リンドウ先輩:あの熱い夏の日

    「おはよう」
 私は加納志織、職業はフォトグラファー、幼馴染のカズ君の婚約者。プロポーズを受けた日からカズ君のマンションで同居中。
    「おはよう、シオ」
    「カズ君、何見てるの」
    「シオの写真部の時のアルバム」
 カズ君には『シオ』って呼んでもらってるの。カズ君の本名は山本和雄、勤務医してる。お互いに仕事が忙しくて、なかなか二人でユックリ出来ないことが多いんだけど。今日は久しぶりに休日が一緒。
    「これって、リンドウ先輩やん」
    「そう、天下無敵のリンドウ先輩」
 懐かしいなぁ。リンドウ先輩は私たちの一つ上ですが、高校で知らないものがいないぐらいの有名人です。
    「シオも行ってたもんな」
    「そりゃ、もう駆り出されたもの」
 写真は明石球場で、リンドウ先輩はミニスカートにボンボンを持っています。
    「この試合、覚えてる?」
    「もちろんよ、忘れられるもんじゃないもの」
 うちの高校の弱小野球部が決勝まで進んだ夢のような瞬間です。その立役者がリンドウ先輩になります。女が立役者っておかしいかもしれませんが、リンドウ先輩がいなければ絶対ありえなかったとみんな思っています。
    「こっちは水橋先輩やんか」
    「凄かった」
 決勝まで引っ張っていったスーパーエースの水橋先輩。この人がいなければ決勝なんて夢のまた夢でした。とにかく弱小野球部だったもので、決勝まで七試合で三十失策、三十安打ぐらいだったかな。それぐらいのザル守備、ド貧打のバックだったからです。
    「私も憧れてたんだ」
    「おっ、妬けるな」
    「今はカズ君がダントツよ」
 決勝の相手は優勝候補筆頭の強豪で、エースだけでなく三人ぐらいプロに進んだのがいました。試合開始前の整列で大人と子どもじゃないかぐらいの体格差があったのもよく覚えています。人数だって相手は二十人こっちは十二人でしたからね。
    「リンドウ先輩も素敵な人やったよね」
    「シオよりかもしれない」
    「私なんかじゃ、較べものにならないよ」
 とにかくあの頃のリンドウ先輩の人気は凄かった。
    「カズ君はどっちか入ってた?」
    「ボクは守る会の方やった」
 私も追っかけグループがいたけど、リンドウ先輩のは、そんなもんじゃなかったですから。
    「あんな人には二度と会えない気がするわ」
    「私も」
 私たちはあの熱い熱い夏の日々を思い出していました。母校を熱狂の渦に巻き込んだ栄光の記憶を。