女神伝説第2部:復活

 今日はマルコと一緒にやっと退院。シノブ部長はもう少しかかるみたい。山本先生も意識を取り戻されたみたいで、ようやく峠を越えたみたいです。退院前にお見舞いに伺ったのですが加納さんは、

    「前に交通事故で入院した時には呼んでもくれなかったのよ。だから今回はずっと付いていられて幸せ。心配しないで、カズ君は必ず元気になるから」
 コトリ部長もお見舞いに伺ったのですが、山本先生の負傷に相当ショックを受けてられたみたいで、
    「みんなコトリが悪いの。コトリさえ気づいていたらこんな事にならなかったのに。なにが微笑む天使よ、なにが知恵の女神よ、ただのアホじゃない。みんなにこれだけ迷惑だけかけて、カズ君を死にそうな目に遭わせて・・・」
 なにを話しても落ち込むばかりで見ているだけで気の毒になりました。でもミサキはコトリ部長を信じています。必ず復活してくれるはずです。シノブ部長のところも行ったのですが、
    「そろって退院できて良かったね。私はもう少しかかりそう」
    「そんなに消耗するものですか」
    「うん、初めてわかった。それとこれは謝っとくわ。あんなに凄いことが起るなんて知らなかったのよ。下手すればみんな巻き添え食って天国に行ってたかもしれない」
    「でも生き残れて良かったと思います。あのままじゃ、狒々親父のオモチャになってたかもしれないですから。そうなるぐらいだったら、あそこで死んだ方がマシです」
 ミサキが癒しの手を伸ばそうとしたら、
    「イイよ、ミサキちゃんだってまだ完全復活している訳じゃないでしょ。まだ無理と思う。それより頼みがあるの。ミサキちゃんが復活したら、コトリ先輩を癒して欲しいの」
    「わかりました。わたしの癒しにどれだけの力があるかわかりませんが、なんとしてもコトリ部長を甦らせてみせます。先ほどお見舞いに伺いましたが、とにかく落ち込んじゃって、見てられない状態でした」
    「うん、頼んだわよ。ユッキーさんにも協力して欲しいんだけど、山本先生があんな状態だから頼みようがないのよ」
 出社したら綾瀬副社長に頼み込んでコトリ部長のお見舞い担当にしてもらいました。入院開けですから、その程度の仕事からで了承をもらったぐらいです。そうやってコトリ部長のお見舞いに連日通っているのですが、とにかく落ち込みようは強烈です。医者の話では体の回復は順調だそうですが、受けたショックの大きさをどうするかで手を焼いているぐらいです。それこそ何を話しかけても、
    「すべてコトリが悪い、コトリが諸悪の根源、責任はすべてコトリにあるのよ」
 ここに話を持っていかれてしまいます。ミサキが癒しの手を差し伸べようにも、
    「コトリには不要のもの。こんなコトリに癒しなどいらない。コトリはもう誰にも会わす顔などないの。だから、お願いだからもう来ないで」
 どこから手を付けたら良いかわかりません。途方に暮れそうになりますが、ここであきらめるわけにはいきません。コトリ部長はミサキだけではなく、みんなに取って大事な人なのです。コトリ部長の復活をみんな待ってるのです。コトリ部長が復活できるかどうかはミサキの肩にすべてかかっているのです。なにがあってもミサキが復活させるんだ。

 病院のお見舞いはコトリ部長専任ではありません。山本先生の方も担当しています。会社から見れば部外者の山本先生が、四人の救出劇にこれだけ手を貸してくれた上に、大怪我までされてしまったのですから、相当気を使っています。山本先生もかなりどころでないぐらい危なかったのですが、かなり回復されて今は一般病室に移られました。感心したのは加納さんで、すべての仕事をキャンセルされ、それこその付き切りで看病されています。

    「私のカズ君のためよ・・・と、言えば格好が良いけど、前に交通事故で瀕死の重傷を負った時にユッキーにカズ君さらわれちゃったのよ。今度はそうならないように見張ってるの。カズ君はこんなイマイチな人なのに妙にもてるのよね。油断も隙もあったもんじゃない」
    「シオ、そこまで言うか。今のシオはボクの正真正銘の奥様やからだいじょうぶだって」
    「いいえ、油断なんてしてたまるものですか」
 そう言って二人で笑っておられました。山本先生もだいぶ元気が出て来られたようです。でもミサキも山本先生を命の恩人の一人と思っています。佐竹次長に聞いたのですが、あの時に山本先生が協力してくれなかったら、事態はもっと悪いものになったと聞いています。佐竹次長は、
    「あの時にボクの思考は止まってたんだ。物凄い緊張で何も考えられなくなってたぐらい。やってたのは、必死になって考えてた事前に想定した行動だけ。通報役が二人になったメリットすら頭に浮かばなかった。とくにワゴン車がアジトでなくライナーバースに向かうとわかった時には完全にパニック状態だった」
 山本先生と加納さんにコトリ部長の事を聞かれて正直なところを話すと、
    「そんなもん悪いのは誘拐団に決まってるやろ。ほんま結婚詐欺師に騙されたからって、騙された女性に責任なんかあるはずないやんか。ボクが行って話する」
 ここまで言ってくれましたが、まだ体がいう事を利かないようで、加納さんに宥められていました。ただこれでミサキにも希望が出てきました。コトリ部長を元気づけるのに山本先生のお見舞いは効果的ですし、山本先生が行けばユッキーさんもセットになってくれるはずです。山本先生のお見舞いが実現したのは、そこから実に二週間後でした。加納さんに車椅子を押してもらってのお見舞いでしたが、コトリ部長が慌てること、慌てること、
    「カズ君ゴメン、シオリちゃんもゴメン。コトリのせいでこんな事に・・・」
 これではいつもの落ち込みパターンにしかならないと思ったのですが、山本先生が突然怒鳴られ始めました。これは怒鳴っているというより、怒ってる、叱り飛ばしてるした方が良さそうです。
    「なに一つコトリちゃんに悪いことなんてアラヘン。みんなどれだけコトリちゃんの事を心配したと思てるねん。コトリちゃんを助け出したい一心でみんな頑張ったんや。これだけ苦労して助け出したのに、このザマはなんやねん」
    「でも・・・」
    「デモもプラカードも立て看板もあらへん。シオはなぁ、ボクを笑顔で送り出してくれたんや。どない言われたか聞かせたるわ、

      『コトリちゃんを助け出せずに、おめおめ家に帰ろうものなら即離婚』

    ここまで言われたんやぞ。ボクが意識を取り戻してシオに最初に言われたんだって、

      『コトリちゃんは助かった』

    これやで」
 コトリ部長がボロボロ泣いています。
    「ボクが意識を取り戻してから今日までシオは一言も、コトリちゃんを恨むようなことは言わへんかった。口にするのは、

      『コトリちゃんが助かってホントに良かった』

    ここまでコトリちゃんのことを心配してたんや」
 もうコトリ部長の顔がグシャグシャです。
    「ミサキちゃんやシノブちゃん、マルコさんも逃げて身を隠す手段もあったはずなのに、誰一人賛成せえへんかった。そんな事をすればコトリちゃんを見殺しすることになるからや。わかっとるんか、コトリちゃん。なんのためにコトリちゃんを助けたと思とるんや」
 コトリ部長の目から涙が止まらなくってしまっています。
    「みんなコトリちゃんの笑顔が見たいから死ぬ思いをして助けたんや。そこんとこ、もう一回胸に手を当てて考えてみ。それでも、わからへんのやったら・・・」
 そこで山本先生は『うっ』と胸を押さえられました。どうも大きな声を出し過ぎて傷口に響いたようです。加納さんもミサキもあわてて駆け寄りましたが、山本先生はそれを振り払い、
    「次来る時に返事を見せてもらうわ」
 そう言われて病室に戻られました。ミサキはコトリ部長の病室に残ったのですが、コトリ部長が一時間ぐらいしてから、ポツリポツリと、
    「言われちゃった。あそこまで言われたこと初めて。というか、カズ君が真剣に怒る顔見たのは初めてかもしれない」
    「そうなんですか」
    「シオリちゃんに聞いたことがあるんだけど、まだ二人が争ってた時に、実はもう一人ライバルがいたのよ。シオリちゃんはその子を罠にかけてライバルから叩き落としたことがあるの」
    「あの加納さんがですか」
    「そうよ。シオリちゃんはタダの甘ちゃんの美人じゃないよ。男にSMというかDVまがいのことをされて、いたぶり尽くされた時期もあるし、逆に男を操作しまくってATMみたいにしていた時期もあったの」
    「まさか・・・信じられない」
    「そんな修羅場を潜り抜けた人だから、それぐらいはやろうと思えばできるのよ。でもね、やった後にすごく後悔してカズ君の下から去ろうとしたの」
    「どうなったのですか」
    「自分は売女同然の心も体も穢れた女だって、全部洗いざらい告白したのよ」
    「そんなことを話したら・・・」
    「そうなのよ。シオリちゃんにしたらサヨナラ宣言だったのよ。シオリちゃんじゃなくてもそうなるよ。そしたらね、思いっきり怒られたって。それこそ空気がビリビリ震えるぐらいだって言ってた。カズ君はね、

      『それがどないしたん言うんや。百人寝ようが、千人寝ようが、風呂入って洗たらしまいや。けったくそ悪い、今すぐ全部取り消せ、今すぐや』

    ここまで言い切って、自分を信じて頼れって、なにがあっても守ってやるってね。これ聞いた時に羨ましかった。そこまでカズ君に言ってもらえるんだって。コトリには言わなかったものね」
    「でも、それは・・・」
    「わかってるよ。当時のコトリには言う必要がなかったからね。でも、今言ってもらえて感動しちゃった。きっとシオリちゃんもこんな感じで言われたんだろうなって」
 コトリ部長は遠くを見る目をしていました。やはりコトリ部長は今でも、
    「ミサキちゃん手伝ってくれる」
    「もちろん喜んで。ミサキの命と引き換えにしてもコトリ部長を甦らさせてみせます」
    「そこまで無理しなくてもイイよ。カズ君に殆ど癒されちゃったみたいだから」
 三日後にコトリ部長は退院となり、山本先生のところにお見舞いにいかれました。
    「さすがはコトリちゃんや。前はキツイことを言うてゴメン」
    「ううん、カズ君に感謝してる。どこかでこれを返せる機会があることを祈ってるわ」