第3部後日談編:天使は気づいた・・・

 すぐに転がりもうと思ったんだけど、実際にやるとなるとちょっと無理かなぁ。シオリちゃんは身の回りの物だけで出来たけど、コトリも同じってわけにはいかないやん。どうしたってプチ引っ越しぐらいの荷物の量になってしまうもの。

 カズ君の家は行ったことがあるんだ。2LDKでコトリも一緒に暮らすだけの広さはあるはずなんだけど、とにかく物が多くて。いや物と言うより本の量が多いんだ。もちろん医学書もあるんだけど、歴史関係とかの本がそれこそテンコモリ山積みされてるんだ。

 婚約時代にもこの問題の話はしてて、結婚したらもっと広い新居を探さないと、どうしようもないってところなの。コトリも歴女だから歴史関係の本は興味があるし、読みたいんだけど、家のあれだけのスペースを占拠されると大変ってところなんだ。

 そんなところにコトリの荷物を詰め込んだら、荷物と荷物の間で暮らす羽目になっちゃうもの。それはさすがに避けたいよね。そうなると本をどうにかしないといけないけど、転がり込むために急いで新居を用意してくれっていうのも変やん。

 思いつくのはトランクルームでも借りて本を減らすとか、コトリの部屋に本を移すとかだけど、そうなってくるとカズ君の協力がないと無理なのよね。それにさぁ、そうなってくると本以外の荷物も整理することになるけど、これもカズ君の協力がいるのよね。

 転がり込んでからコトリが荷物整理をやってもイイんだけど、いくら婚約者でも見られたら恥しい物ってあるやん。逆の立場だったら必死になって自分で整理するもの。結局のところ突然転がり込んでカズ君を驚かすのは難しいってところかな。

 転がり込みは、カズ君に協力してもらって計画的にしないとしょうがないのよね。そこら辺まで考えてカズ君に相談したら、

    「ちょっと待ってくれ」
 最初は荷物の整理に時間がかかると思っていたんだけど、ちょっと違うみたいなの。その時に重大な事に気づいたの。


 コトリとカズ君とシオリちゃんの関係はユッキーの予言通りに進んでる。ここで気になるのはユッキーが見えたものがすべて確実な未来なのか、不確定要素があるものなのかなの。ユッキーが残した言葉は多くないから微妙だけど、ユッキーでもある程度から先は揺れ動いてた気がする。

 それと予言の進行は自然かというと、そうでないのはもうわかるわ。コトリもシオリちゃんも抜け駆けを競ってた。でもどうしたって進めなかったのは間違いない。つまりユッキーの予言はそれを成就させるために何かの力が働いているとしか思えないわ。

 何かの力の正体もわかってる。カズ君の心の中に住むユッキー以外に考えられないの。ユッキーは自分の次のカズ君の恋の成就のために影響を及ぼしているに違いない。ここでポイントは決して次の彼女が出来るのを邪魔をしようとしているわけでないこと。むしろ応援してるよ。

 カズ君の入院からユッキーの死までの間にユッキーが会ったのはシオリちゃんだけ。コトリは会ってないのよね。これは仕方がないと思うけど、ユッキーはシオリちゃんがカズ君にベタ惚れなのをわかったと思うの。

 シオリちゃんのお見舞いの時の大号泣事件はカズ君に聞いた時は笑い転げちゃったけど、あれを見れば誰だってシオリちゃんの想いはわかるやん。だからユッキーはシオリちゃんに最初は託そうと思った気がするんだ。

 そりゃ悔しいけどシオリちゃんは誰が見てもイイ女だよ。コトリだってその点は素直に認めるよ。そんなイイ女がカズ君にベタ惚れだったら一件落着みたいな感じかな。ましてやユッキーはコトリがプロポーズまで受けている話を知らなかったはずだから。

 でもシオリちゃんを通して私が見えた気がするの。いや見えたのよ。それだけでなくカズ君がコトリに想いを残していることも。なんとなくユッキーは迷った気がするの。女神もイイけど、天使だって悪くないぐらいかな。そこが、

    『あれっ、そっか、なるほど、そういうことか。たしかにどっちがイイかなぁ』
 あの時点の勝負ならシオリちゃんに間違いなく勝っていた。ただカズ君がユッキーの傷を癒すにはどうしたって時間が必要だったんだ。この時間ばかりは待つしかないし、この時間の癒し手は悔しいけどコトリよりシオリちゃんの方が適任だったと認めざるを得ないわ。コトリがカズ君に再会するのに二年もかかったけど、それ以前に会っていてもどうしようもなかったかもしれないし、下手すりゃ、焦ったコトリがカズ君の傷を大きくしたかもしれない。

 二年ぶりの再会の時でも、まだまだカズ君の心の傷は大きかったから、もっと早く会っていたら、コトリもみいちゃんのように脱落していたかもしれない。あそこまで会えなかったのは、ユッキーがカズ君の気持ちを汲んで、コトリが会っても大丈夫な時点を見計らっていた気が今はする。

 このカズ君の回復を待つ時間に起こる事もユッキーは見えていたと思うの。シオリちゃんがカズ君との距離を着々と詰めること。なんかずっとシオリちゃんが先行していて、コトリが必死で追いかけてると思ってたけど、そうじゃなくてコトリがシオリちゃんに追いかけられてたんだ。

 そこさえ見えてれば

    『シオリもそれじゃ辛いかもね。でも必ずしもそうなるとは限らないみたいだし』
 ここの解釈はカズ君の癒しにシオリちゃんがあれだけ尽くしたのに、選ばれるのがコトリだから『シオリもそれじゃ辛いかもね』で間違いない。これに続く『必ずしもそうなるとは限らないみたい』は必ず起こる事ではなく、コトリがなんらかの理由でカズ君をつかみそこなった時にのみ起こるオプションみたいなものだったに違いない。

 あの夜はまさに『シオリもそれじゃ辛いかもね』を実現させるためにコトリに与えられた特別の夜だったんだ。カズ君は三択で迷っていたと思うの。コトリかシオリちゃんか、どちらも選ばないか。いや、それさえ違う気もする。どちらも選ばないか、コトリを選ぶかの二択だったんだ。それでも迷いに迷いながら

    「コトリちゃんを選びたい」
 そこまで心を決めたんだと思う。あの時に言葉にするほどコトリに心は傾いたのは確かだけど、それでもカズ君の中には迷いがたくさん残ってたので、ユッキーはコトリに注意を与えた気がするの。それがあの言葉、
    「大事な日」
 有頂天になって舞い上がっていたコトリはこの言葉の意味を軽く見たのよ。それだけでなく、その後のカズ君の言葉も聞ける状態になってなかったの。もう勝ったと安心しきっていたので、日を改めて婚約再開のセレモニー的な事をするぐらいとしか考えてなかったの。

 思い浮かべていたのはカズ君の誕生日とか、コトリの誕生日。笑われるかもしれないけど、プロポーズを受けた日とか、初めて結ばれた日なんかさえ思い浮かべていたぐらい。でも、こんなのもの一つしかないじゃないの。ユッキーの命日に決まってるのに今頃気づいたの。

 『大事な日』の意味は、その日までにコトリが完全にカズ君の心を得ていたら、カズ君は心の中でコトリを選んだことをユッキーに報告して終わるだけの日。でもコトリはそう出来なくて、迷いをタップリ残したカズ君のままで、その日を迎えさせようとしている。そのためにユッキーの

    『必ずしもそうなるとは限らない』
 こちらに運命の歯車を回してしまったんだ。ではどうしたら良かったんだろう。コトリに思いつくのはまず、あの夜にどんな手を使ってでもホテルにでも誘いこみ、押し倒してでもカズ君に抱いてもらうことぐらいかな。でもあの有頂天状態の大狂乱でそれが出来なかった。

 そのチャンスは既に去ってしまったので、残されるのは今からでもカズ君の家に転がり込み抱いてもらうこと。でもこれも無理そう。今夜も電話をかけてみたけど留守なんだ。スマホで連絡取ろうとしても返事はないし。

 たぶん、そういう強引で打算的なやり方はカズ君も好きでないし、ユッキーも好むとは思えない。カズ君はいくらイイ女でも抱く時でなかったら絶対に抱かない人なんだ。あの夜なら可能だったけど、今からやるのは手遅れみたい。

 あの夜に逆上状態になったのは必ずしも失敗だったとは思っていないの。あれがあの日にカズ君の心をコトリに大きく傾かせたはずだから。でもその後の有頂天状態はユッキーが与えてくれたチャンスをすべて潰してしまった。

 でもあれは避けられる運命であったかというと自信がないわ。むしろ避けられなかったとしか思えないの。もう少し冷静になれた可能性は・・・これ以上は済んでしまったことを考えてもどうしようもないね。

 運命の歯車が最後にどこに向かうのかも今ははっきりわかる。ユッキーの命日を境にあの夜のカズ君の言葉は白紙になり、カズ君が最後の選択をする。そう最後の運命の手番はカズ君に委ねられたってこと。

 どうなるんだろう。心の天秤の傾きが残っていたらコトリかもしれない。だが、もうシオリちゃんでもおかしくない。シオリちゃんはユッキーが最初にカズ君を託そうとしたんだから。一つだけ言えるのは、カズ君が誰も選ばないようにするのをユッキーは必ず食い止めるだろうこと。

 もうここまで来たらコトリは運命を受け入れる。たとえカズ君がシオリちゃんを選んでも祝福しよう。それが惚れた女よ。シオリちゃんもそうだし、ユッキーもそうだったんだ。コトリも天使の誇りにかけてそうする。そうできる女だけがカズ君の相手になれるんだ、きっと。

 今日やっと二人に並べた気がする。でもさぁ、惚れるってこんなに悲しくて、寂しくて、切ないものなの。こんな思いを二人は何年も、何年も抱え続けてきたんだ。やっと本当のところがわかったよ。でも、コトリもイイ女になったよね。