女神伝説第4部:コトリ復活

 大司教歓迎式典の後に常務室で起った騒ぎの噂は、瞬く間にその日のうちに社内を走りました。それこそ寄ると触るとそればっかり。ジュエリー事業部に行っても、総務部に顔を出しても聞かれるのは、

    「小島専務が帰って来られたんですね」
 全然仕事になりません。翌朝はそれこそ早くから玄関に全社員が集結状態になりました。ミサキも他人のことを言えなくて、いつもより三十分ぐらい早く出社しましたが、その時点でも押すな押すな状態です。見回すと、
    『コトリ専務、復帰おめでとう』
    『祝! コトリ専務復活』
 そう書かれた横断幕や幟がそれこそ何十本。さらにいつのまに作ったのか無数の小旗。ミサキが苦笑したのはとりわけ大きい横断幕に、
    『コトリ専務、愛してる』
 これも今のコトリ専務は実年齢二十二歳ですからアリと思いました。案外、これを一番喜んだりして。そしてついにコトリ専務が姿を現しました。立花小鳥には違いないのですが、なぜか一目でコトリ専務とわかるのです。これはミサキだけでなく他の社員も同じで、コトリ専務の姿が見えた瞬間から社員は熱狂状態です。それに軽やかに手を振りながら玄関まで来た時に出迎えたのは綾瀬社長です。社長はコトリ専務の手をしっかり握りしめ、あれはもう絶叫で良いと思います。
    「私は社長として宣言する。専務はついにこのクレイエールに戻られた」
 それにこたえるような万雷のような拍手喝采です。その後に社長室にミサキもシノブ常務も呼ばれましたし、行ってみると高野副社長もおられました。
    「社長は小島知江が立花小鳥になったのを信じられるのですか?」
    「もちろんだ、それが信じられなくてクレイエールの社長なんてやってられるか」
 コトリ専務は、
    「でも人としての立花小鳥は単なる二十二歳の新入社員です」
    「小島君、いや今は立花君だよな。君には見えなかったのかね。私だけではなく全社員が君を専務だと認めておる」
 コトリ専務はニッコリ笑われて、
    「もう少しヒラ社員を楽しみたいのですが」
    「それは申し訳ないと思っておるが、これは正真正銘の心からの業務命令だ」
 ミサキはドキドキしています。とにかく気まぐれというか、人の意表に出るのが好きな人ですし、重役も好きでないのは何度も聞いたことがあります。でも、でもなんです。クレイエールでコトリ専務を部下で使いたい人間なんて誰もいません。ミサキももう堪忍です。お願いコトリ専務、受けて下さい・・・
    「謹んでお受けします」
 横でシノブ常務がガッツポーズをしています。ミサキもそうですし高野副社長だってそうです。社長は重ねて、
    「専務室はそのままにしてある。君のマンションもそのままにしてあるから、良ければ使ってくれたまえ」
 コトリ専務は一礼して専務室に向かわれました。ついに、ついに、コトリ専務が帰って来られたんだ。今日のこの瞬間の感動をミサキは一生忘れないと思います。今日ほど嬉しかったことは他に思い出せないぐらいです。また、あの日が帰ってくる。コトリ専務と過ごせるワクワク・ドキドキの日々が。コトリ専務さえいれば、もう何も怖くありません。


 もっともコトリ専務の専務復帰はともかく代表取締役就任はスンナリとは行きませんでした。まだ新入社員ですから社外取締役が難色を示したどころでなかったからです。そりゃ、そうで、小島専務が立花専務に入れ替わって復活したなんて話を信じる方がどうかしています。

 しかし一歩たりとも譲る気が無い社長は奥の手を使いました。会議にコトリ専務を呼んだのです。社外取締役も小島知江時代のコトリ専務を知っていましたから、姿を現した瞬間からポカン状態だったそうです。小島知江時代よりさらに若返ったとはいえ、どう見ても、どう聞いても小島知江にしか見えないのです。五時間にも及ぶマラソン会議の末に満場一致でコトリ専務の代表取締役就任が決定しています。これは社内でこそ、

    『時間がかかりすぎ』
 こう見られましたが、業界をそれこそ仰天させています。世襲会社ですら新卒のポッと出の息子を代表取締役専務にいきなり就任させることはないからです。コトリ専務は、
    「だから言ったじゃない、しばらくヒラでイイって」
 ただ他社の人もコトリ専務に会うとすぐに納得してくれました。どう見たって、小島専務その人であるからです。これはミサキも驚いたのですが服のサイズまで同じなのです。
    「あれっ? 買い直すともったいないから合わせといた」
 半年ぐらいすると衝撃の新入社員の代表取締役専務誕生は、
    『間違いなく立花専務と小島専務は同一人物である』
 これを疑う者がいなくなりました。ミサキに言わせればいなくなる方がおかしいのですが、そうなっちゃいました。これもコトリ専務に聞いてみたのですが、
    「あんまり聞かんといて。ちょっと細工もしてるから」
 絶対に『ちょっと』じゃないぐらいの細工をやっておられるはずですが、それでイイのです。しばらくは専務就任というか、専務復帰の挨拶回りにお忙しくて、なかなかゆっくりとお話する時間はありませんでした。でも颯爽と社内を歩かれる姿を見るたびに胸がジーンときています。シノブ常務なんて未だにコトリ専務の姿を見るだけで胸がいっぱいになるようで涙ぐんでいます
    「シノブちゃん、そろそろ立花小鳥に慣れてね」
 そうやってからかわれています。