのために動かれていたような」
「コトリ先輩らしいけど、とにかく今は待とう」