今日はマルコと一緒にやっと退院。シノブ部長はもう少しかかるみたい。山本先生も意識を取り戻されたみたいで、ようやく峠を越えたみたいです。退院前にお見舞いに伺ったのですが加納さんは、
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「前に交通事故で入院した時には呼んでもくれなかったのよ。だから今回はずっと付いていられて幸せ。心配しないで、カズ君は必ず元気になるから」
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「みんなコトリが悪いの。コトリさえ気づいていたらこんな事にならなかったのに。なにが微笑む天使よ、なにが知恵の女神よ、ただのアホじゃない。みんなにこれだけ迷惑だけかけて、カズ君を死にそうな目に遭わせて・・・」
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「そろって退院できて良かったね。私はもう少しかかりそう」
「そんなに消耗するものですか」
「うん、初めてわかった。それとこれは謝っとくわ。あんなに凄いことが起るなんて知らなかったのよ。下手すればみんな巻き添え食って天国に行ってたかもしれない」
「でも生き残れて良かったと思います。あのままじゃ、狒々親父のオモチャになってたかもしれないですから。そうなるぐらいだったら、あそこで死んだ方がマシです」
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「イイよ、ミサキちゃんだってまだ完全復活している訳じゃないでしょ。まだ無理と思う。それより頼みがあるの。ミサキちゃんが復活したら、コトリ先輩を癒して欲しいの」
「わかりました。わたしの癒しにどれだけの力があるかわかりませんが、なんとしてもコトリ部長を甦らせてみせます。先ほどお見舞いに伺いましたが、とにかく落ち込んじゃって、見てられない状態でした」
「うん、頼んだわよ。ユッキーさんにも協力して欲しいんだけど、山本先生があんな状態だから頼みようがないのよ」
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「すべてコトリが悪い、コトリが諸悪の根源、責任はすべてコトリにあるのよ」
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「コトリには不要のもの。こんなコトリに癒しなどいらない。コトリはもう誰にも会わす顔などないの。だから、お願いだからもう来ないで」
病院のお見舞いはコトリ部長専任ではありません。山本先生の方も担当しています。会社から見れば部外者の山本先生が、四人の救出劇にこれだけ手を貸してくれた上に、大怪我までされてしまったのですから、相当気を使っています。山本先生もかなりどころでないぐらい危なかったのですが、かなり回復されて今は一般病室に移られました。感心したのは加納さんで、すべての仕事をキャンセルされ、それこその付き切りで看病されています。
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「私のカズ君のためよ・・・と、言えば格好が良いけど、前に交通事故で瀕死の重傷を負った時にユッキーにカズ君さらわれちゃったのよ。今度はそうならないように見張ってるの。カズ君はこんなイマイチな人なのに妙にもてるのよね。油断も隙もあったもんじゃない」
「シオ、そこまで言うか。今のシオはボクの正真正銘の奥様やからだいじょうぶだって」
「いいえ、油断なんてしてたまるものですか」
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「あの時にボクの思考は止まってたんだ。物凄い緊張で何も考えられなくなってたぐらい。やってたのは、必死になって考えてた事前に想定した行動だけ。通報役が二人になったメリットすら頭に浮かばなかった。とくにワゴン車がアジトでなくライナーバースに向かうとわかった時には完全にパニック状態だった」
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「そんなもん悪いのは誘拐団に決まってるやろ。ほんま結婚詐欺師に騙されたからって、騙された女性に責任なんかあるはずないやんか。ボクが行って話する」
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「カズ君ゴメン、シオリちゃんもゴメン。コトリのせいでこんな事に・・・」
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「なに一つコトリちゃんに悪いことなんてアラヘン。みんなどれだけコトリちゃんの事を心配したと思てるねん。コトリちゃんを助け出したい一心でみんな頑張ったんや。これだけ苦労して助け出したのに、このザマはなんやねん」
「でも・・・」
「デモもプラカードも立て看板もあらへん。シオはなぁ、ボクを笑顔で送り出してくれたんや。どない言われたか聞かせたるわ、
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『コトリちゃんを助け出せずに、おめおめ家に帰ろうものなら即離婚』
ここまで言われたんやぞ。ボクが意識を取り戻してシオに最初に言われたんだって、
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『コトリちゃんは助かった』
これやで」
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「ボクが意識を取り戻してから今日までシオは一言も、コトリちゃんを恨むようなことは言わへんかった。口にするのは、
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『コトリちゃんが助かってホントに良かった』
ここまでコトリちゃんのことを心配してたんや」
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「ミサキちゃんやシノブちゃん、マルコさんも逃げて身を隠す手段もあったはずなのに、誰一人賛成せえへんかった。そんな事をすればコトリちゃんを見殺しすることになるからや。わかっとるんか、コトリちゃん。なんのためにコトリちゃんを助けたと思とるんや」
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「みんなコトリちゃんの笑顔が見たいから死ぬ思いをして助けたんや。そこんとこ、もう一回胸に手を当てて考えてみ。それでも、わからへんのやったら・・・」
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「次来る時に返事を見せてもらうわ」
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「言われちゃった。あそこまで言われたこと初めて。というか、カズ君が真剣に怒る顔見たのは初めてかもしれない」
「そうなんですか」
「シオリちゃんに聞いたことがあるんだけど、まだ二人が争ってた時に、実はもう一人ライバルがいたのよ。シオリちゃんはその子を罠にかけてライバルから叩き落としたことがあるの」
「あの加納さんがですか」
「そうよ。シオリちゃんはタダの甘ちゃんの美人じゃないよ。男にSMというかDVまがいのことをされて、いたぶり尽くされた時期もあるし、逆に男を操作しまくってATMみたいにしていた時期もあったの」
「まさか・・・信じられない」
「そんな修羅場を潜り抜けた人だから、それぐらいはやろうと思えばできるのよ。でもね、やった後にすごく後悔してカズ君の下から去ろうとしたの」
「どうなったのですか」
「自分は売女同然の心も体も穢れた女だって、全部洗いざらい告白したのよ」
「そんなことを話したら・・・」
「そうなのよ。シオリちゃんにしたらサヨナラ宣言だったのよ。シオリちゃんじゃなくてもそうなるよ。そしたらね、思いっきり怒られたって。それこそ空気がビリビリ震えるぐらいだって言ってた。カズ君はね、
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『それがどないしたん言うんや。百人寝ようが、千人寝ようが、風呂入って洗たらしまいや。けったくそ悪い、今すぐ全部取り消せ、今すぐや』
ここまで言い切って、自分を信じて頼れって、なにがあっても守ってやるってね。これ聞いた時に羨ましかった。そこまでカズ君に言ってもらえるんだって。コトリには言わなかったものね」
「でも、それは・・・」
「わかってるよ。当時のコトリには言う必要がなかったからね。でも、今言ってもらえて感動しちゃった。きっとシオリちゃんもこんな感じで言われたんだろうなって」
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「ミサキちゃん手伝ってくれる」
「もちろん喜んで。ミサキの命と引き換えにしてもコトリ部長を甦らさせてみせます」
「そこまで無理しなくてもイイよ。カズ君に殆ど癒されちゃったみたいだから」
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「さすがはコトリちゃんや。前はキツイことを言うてゴメン」
「ううん、カズ君に感謝してる。どこかでこれを返せる機会があることを祈ってるわ」