氷姫の恋:プレゼント

 十月のある日にカズ坊に図書館のミーティング・ルームに誘われた。考えれば二人っきりになるのはスタンツの練習以来。スタンツの練習の時はそこまでドキドキしなかったけど、今日は妙に意識してまう。それにしてもなんだろ、漫才の新ネタの練習かな。

    「ユッキー、夏休みの宿題の時はありがとう。それだけやなく、色々助けてくれてありがとう。せめてもの感謝の印です。お誕生日おめでとう」
 カズ坊のこんな神妙な顔は初めて見る気がする。そういえば昨日はウチの誕生日だった。誕生日なんて小学校の時は誰も祝ってくれなかったし、中学に入ってからも伯父夫婦だけ。高校になって初めて友だちに祝ってもらった。テルミたちに祝ってもらったのは、ちょっと感動したもの。
    「嬉しい、もらってイイの」
    「もちろんや」
    「開けてもイイ」
 ウチの顔は笑ってくれてるやろか。内心は満面の笑みなんだけど、それが表に出てるかどうかは自信があらへん。
    「うわぁ、これ欲しかったんだ。よくわかったね」
    「そりゃ、夫婦漫才やってるから」
 ウチも高校に入ってから、あれこれ欲しいものが出てたんだ。今欲しかったのはペンケース。伯父に中学に入る時に買ってもらってたんだけど、さすがに四年以上使って傷んでた。伯母も買い換えようと何度も言ってくれたんだけど、欲しかったのがあったのと、ちょっとウチのキャラから言いだしにくいものやってん。
    「ありがとう」
    「ユッキー様に喜んで頂ければ幸せです」
 ありがとうカズ坊、むっちゃ感動してるんよ。カズ坊ならわかるよね、いやわかって欲しい。カズ坊がわからんかったら、世界中の他の誰もわからへんやん。もう嬉しくて、嬉しくて、その夜はペンケース抱いて寝たんだよ。もちろん次の日には持って行った。これで新たな関係に進めるんじゃないかの期待で胸をいっぱいに膨らませてよ、
    「カズ坊、おはよう」
    「おはよう、ユッキー。なんじゃ、そのチャラチャラしたペンケースは」
    「カズ坊には物の価値がわからんのか」
    「わからいでか、ほいでも人には合う合わへんがあるんや。ユッキーが使うたら猫に小判、豚に真珠や」
    「そう見えるんはカズ坊のセンスが便所虫以下って白状してるのと一緒や」
    「言いやがったな」
    「どっか間違いでもあるか」
 うぇ~ん。どうして漫才ネタにしちゃうのよカズ坊。こんなに、こんなに感謝してるのに。生れてからこんなに嬉しいプレゼントがないってぐらいの思いなのに。やっぱり、みいちゃんが気になるんだ。ウチがカズ坊からもらったと言わしたくないんだ。寂しいな、悔しいな。

 クリスマスの時も贈ってくれた。やっぱりミーティング・ルームに呼び出されて渡された。カズ坊の不思議さは、ウチにプレゼントしているのを他人、とくにみいちゃんに知られるのを怖れてるくせに、それでもウチにプレゼントしてくれる点。それも、ウチが密かに欲しがっていたものを何故か探し当てて贈ってくれる。

 一回も『あれ欲しい』『これ欲しい』なんていったことなんかないのよ。それなのにカズ坊にはなぜかわかってしまうみたいなの。それだけウチのこと見てくれてるんやと思うし、それはすっごい嬉しいんだけど。でも誰にも知られたくないのも一緒。

 このプレゼントをもらう時なんだけど、ミーティング・ルームで二人っきりなの。その時にウチは変われるの。ウチは普通に受け答えできるの。氷姫でもなく、ユッキー様でもない普通のウチに。表情だけは自信がないけど、たぶん一番普通の、一番可愛いユッキーに近い自分に。でも、翌日にはぶち壊し。あの漫才が炸裂しちゃうと、カズ坊からのプレゼントだって誰も思わなくなっちゃう。

 ウチは自慢したいの、ひけらかしたいの。カズ坊からもらったって言い触らしたいの。それで誤解でも何でもされたいの。なのに、なのに、カズ坊はそうさせないために漫才しているとしか思えない。カズ坊にとってみいちゃんがどれだけ重いか思い知らされる。ウチより何倍も、何十倍も。それでもウチの変化には気づいたみたいで、

    「ユッキーはボクからプレゼントもらう時だけは別人や」
    「そうかしら」
    「でも、年二回しかないから織姫みたい」
 織姫は間違いなくウチへの褒め言葉だったし、カズ坊から褒め言葉をもらうのは嬉しかったけど、どうしても織姫はイヤだった。これはウチも理由は全然わからへんねんけど、なぜか暗い辛い思い出があるような気がするんよ。それも半端じゃないぐらいの辛さ、
    「カズ坊、織姫って言われるのは光栄だけど、悪いけどそれだけはやめて」
    「一年に一回しか会えへんからか」
    「それもあるけど、お願い」
 カズ坊は不承不承みたいな顔してたけど、なんだったんだろあれ。それでもカズ坊はあれから二度と織姫は口にしなかった。クリスマス・プレゼントはちょっと早めにもらってた。これもカズ坊の計算みたいで、誕生日にしろ、クリスマスにしろ当日は必ず避けるのよ。とくにクリスマスはきっとみいちゃんと・・・そうなるよね、あっちは明文館タイムズ公認カップルだもんね。

 それでもウチは嬉しいの。その日もカズ坊からクリスマス・プレゼントもらってルンルンで家に帰ったんだけど、どうも腹が痛む。お腹でも壊したのかとおもったけど、段々痛みは強くなっていくの。

 翌日になっても痛みは収まるどころか増してく感じ。我慢してたんだけど、痛いものは痛い。ウチの不幸なところは『痛い』の表情さえ出ないところで、誰も気が付いてくれなかった。家に帰ってもますます痛みは強くなり、

    「今日はご飯はいらない」
 伯母があれこれ聞いてきたけど、とにかく痛いので部屋で必死で耐えてた。夜はまさに七転八倒状態。一睡も出来なかった。それでも学校に無理やり行ったけど、もう歩くだけで激痛が走り冷汗が出る状態。
    「カズ坊、おはよう」
    「ユッキー、ちょっと来い」
 問答無用で保健室に連れていかれた。保健室の先生もタダごとでないのは察してくれて、そのまま病院に連れて行かれた。そしたら医者が、
    「虫垂炎です」
 そのまま手術になった。ホントいうと手術はイヤだった。だって、だって、体に傷が付いちゃうじゃない。でもそれ以上に痛みが強烈でどうしようもなかった。手術自体はあっさり終わった感じだけど、もうちょっと粘ってたら破裂して腹膜炎を起こしていたかもしれなかったって言われた。

 手術が済んで意識が戻った頃にカズ坊が血相変えて病室に飛び込んで来てくれた。ウチはホンマに嬉しかった。でも手術されちゃったのは女としては残念だったから、

    「私、キズモノになってもた」
 これをユッキー様モードにならないと言えないのも悔しかった。そしたら、カズ坊は真顔で、
    「どこかキズモノやねん。そんなこと言う奴はボクがぶっ飛ばしたる」
 あれは漫才のアドリブ調じゃなかった。ウチのことをホンマに心配してくれてのものだった。カズ坊は一生懸命勇気づけてくれた。
    「盲腸なんて切ったらしまいやし、すぐに元気になる。みんなユッキーのこと心配してるし、早く帰って来て欲しいって思てる」
    「カズ坊も?」
    「そんなもん答えるまでもないやろ」
 カズ坊が帰ってからテルミやモモコもお見舞いに来てくれた。
    「やっぱり山本君は木村さんとコンビ組んでただけの事はあるわ」
    「お見舞いに行く話が出た時に、すぐに手を挙げて、それこそ走って行ったものね」
    「モモコもチラッと見たけど、凄い形相だったよ」
 やっぱりウチの事を思ってくれてるんや。その夜は泣いた。わんわん泣いた。涙なんて何年振りだろう、小学一年生の時からかもしれない。それと素直に泣けてるの。泣き顔が出来てるの。ユッキー様モードじゃなくても出来てるの。やっぱりカズ坊はウチにとって特別の男。ウチに与えられた唯一人の男に違いない。