そこからユッキーとコトリちゃんが街を歩いてくると言いだし、香坂さんが付いて行ってしまったのでシノブちゃんとおしゃべり。
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「ユッキーやコトリちゃんって、仕事している時もあんな感じなの」
「コトリ先輩は近いところもありますが、社長は違います」
シノブちゃんは含み笑いをしながら、
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「氷の女帝です。あんな楽しそうな笑顔を見たら社員なら気絶すると思います」
「そんなに怖いの」
「目の前に立っているのも大変なぐらい」
「そりゃね、クラスも一緒だったし」
シノブちゃんは、仕事でユッキーのことをあれこれ調べた事があるみたいで、
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「聞いてもイイですか」
「なに」
「そもそも社長と山本先生の出会いってなんなのですか。高校時代に漫才コンビをやってたのはわかったのですが・・・」
実はわたしも知らないし、カズ君でさえ知らないって言ってた。あのスタンツの漫才からユッキー様になったのはみんな知ってるけど、それ以前はわかんないのよね。
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「漫才コンビで愛を育んだとか」
「それが、そうじゃないのよ」
たぶんだけど、わたしを諦めた後にターゲットにしたのが、みいちゃんで良いはず。そうなると中学時代か、高校に入ってすぐぐらいのはず。そうだ、そうだ思い出した。みいちゃんは一年の時は一組、そうカズ君と同じだったはずよ。遅くともそれぐらいからでイイはずよ。
カズ君とみいちゃんが付き合いだしたのは二年の時、それも体育祭が終わってからだった。この交際は長くて、みいちゃんの大学卒業まで続いてるんだよ。
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「では、社長の一方的な片思いとか」
「そうとしか考えられないのだけど」
シノブちゃんにはわかりにくいと思うけど、高校時代のユッキーはカチカチの優等生の上に氷姫。さらにだよ、
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『色恋に無縁の笑わん姫君』
ここまで言われてたんだ。あれだけユッキー・カズ坊の席替え漫才やって、あれだけ一緒にいても恋愛関係になるなんて誰も想像すら出来なかったぐらい。
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「山本先生は、もてたのですか」
「カズ君が? もてないよ。お調子者扱いだったもの」
「でも社長も、コトリ先輩も、加納さんも」
「人生はだからおもしろいと思うよ」
カズ君の魅力か。あんなイイ男は他にはいないと思ってる。人は見た目じゃないのよ。そりゃ、見た目も良い方がイイに決まってるけど、最後はハートよ。そのハートが見えるかどうかで人生は変わると思ってる。
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「最初にカズ君が見えたのはユッキーでイイはずよ。よく高校時代に見えたものだと思ってるよ」
「ではコトリ先輩は?」
これも実ははっきりしないのよね。カズ君とはユッキーとのロマンスは何度か話をしてくれたけど、コトリちゃんとのは話したがらなかったのよ。でもコトリちゃんにも想いを残していたのは誘拐事件の時によくわかったもの。そんなことを話している最中に三人組が御帰還。
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「お店屋さん開いてなかったね」
「でも夜の温泉街の雰囲気良かったで」
そこからビールで酒盛り、
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「えっ、コトリとカズ君との馴れ初めってか。シオリちゃんは聞いてなかったの」
「そうなのよ、いっつも誤魔化されてた。せいぜいあのバーで突然出会ったぐらい」
「ユッキーは聞いてる?」
「わたしも聞いてない。とにかく時間が短かったし」
コトリちゃんはしんみりと話しだしました。
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「カズ君がユッキーにもシオリちゃんにも話してないのやったら、話さん方がエエかもしれへんけど、コトリも宿主代わりしたし、カズ君も天国に行ってもたから時効やからエエかな」
「そんなに凄い話なの」
「うんにゃ、たいした話やないわ。ユッキーもシオリちゃんも二年の時に日本史の班研究あったん覚えてる?」
えっと、えっと、あれは二学期、体育祭の後だったはず。そしたらユッキーが、
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「そうだった。あの時にカズ坊とコトリは同じ班だったじゃない」
「そうやねんよ」
「そこでロマンスが」
「芽生えなかったのはみんな知ってるやんか」
コトリちゃんは陸上部のハイ・ジャンパー。結構な成績で秋の県大会にも出場していたぐらい。
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「そやねん、大会があるから班研究より部活優先やってん」
「とにかく平常点なんて付かない学校だからサボってるの多かったよね」
「まあ、そうやねんけど・・・」
やっと思い出した。コトリちゃんは班長だった。だって発表したのはコトリちゃんだもの。
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「でもあの発表、なんとなく覚えてるけど、先生にもかなり受けてたんじゃない。カズ君は筋金入りの歴史オタクだったけど、あの頃からだったのよねぇ」
「まあそうやってんけど。あの時のコトリは班長のくせに部活ばっかりやってサボってて、発表しただけやってん」
「じゃあ、その時の恩返し気分がロマンスに」
「だ か ら、そうならへんかったんは、みんな知ってるやんか」
そうだった、そうだった。明文館では、あの明文館タイムスのお蔭で男女の交際情報は全校に筒抜け状態だったものね。そもそもあの頃からカズ君とみいちゃんの交際は始まってるし。コトリちゃんの話は意外なところに、
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「あの時の班研究でロマンスは生まれへんかってんけど、カズ君の研究読んで歴史ってこんなにおもしろいって思たんよ」
「なるほど、そこから二人は急接近・・・なんてなかったよね」
「そういうこと」
結果的にいうとあの班研究をキッカケに二人のロマンスは芽生えもしなかったんだけど、コトリちゃんは歴女として目覚めたでイイみたい。もっとも専門で研究する程じゃないけど、歴史ファンぐらいになったで良さそう。
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「クレイエールで歴女の会を作ったのもコトリだったけど、その頃はミーハー歴女だったかな」
そんなコトリちゃんだったんだけど、歴史を好きになればなるほど、そのキッカケになった班研究が手抜きもイイところだったのに後悔し始めたらしいの。
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「歴史をある程度知ると、あの時のカズ君の研究が、おもしろい視点なのがわかってきたんよ」
いつしかコトリちゃんはカズ君ともう一度班研究をしたい夢を抱くようになったで良さそう。
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「こんなもの普通は夢で終わりそうなものやってんけど・・・」
「そうなりそうなものだよね」
「あのバーで出会ってしまったのよ」
「そこでロマンスの火が着いた」
「うんにゃ、すぐには着かへんかった」
そうだった、そうだった。あの頃のコトリちゃんは坂元と付き合っていたはず。
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「どうだったの、やっぱり歴史研究やったの?」
「やった、やった、ガチやった。だってやで、いきなり本格的なフィールド・ワークやったし、それこそ基礎からみっちりやった」
「おもしろかった?」
「おもしろいなんてものやなかった。付いてくのは大変やったけど、もう夢中って感じ。コトリはこれがしたかったんだってわかったのよ」
わたしはそこまで歴史好きじゃなかったから、カズ君の歴史談義は適当にお茶を濁したことが多かったけど、それでもおもしろかったものね。歴史好きならなおさらなのはわかるわ。ここでユッキーが、
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「なにを研究したの?」
「一の谷」
「やっぱり延慶本」
「もち、それと玉葉が中心だった」
ユッキーに聞くと玉葉は漢文で、延慶本とは平家物語の一番古いとされるバージョンで、
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「あれ読むのは大変よ。かなまじり宣明体って言って、旧かな遣いのひらがなの洪水を読むようなものだよ」
そりゃ本格的だわ。
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「で、どこでロマンスになったのよ」
「それがね・・・」
とにかく朝から晩まで一の谷を考えるぐらいにしないとカズ君の話に付いて行けなかったようなのよ。それはカズ君の歴史レベルならなんとなくわかるけど、そうなっちゃうと恋人である坂元との会話さえ味気なくなっちゃったみたいなの。
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「ある時にコトリは気づいたの。カズ君との歴史ムックはおもしろいし、こんな歴史ムックをやるのが夢だったけど、本当の夢はカズ君と歴史ムックをして、カズ君に認めてもらうことだって」
それにしても、まあ時間のかかる恋だこと。高校二年の歴史班研究がスタートとして十二年じゃない。
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「あははは、そうやねん。それだけかかって、やっとカズ君が見えるようになったってこと。シオリちゃんはもっと短かったものね」
コトリちゃんのことは笑えないかもしれない。たしかに再会してすぐに同棲を始めたけど、あれは正確に言うと同棲じゃなく同居。二年近く一緒に住んで、同棲になったのはカズ君の国試が終わって、その発表までの間だけ。ここでコトリちゃんと声を合わせて、
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「ほんじゃ、ユッキーとカズ君の馴れ初めは?」
ユッキーは意外そうに、
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「あらシオリも聞いてないの?」
「カズ君も知らないって言ってたもの」
ユッキーはかなり憤然として、
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「カズ坊の野郎、死ぬまで思い出さへんかったんや。今度会ったら八つ裂きにして釜茹でにしてやる」
うわぁ、懐かしい。ユッキー様じゃないの。まだ出来るんだ。それからユッキーは懐かしむように、
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「入学式の日に、よそ見しててカズ君にぶつかって転んだのよ」
「それで、それで」
「そしたら手を差し伸べてくれたのよ」
「それで、それで」
「で、手を握ったのよ」
「それから、ずっと」
わたしとコトリちゃんはまたもや声をそろえて、
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「それだけ!」
ユッキーはポッと顔を赤らめて、
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「そうよ、それだけ」
「それだけで何年よ、他の男は」
「見向きもしなかった」
「だから・・・」
「当然よ、ファースト・キッスでバージンだったよ。取っといて良かったと思ったもの」
六十五年ぶりに明かされる衝撃の真実ってやつかな。そりゃ、ユッキーには敵わないな。カズ君が交通事故で入院中にユッキーの前で引き下がってしまったのは、これを感じたのかもしれない。そんなことを考えてたら、ユッキーとコトリちゃんから同時にツッコミが、
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「でも、最後にさらっていったのはシオリだからね」