スタンツは大成功だった。始まると『あの氷姫が』のハイテンションに誰もが驚き、つかみは完璧だった。後はひたすら乗るだけ、途中でカズ坊がアドリブを入れて来たから、ウチも入れ返してやった。そうしたらしばらくアドリブ合戦になって、ここが受けに受けた。とくに、
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「ユッキーと呼んで良いのはカズ坊だけ、カズ坊と呼んで良いのはユッキー様だけよ」
それと、とにかく受けた漫才だったので、ウチのキャラが変わったかと思って気楽に声をかけてくる男がいるの。その中には坂元までいた。とにかく芝居がかった野郎だから、
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「木村君、君に笑顔が出来るのなら、ボクに相応しい人だ」
七月には正統派の大事件が起きた。正統派っていうのも変だけど、あれはまさに正真正銘の正統派の大事件。部員が四人にまで減って、廃部まで噂されてた弱小野球部が奇跡の快進撃を見せたの。立役者は部員をかき集め、監督まで引っ張り込んだジェネラル・マネージャーのリンドウ先輩と、請負助っ人稼業のあの水橋先輩。準々決勝、準決勝、決勝とまさに学校は興奮の坩堝と化したの。
ウチですら明石球場に行った。いや、準決勝、決勝に行ってなかった者はいなかったんじゃないかと思う。その時に驚いたのは、リンドウ先輩は加納と小島を左右に従えてチア・リーダーやられていたけど、どう見たって加納や小島より輝いてた。
これはウチの目の錯覚じゃなかった。あの決勝以降、男子生徒はリンドウ先輩、女子生徒は水橋先輩の追っかけになり、加納や小島の追っかけがほとんどいなくなってしまった。これはウチも仕事が楽になったし、加納や小島も喜んでた。
七月は野球部の快進撃に学校中が浮かれていたが、八月になって一挙に深刻化したのは夏休みの宿題。これも去年に学んだことやけど、この学校の夏休みの宿題は解いて提出すればオシマイじゃなく、このレベルの宿題考査を行うの参考資料に過ぎないのよね。だから提出さえ不要。
その宿題だけど、去年と比べてもさらにハイ・レベル。いや超ハイ・レベルとして良い。こんなものを高二の宿題に良く出すわとウチでも思たぐらい。テルミとモモコは悲鳴を上げ、さらにサチコとクルミも加わって、図書館でまたもや家庭教師やってた。
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「委員長、ここまでせんとアカンの」
「そうだ。それぐらいレベルが高い」
「委員長は解けたの」
「もらった日に終った」
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「追試がイヤならガンバレ」
「ひぇぇぇ」
仲間と一緒だけど、言ったら悪いがあの面子じゃ、まず解けないと思うし、ましてや同じレベルの宿題考査となると追試のクリアさえ難しいかもしれない。ホンマ、この学校は何を考えてるのかと思うことが多すぎる。テルミたちはウチがなんとかするけど、このままじゃカズ坊が危ないじゃない。一緒に勉強してくれたら良いのだけど、なんとなく呼び入れにくい。
こういうものはあんまり数が増えすぎると効率が悪くなるの。今年のレベルを目指すのなら、無暗に増やせないのよ。カズ坊は飛びっきり大事だけど、テルミもサチコもクルミモモコも大事な大事なお友だち。そこでウチはノートを作ることにした。問題の解法のポイント、派生して覚えておくことのリスト、さらにやっておくべき問題集。これをビッチリ書き上げてカズ坊のところに、ここでウチはユッキー様になる。
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「そこの低能馬鹿のカズ坊。こんな便所虫でも解けるアホみたいな問題もわからへんのか」
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「ユッキー様、どうか哀れな便所虫に御恵みを」
「お前みたいな低能馬鹿になんで恵まにゃならんのだ」
「ではでは、哀れな子羊にどうか御恵みを」
「子羊なら丸焼きに決まってるやろ。あれは大好物じゃ」
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『ジェノサイド』
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「こんなんじゃ、うちの学校で生きて行けんぞ。それにしても、木村の頭はどんな作りになってるんだ」
カズ坊は頑張ってた。一発合格は出来なかったけど、五百点台を叩きだしていた。これだって今年にすれば優秀な方で、余裕で上位三割以上に入るのよ。あのノートを渡すのがもう少し早ければ一発合格も夢じゃなかったのにと後悔してる。追々試で合格したけど、追々試時点でも全体の四割ぐらいしかクリアしてなかったからね。
その頃だったけどモモコが言うのよね。
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「委員長、恋人同士って二人だけの特別の呼び名で呼び合うものなのよ」
「二人だけとは」
「他の友だちとかとは別の呼び名で、他の人には呼ばせないって感じ」
「たとえば」
「三年のリンドウ先輩と水橋先輩は誰もが知ってるゴールデンいやプラチナ・カップルだけど、水橋先輩のことを
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『ユウジ』
と呼べるのはリンドウ先輩だけだし、リンドウ先輩を
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『カオル』
と呼べるのも水橋先輩だけ」
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「ユッキーと呼んで良いのはカズ坊だけ、カズ坊と呼んで良いのはユッキー様だけよ」
席替えはウチの策略もあって相変わらず、前後左右でいつも一緒。頑張って朝の挨拶をするようにした。
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「おはよう」
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「委員長、そらそうよ。そんな怖い目で睨まれながらされたら、モモコだってビビりそうだもの」
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「こらカズ坊、なんでウチにつきまとうんや」
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「なんやと、それはこっちのセリフじゃ。毎度毎度引っ付き虫みたいにいやがって」
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「引っ付き虫やとはエライ言い草やんか。ウチの近くにおれるのを感謝せんかい」
「感謝? これから十月やで。夏ならまだマシやけど、寒い時にユッキーの近くなんかにいたら凍死するわ」
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「ボクがユッキーと呼ぶのはエエんやな」
「そうだ」
「じゃあ、ユッキーもボクのことをカズ坊って呼べる」
「呼べる」
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「カズ坊、おはよう」
「おはようユッキー」
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『告白』