氷姫の恋:卒業

 一月の学年末テストが終わると事実上の休校。次は二月末の卒業式までみんなは私学の入試に明け暮れることになる。うちは私学の受験はしないから二次試験までやることがない。進学先もちょっともめた。お父さんは東大かせめて京大に行って欲しかったみたい。

    「医師は医師免許さえ取れば、たしかに医師だが、確実に学閥はあるし、研修する病院や勤務できる病院も違ってくる。由紀恵がより立派な医師になりたいと思うのなら東大か京大に進むべきだ。慶応だってあるんだぞ」
 お父さんはウチが医学部目指すって聞いてあれこれ調べてくれてた。高校教師だからその気なればそれなりの情報はすぐ集まるんだけど、教え子で医者になった者にも電話をかけまくって情報を集めてくれてる。だからお父さんの言いたいことはわかるのよ。

 ウチにしたら東大や慶応は論外だった。京大でさえ遠すぎる。この家はウチの家、家にはやっと、やっと手に入れた世界最高のお父さんとお母さんがいる。やっと手に入れたウチの大切な大切な居場所と家族。三人で過ごす時間はウチにとって何物にも代えがたい大事な時間。港都大なら六年間すべては無理かもしれないけど、少しでもお父さんやお母さんと過ごせる時間が長くなるんだもの。

    「お~い、由紀恵、そろそろ出かけるぞ」
    「は~い」
 今日は卒業式。入学式の日は、
    「付添不要」
 といって冷やかに断っちゃったけど、今日はしっかり見てもらう。みんな元気かな。教室に入るとテルミが、
    「木村さん、合格したわ。ありがとう」
    「良かったね」
    「みんな木村さんのお蔭よ」
    「テルミが頑張ったからだよ」
 サチコも、クルミも、モモコも合格の報告に来てくれた。みんな嬉しそうだった。そしたら廊下がドタバタうるさくなって、コトリが飛び込んできた。相変わらず追っかけまわされて大変そう。
    「ユッキー」
 条件反射でウチのスイッチが入った。
    「ユッキーと呼んで良いのはカズ坊だけ、カズ坊と呼んで良いのはユッキー様だけよ」
    「あちゃ、やってもた。でも、まあエエやん」
 まあ良くないけど、コトリなら何故か許せる気がする。
    「コトリも合格したで、ありがとう」
 そこからまたドタバタと自分の教室に戻って行った。加納が気になったが、あれじゃ来れんだろう。つうか、コトリが良く来れたものだと思うぐらい。あれっ? どうして小島はコトリで、加納は加納なんだろ。前からそうだけど、コトリは他人の気がせえへんのよね。

 体育館に移動して式が始まり、卒業証書を受け取った。ウチが卒業生を代表して答辞した。思えばこの役もずっとやってた気がする。入学式の時も代表だったし、去年は在校生を代表して送辞を贈る役だったものね。最後にプログラムになかったんやけど、

    「校長特別賞の授与」
 なんや意味わからんけどウチが呼ばれた。
    「木村由紀恵殿 あなたは、明文館入学以後、定期試験、実力模試、宿題考査、そのた小テストを含めてすべて満点でした。この空前にしておそらく絶後の偉業を称え、校長特別賞を授与します」
 ちなみにうちの高校の成績通知表も変わっていて。いわゆる五教科七科目は五回の定期試験の平均。一学期なら二回分、二学期なら四回分の機械的平均。その他の体育とか芸術とかは、絶対評価の優良可やけど、余程のことが無い限り優。

 式が終わるとあちこちで記念写真。あいかわらず加納やコトリはエライ事になってたし、坂元だってポーズ取りまくっていた。ウチはお父さん、お母さんといっぱい撮ってた。そしたら、テルミたちがやってきたの。もちろん記念写真も撮ったんだけど、

    「委員長、お願いがあるの」
    「な~に」
    「もう一度、やって欲しいの」
    「なにを」
    「一年の氷姫。あれだけは五組のみんなの心残りになってるの」
 気が付くと旧一年五組のみんなが集まってた。すでに黒子や凍らせれる男役の衣裳まで着込んでいた。
    「えっ、今から」
    「木村さん、お願い」
    「でも衣裳が・・・」
 そんなものを忘れてるはずがないものね、ちゃんと用意されてた。ここは明文館、これで乗らなければ卒業生とは言えない。着替える最中に校内にアナウンスが流れた。
    「これから旧一年五組の仮装行列を行います。テーマは氷姫です。宜しければ御観覧ください」
 運動場に行ってみると、さすがは明文館と思った。審査員席まで作ってあって校長や教頭、PTA会長までスタンバイしてた。卒業生や父兄が運動場にワラワラと集まり、その中でウチは精いっぱい演じた。そして最後の最後に、今のウチが出来る最高の笑顔をした。今ならできる。
    「これよこれ」
    「これが見たかったの」
    「あの時にこれが出来てたら三組にも勝てたのに」
    「そうよ女神様や天使でも絶対勝てたのに」
 そこでなんとウチは胴上げされてもた。それも一年から三年のクラスメートが集まって来てだった。
    「委員長ありがとうございました」
 そうウチはずっと委員長。なにか当たり前のように選ばれ続けて来たけど、これも空前と言われたっけ。ただ生徒会役員にはならなかった。一度だけ担ぎ出そうとする動きがあったんだけど、
    『委員長がいなくなったら、クラスが大変な事になる』
 そう言えば坂元は生徒会長になったけど、
    『木村さん、ボクは生徒会長だからね』
 そりゃそうだとしか思わんかったけど、今から思えばウチに唯一勝ったと思った瞬間やったかもしれへん。ウチは坂元がライバルなんて思ったこともなかったけど、坂元にすれば勉強で一度も勝てなかったのはコンプレックスになっていたのかもしれない。

 そう考えると去年の送辞も、今年の答辞もなんでウチやったんやろう。あれは生徒会長の役割やと思うけど、当たり前のようにウチのところに来たもんな。この学校のわからんところや。


 胴上げが終わって、みんなで集合写真を撮って、衣裳を着替えてから卒業式のウチの最後のプログラムに向かったんや、

    「ユッキー、今まで・・・」
 こらカズ坊、なんで最後は漫才にしてくれへんの。最後はユッキー様だって決めてたのに。カズ坊の奴、柄にもなくマジになりやがって。そんなもん聞かされたら、ウチは耐えられへんやないか。あかん涙が止められへん。ウチはクルッと振り向いて背中越しに、
    「ほんじゃな、生きてりゃまた会えるわ」
 ごめんカズ坊、もう何もしゃべられへん。このユッキー様がカズ坊に涙なんか見せられるものか。ウチとカズ坊の最高の関係はユッキー・カズ坊やし、夫婦漫才なんやで。そう漫才だけやったけど、夫婦やってんよ。カズ坊、ウチはそれだけで十分幸せやったし、それだけでこの先もずっと生きていける。頑張れよ入試、幸せになってな。