病院に搬送されたコトリ専務は入院となりましたが、面会に訪れても、
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『面会謝絶』
病院を退院した翌日にコトリ専務は会社に姿を現したそうです。ミサキは見れませんでしたが、噂では一直線に社長室に向かい、そして帰って行ったそうです。その姿は声をかけるのも憚られる様子であったとされます。コトリ専務が会社に来られた日の夜に例の料亭へ社長からの呼び出しがありました。挨拶もそこそこに、
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「小島君が今日来て、これを置いて行った」
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「社長、まさか受け取ったのですか」
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「退職は社員に許された自由だ」
「では、社長やはり・・・」
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「結崎君、この綾瀬を見損なってもらっては困る」
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「たとえ小島君が希望しても、この綾瀬が絶対に許さん。たとえ法に訴えられても許さん」
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「失礼しました」
「わかってくれたか。小島君は病気療養のための休職願を出し、これを社長の綾瀬が受け取ったことにして欲しい。事務処理は香坂君、任せたぞ」
「かしこまりました。しかし、なにがあったのですか」
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『私はクレイエールの仕事に飽きました。五十歳にもなるので新しいチャレンジをしてみたいと思います。長い間お世話になりました』
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「君たち、とくに結崎君、香坂君は知っておるのだな」
「何をですか?」
「あの最終報告書以上の事を」
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「・・・私は最初にカフスを左手に握っておった。ところがこれが突然右手に移ったのだ。それだけでも信じられなかったが、手を開く瞬間に再び左手に移ったのだ。あれはどう考えても、最初が占い師によるもの、次が小島君の力によるものしか考えられん」
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「最後に占い師に同じことをやった。占い師が後ろで手を組んでる間に右手にカフスを握ると小島君は予言したんだ。占い師は手を前に出したが、すぐに顔色が真っ青になった。そして右手でカフスを小島君に投げつけたんだ」
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「社長、見られたままで宜しいかと」
「小島君もそう言ったが、どういうことだ、小島君は何者なのだ。これは天城教授から聞いた話だが、小島君は間違いなくエレギオン王国を知っていると。それも実際に現場にいて見知っているとしか考えられないと」
「それも聞いたままで宜しいかと」
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「結崎君、そして香坂君、もちろん小島君も含めて君らが天使であるのは知っている。その証拠に仕事に対する能力は常人の領域を越えているし、一向に歳も取らない。これだけでも驚くべきことだが、それだけでないと思っとる」
「小島専務はルチアの天使ですが私はそうではありません」
「私もです」
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「もうそのレベルの話はやめよう。私は知りたいのだ」
「何をですか」
「天城教授はエレギオンの地で小島専務がこう宣言したのを聞いている、
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『次座の女神、
ここに来たりてこれを許す
ゆめ、怖るるべからず
そちらに祟りなし
ただ恵みのみ与えられん』
小島専務は自分のことを次座の女神であると言っておるのだ」
「それで」
「さらにエレギオンは女神による神政政治であり、その女神は何十代、何百代に渡って新たな人に宿り、その記憶を受け継ぐと」
「そこまで御存じであれば十分かと存じます」
「やっぱりか・・・」
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「香坂君はわかったのだね」
「なにをですか」
「小島君の状態だよ。あれはどう見ても良くない。しかし、病院に問い合わせても教えてくれないし、小島君は何も話さなかった」
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「小島君は治らないのかね」
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「長くはありません。よくもって三ヶ月かと」
「年内にもか・・・」
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「癒しの天使、いや癒しの女神である香坂君がそう言うのなら、医者よりよほど正確だろう」
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「結崎君。死期を悟った小島君は次の宿主に移るのだね」
「そうです」
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「小島君は我が社の専務だ。これは小島君が別の人に移り変わっても同じだ」
「社長、それは・・・」
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「高野君は別人だと言うのかね」
「いや、その・・・」
「佐竹君はどうなんだ」
「えっと、その・・・」
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「小島専務は今年中にも新しい宿主に変わられます。しかし、それが誰であるのかは私にも、香坂本部長にも見えません。それより何よりクレイエールに来てくれるかどうかもわかりません」
「来てくれないのか?」
「それはわかりません。来るかもしれませんし、来ないかもしれません」
「小島君はクレイエールが嫌いなのか」
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「社長。小島専務は五千年の記憶をお持ちです。五千年前の話を、まるで昨日の事のように覚えておられます。同時に生きることに倦まれておられます。これは社長が信じられなくともかまいませんが・・・」
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「そんな事があったのか。今ならわかる。どう足掻いても歯が立たなかったラ・ボーテの勢いが突然弱まり凋落が始まったのだ。すべてが一致する。小島君はクレイエールを救ってくれ、ついでに私も救ってくれてたのだ」
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「そんな事もあったのか。もちろん信じる、これを信じられないようならクレイエールの社長は失格だよ」
「小島専務にとって生きることは、長すぎる時間をひたすら耐えることになっています。私も、結崎常務も、社長、副社長も小島専務にとっては長すぎる時間の中の通りすがりに過ぎません」
「つまりはクレイエールをもう一度繰り返すのは退屈過ぎるってことか」
「そうなる可能性が十分にあります」
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「もし来るとしたら何年後だろう・・・」