女神の休日:ホールディングス

 話はミサキがクレイエールに入社して二十八年目、ちょうど五十歳になる年のことです。クレイエールは六年前の彗星騒動、三年前の宇宙船団騒ぎの時に飛躍的な発展を成し遂げています。

 二度に渡る騒ぎは日本だけでなく全世界規模の深刻な世情不安に陥り、世情不安からの経済の混乱による大不況が巻き起こりました。それもただの大不況の規模ではなく、終末期思想が蔓延し、世界中が投げ売り一色に染まったとしても過言ではありません。それに便乗しまくって活発に動いたのがクレイエールで、暴落した証券・債券・不動産を、

    『これでもか』

 で買いまくり、同時にどれだけ買いまくったかわからないぐらいの企業買収も行い巨大化しています。それだけの規模の買収には巨額どころでない資金調達が必要なのですが、

    『この世の終り』

 この気分はお堅いはずの金融機関でさえ浸りきっており、そこに付けこんだコトリ副社長の狡猾なペテン、もとい優れた機略によって、まさに途轍もない借り入れに成功しています。あの時の風潮として、

    『借りたいなら勝手にどうぞ』
 みたいな感じだったとコトリ副社長は漏らしていました。メイン・バンクはもとより、海外の聞いたこともないような銀行からもテンコモリあり、合計すると国家予算並みの規模になっています。

 借り入れは途轍もなかったのですが、騒ぎが収まり反動で景気が上がると、今度は天文学的な価値に膨れ上がり、それをテコにクレイエールは世界屈指どころか、世界でも三本の指に入るほどの巨大企業グループに急成長しています。

 それとこれは彗星騒ぎの前から準備されていましたが、経営形態の変更がなされました。いわゆるホールディングス(HD)への変更です。英語で言えば格好が良いですが、日本語で言えば持株会社で、ぶっちゃけのところ財閥スタイルに変更です。でもって中核になる親会社は、

    『エレギオンHD』

 これの設立に伴い四女神はエレギオンHDに移行。ミサキもクレイエール社員ではなくHD役員になっています。主要人事は、

    ユッキー代表取締役社長
    コトリ代表取締役副社長
    シノブ取締役専務
    ミサキ取締役常務

 役割分担的にはユッキー社長が最高経営責任者(CEO)であり最高法務責任者(CLO)も兼務されています。CLOには弁護士資格があった方が望ましいとされますが、ユッキー社長は、

    「そうね、じゃあ、取っとく」

 司法予備試験、司法試験を一発クリア。ただ司法修習生になる余裕などある訳もなく、クレイエールの法務も担当し、間もなく法務省から弁護士資格の認定を受ける予定です。あの狭き門をよく通ったものだと驚かされますが、

    「暗記科目は強いのよ」

 あれって暗記と言うのでしょうか。どうみたってページを猛烈に繰っているだけにしか見えないのですが、六法全書程度なら二日で丸暗記できるって仰ってました。この辺は木村由紀恵時代は医師にもなっておられますから、本当かもしれません。


 コトリ副社長は最高執行責任者(COO)であり、最高財務責任者(CFO)でもあるのですが、CFOには会計士資格が望ましいとされています。

    「コトリ、取って来て」
    「やだ、メンドクサイ」
    「ミサキちゃんには最高総務責任者(CAO)をやってもらうから、一緒に取って来て」
 ミサキも『ゲッ』の思いでしたが社長命令ですから、一緒に取りに行きました。ミサキは三年かかりましたが、コトリ副社長は一年で取得。コトリ副社長もやる気さえ出せば、さすがは知恵の女神です。

 コトリ副社長の財務手腕が強烈なのは彗星騒ぎや宇宙船団騒ぎでの巨額の資金調達もそうですし、買収交渉もあざといぐらい辣腕です。よくまあ、こんだけ買い叩けるものだと感心します。ミサキから見たら似合ってない気もするのですが、エレギオンHDの怖ろしい金庫番でもあり、打ち出の小槌でもあります。


 シノブ専務は最高情報責任者(CIO)です。これはクレイエール時代の情報戦略本部からのもので、エレギオンHDが出来た時に精鋭部隊を引き抜いて担当されています。クレイエール時代のものも大きかったのですが、HDになってからさらに大きくなり、冗談抜きで米CIAに匹敵すると噂されています。

 ミサキは常務で最高総務責任者(CAO)であり、取締役会では監査役にも就いています。さらにミサキには内々での特別任務があります。

    『女神懲罰官』
 クレイエール時代も、エレギオンHDになってからも、社長の権限は実質的に独裁者と言えるほど強力です。社長の意見には三座のミサキ、四座のシノブ専務でさえ意見を差し挟みにくいですから、人の重役では話にもならないところがあります。

 もちろん社長の経営手腕、経営感覚は卓越しており、傍目で見ていても怖いぐらいの信賞必罰でグループ社員からは、

    『氷の女帝』
 こう陰で呼んでいます。もっとも、面と向かって呼ぶほどの度胸があるのはコトリ副社長ぐらいでしょうか。そんな社長にはまったく違った一面があるのです。経営に関してはあれだけ冷徹なのに、コトリ副社長と組むと暴走されます。

 たとえば最近では少なくなりましたがお二人の喧嘩。これが一旦おこると、誰も止められなくなります。喧嘩と言っても女神の能力をフルに使った喧嘩ですから、自衛隊でも、アメリカ第七艦隊でも止めるのは無理です。二人がその気になればジェット戦闘機どころか、原子力空母でも投げつけあうことも出来ると噂されてるぐらいです。

 それ以外でも、まあ、こんな事を思いつくというか、やろうと思うというか、やってしまわれるのに毎度のことながら驚かされます。そんなお二人がやらかした事への懲罰の権限を与えられているのが女神懲罰官です。ミサキが女神懲罰官として下した裁定には、お二人は一切逆らってはならない事になっています。

 女神懲罰官の任務も最初は女神の喧嘩への懲罰だけだったのですが、次第に業務は拡大して、お二人のお目付け役に今やなっています。だから、

    「ミサキちゃん、○○しようと思うんだけど」
    「そんなもの、許されるわけないじゃありませんか」
 これが日常会話になっており、どうしてもそれをやりたいお二人がミサキをいかに説得、いや違います、いかに騙すかになっています。というか、それを楽しまれているようにしか感じません。ホンマに手がかかるったら、ありゃしません。

 お目付け役の延長業務で良いと思うのですが、実質的にお二人の秘書役にもなっています。通常の秘書もちゃんといるのですが、人の業務でなく、女神の業務級となるとミサキが駆り出されます。もっともミサキが女神の秘書として駆り出される時は、たいていはロクな目にあいません。あいませんが、人の秘書じゃ無理なのだけはよくわかります。


 さて経営形態なのですが、とにかくデカすぎるものなので、親会社であるエレギオンHDの下に子会社のHDがあるスタイルになっています。旧クレイエールも今やクレイエールHDになっています。こういう子会社HDの有力なのが十個ばかりあって、毎月第一木曜日に経営者会議が行われます。これは、

    『木曜会』
 こう呼ばれています。この会議に列席するというのはエレギオン・グループの中でも最高峰の地位になり、エレギオン・グループの社員なら『いつかあそこに』と目標にされる会議になります。

 一方で出席する経営者連中にとっては恐怖の会とされています。そりゃ、お二人の指摘の厳しいこと、厳しいこと。ちょっとでも誤魔化したり、飾ったりしようものなら、すべてが見抜かれて容赦なく叱責が下ります。

 逆に言えば、そこまで各HDの経営、さらにはHD傘下の企業の経営実態を把握されている事になります。どうやってるのかはミサキも見ているから知っていますが、それこそパソコンのディスプレイを猛烈な速度でスクロールされて分析されています。それも、一面じゃなく五面ぐらい同時に流しながらやられます。

 あれで何がわかるか不思議で仕方がないのですが、木曜会で出てくる数字が一桁まで出てきますから、確実に見ておられるのだけはわかります。これはユッキー社長がクレイエールの社長になった頃にたまたま耳に挟んだのですが、、

    『コトリ、こんな仕事じゃツマンナイ。ヒマだからもうちょっとやるよ』
    『ユッキーがやりたいならエエよ』

 そこからクレイエールの躍進が始まるのですが、それぐらい働いても、

    『やっぱり退屈ね』
    『これでも、今なら刺激的な方やで』
    『会社経営ってもっと面白いかと思ってた』
    『贅沢いうたらアカンで。平和やからエエやんか』
 お二人にとってはエレギオンHDの経営でさえ退屈で仕方がないようです。それとコトリ副社長が女神レベルの刺激的なことが好きなのは重々承知していますが、沈着冷静で優等生タイプのユッキー社長もコトリ副社長と同じぐらい、下手すればそれ以上に好きなのも思い知らされています。