氷姫の恋:ラスト・クリスマス

 夏休みが明けると恒例の宿題考査。

    「カズ坊待たんかい」
    「ユッキー、いや、その」
 カズ坊がウチの前からそそくさと逃げかけてる。ウチをなめたらあかんで、
    「あら、みいちゃん」
 この声に釣られた低能バカが振り返った瞬間に睨みで金縛りにしたった。
    「また手を抜きやがったやろ」
    「ちゃんとやったって」
    「ウチの目が節穴と思とるんか、体育祭の準備にあれだけ抜けやがって。お前なんかにこんな楽しいことを味合う権利はマイナスなんじゃ」
    「マイナスってなんやねん」
    「そんなんもわからんのか、お前はゼロすら遠いんじゃ」
 ウチが怒りまくったのはカズ坊が追試組に回ってしまったこと。ウチが手がけて初めての落ちこぼれ。怒鳴った怒鳴った。
    「アホンダラ」
    「でも体育祭も大事だし」
    「体育祭は大事や」
    「そやろ、だから・・・」
    「お前以外のクラス全員にとって大事や。お前は入っとらんわ」
    「それは言い過ぎやろ、オレだってクラスの一員やんか」
    「シャラップ」
 まあそれでも追試でクリアしてくれた。カズ坊にしたら初めてかもしれん。一年の時が追試四回目、二年の時が追々試やったから、ちっとは進歩してくれたんかもしれへん。
    『ギシギシギシ』
    「ユッキー、そんなリヤカーどこから引っ張ってきたん。仮装行列にでも使うんか」
    「シャラップ、クソみたいなお前のためじゃ」
    「オレのためって、それ全部?」
    「殺されたいんなら言うてくれ、いつでもぶち殺したる。そしたらラクなれるぞ。ついでにウチもラクになる」
 それでも体育祭にはカズ坊も参加してもらった。こういう時の企画力はやっぱりたいしたもんや。なんであのやる気と能力を勉強に向けてくれへんのやろ。もう十月やで。時間がドンドン減っていくやんか。このユッキー様でもやれることの限界があるのよ。最後はカズ坊、あなたのやる気よ。カズ坊は頑張りさえすれば医学部だって合格するはず。ウチが出来るのは少しだけ後押しするだけ。

 楽しいイベントの掉尾を飾る体育祭が終わるとさしもの明文館も三年生は受験一色。進路相談もある。相談言うてもウチは短くて、

    「木村、港都大でエエんか」
    「無理ですか」
    「東大でも木村なら余裕なんだが」
 ウチは思いっきりの睨みをかまして、
    「港都大で結構です」
 担任はビビりながらも、
    「木村に睨まれるのもこれが最後かもしれんな」
 そう言えばカズ坊のはもっと短かったみたい、
    「予備校は決めたか」
    「はい」
    「じゃあ、頑張れよ」
 まあ、あの成績じゃ現役では逆立ちしても無理だもんね。担任もドライや。年も押し詰まりクリスマス。ウチとカズ坊の秘密の時間もこれが最後。ワムのラスト・クリスマスが心に沁みるわ。
    「ユッキー、二年間ありがとう」
    「こちらこそ、ありがとう」
    「ユッキーにはだいぶ助けてもらったけど、今年は無理かもしれない」
    「まだ時間があるし、最後まであきらめないで。ウチも応援するし」
    「もちろん、最後まであきらめへんよ」
 カズ坊はカズ坊なりに頑張ったけど、目標が医学部じゃ無理は確かにあったわ。だいたいやな、スタートが遅すぎるし、すぐに脱線してまうやんか。ウチがあんだけ尻叩いて、あれだけしか伸びへんかったのはカズ坊だけやで。この野郎っと思いかけたけど、今日はクリスマス。言わんとこ。
    「はい、クリスマス・プレゼント」
    「うれしい、開けてもイイ」
    「喜んでくれたら嬉しい」
 なんだろ、なんだろ、カズ坊のプレゼントはいつも意表を衝くからな。うわぁ、オルゴールだ。それもウチが欲しかったの。文房具屋に飾ってあったのが欲しかったんだ。
    「カズ坊、高かったんやない」
    「ちょっと。でも最後やない」
 カズ坊の『最後』の言葉が耳に痛かった。結局、最後の最後まで友達のままやった。スタンツで漫才やった時には、後一歩と思ったけど、そこから結局、一センチも縮まらんかった気がする。悔しいけど最後だから聞いてみるか、
    「順調?」
    「勉強は順調とは言えへんな」
    「じゃなくて、みいちゃん」
    「卒業してからが勝負かな」
    「頑張ってね」
    「ありがとう」
 やっぱりね。知ってたけど寂しいもんや。カズ坊に見えているのは、みいちゃんだけ。ウチは単なるその他大勢のお友だちの一人。その他大勢よりちょっとだけマシかもしれへんけど、異性としては最後まで見てくれへんかった。
    「ユッキーも好きな人いるの」
    「ウチも女やからいるよ」
    「ユッキーも随分綺麗になったから、きっと叶うよ。応援してる」
 お世辞でも嬉しいけど、ウチが好きなのはアンタ。カズ坊以外に考えられないの。こうやってクリスマスまで来ると、春に見えてた未来はバッチリ当りね。ホンマ悔しいぐらい。どうもあれから見えないんだけど、全部当りなら気になるのはカズ坊とみいちゃんのこの先。一月までやったらウチもカズ坊の力になってあげられるけど、その先はもう手が及ばへん。そうだ、せめて手を握ってもらおう。それぐらいイイよね。
    「じゃあ」
    「うん」
 カズ坊はウチの手をしっかり握りしめてくれた後に部屋から去って行った。追いかけたい、すがりつきたい気持ちでいっぱいやったけど、今のウチではどうしようもあらへんやん。一人残って泣いてた。オルゴールの曲はラスト・クリスマスか。カズ坊は歌詞の意味を吟味して贈ってくれたのかなぁ。あいつ英語も苦手やからなぁ。

 でもね、カズ坊にはやっぱり感謝してる。もう普段でも普通に話せるようになったし、普通に表情も出せるようになったのよ。カズ坊がいなかったら、出来なかったと思う。明文館の最後のクリスマス。カズ坊こそ最後まで振り向いてくれへんかっけど、この学校にいる間にいっぱい、いっぱいのプレゼントをもらった気がする。

 この先にまたカズ坊と巡り合えて、その時にカズ坊に彼女がいなかったら、今度こそ胸張って立候補する。もっと、もっとイイ女になってカズ坊のハートを射ぬいてやるんだ。そしてね、今日のクリスマスの続きをやりたい・・・次があったらこのユッキー様が逃がしたりするもんか。とっ捕まえて、縛り上げて、座敷牢に放り込んででもウチの男になってもらう。

 儚な過ぎる夢やとわかってる。アカン、涙が止まらへんやんか。カズ坊よ、こんなイイ女を泣かせるぐらいお前はエエ男なんよ。今は誰も見えてないけど、ウチにはハッキリ見える。とりあえず、これじゃ、家に帰られへんやん。