女神の休日:ニンフルサグ

 ユダとの話し合いを終りシュテファン大聖堂を出た社長と副社長は無言でした。やがてシュタットパークのベンチに座り、

    「ユッキー、ホンマにあんな術が残ってるんやろか」
    「わたしも術自体が具体的にどんなものかは知らないの」
    「主女神は知っとったんやろか」
    「聞いた事あるけど、使う必要もないから覚える必要もないって」

 ここでミサキが、

    「ニンフルサグはそこまで強力なのですか?」
    「それも知りようがないところがあるのだけど・・・」

 ニンフルサグはシュメールの始原の四柱の一つとされます。ちなみに四柱とはアン、エンリル、ニンフルサグ、エンキになります。ニンフルサグは『天における真の偉大なる女神』とまで呼ばれています。

    「シュメールの神々として記録されているものが、すべて神であった訳じゃないのよ。たとえばエンリルの妻とされる大気の神のニンリルは人だし、海の女神のナンムは実在すらしない。でもニンフルサグは実在の神であった可能性が高いのよ」
    「でもあれから何千年・・・」
    「ユダはアンもエンリルもエンキも、すべてイナンナが殺したとしてたわ。でもね、ニンフルサグについては触れなかった」
    「だからもっと早くに死んでたんじゃ」
    「そうかもしれないけど・・・」

 ユッキー社長は、

    「コトリ、悪いけど、アイスクリームかなにか買って来てくれる」
    「よっしゃ」

 そこから物思いに耽っていました。にしてもユダも言ってましたが、さすがは大神官家の娘であり、筆頭女官です。こんなものをリアルタイムで覚えているのは社長と副社長とユダぐらいです。

    「コトリ副社長も言ってましたが、本当に死んでいた神が復活したのでしょうか」
    「術が本当に使えれば可能だけど・・・」
    「でもその術はかけた方も死ぬって」
    「イナンナに使った方はね、でももう一つエンキドゥに使った死者復活術があるのよ」

 そこにコトリ副社長がアイスクリームを持って御帰還。

    「バニラとチョコとストロベリーがあるけど、どれにする」
    「私はバニラ」
    「ミサキはストロベリーで」

 チョコアイスをしゃぶりながらコトリ副社長は、

    「ま、ユダはエレシュキガルの死者復活術の可能性を考えてるみたいやけど、今の問題はそこやなくて、ナルメルの神の強さがどうかでエエと思うわ。復活であろうと、生き残りであろうと邪魔なものは邪魔」
    「そうね、災厄の呪いだってユダに通用していないのはわかったし」
    「ミサキはだいじょうぶでしょうか」
    「たぶんだいじょうぶよ。ミサキちゃんの力自体は結構強いのよ」

 そう言われても魔王には手も足も出なかったし。ミサキの神としての強さは未だによくわかりません。

    「加納さんも計算の内ですか」
    「ミサキちゃんも鋭いね。たぶんないと思うけど、最後の保険みたいなもの」
    「使ったりしたら、カズ坊も悲しむ事になるしね」

 これも不思議と言えば不思議なんですが、社長も副社長も独身です。なかなか釣り合いの取れる相手がいないと言えばそれまでですが、あれだけ男を探し回って、ユッキー社長なんて男の噂一つありません。コトリ副社長も立花小鳥になってからは柴川君だけだったはずです。

    「山本先生って、そんなにイイ男だったのですか」

 コトリ副社長は懐かしむように、

    「そう世界一イイ男。エレギオンの四女神が競ってたぐらいだったからな」
    「え、え、えぇ、四女神ってシノブ専務までですか」

 そしたらユッキー社長が、

    「あれはアクシデントだよ。だから修正しといた」
    「ユッキーはコトリまで修正したやんか」
    「しょうがないでしょ、コトリもカギがかかってたし」
    「そうやった・・・ユッキーも百日やったし」

 この辺の事情はなんとなく聞いたことがあります。

    「どこがそんなに良かったのですか」
    「ミサキちゃん、見てもわからへんかな。シオリちゃんの幸せそうな顔だけで十分やと思うで。女神は幸せであれば、ドンドン幸せな顔になるんよ。ミサキちゃんもそうやで」

 まさか未だに引っ張ってるとか、

    「ユッキーはあるんじゃない」
    「まあね、木村由紀恵時代は結局カズ坊一途だったし、あれだけ純粋に恋を楽しめたのは久しぶりだったし」
    「あっちも良かったんじゃない」
    「そうなのよ、あの『満足できる想い』に、御丁寧に不感症まで入ってると思わなかったもの。四百年ぶりに燃えられたよ」

 やばい、ここから雪崩れ込むように山本先生とどれだけ燃えたかの自慢話が延々と、

    「・・・でもコトリは旅行の時だけでしょ」
    「まあそうやねんけど、あの頃のコトリは不感症気味やってん」
    「コトリが・・・まさかウソでしょ」
    「ホンマ、ホンマ。小島知江で初めて燃え尽きたんがカズ君の時なのよ」
    「それは、よほど小島知江が重度の不感症だったんじゃないかしら」

 あのぉ、ここは真昼間のウィーンの公園のベンチなんですけど。

    「そやから初めて昇りつめた時は信じられへんかった」
    「わかるわかる、わたしなんて訳わからなくなったもの」
    「それが一度じゃないもんな」
    「コトリもウエーブになったの」
    「なったなった、台風みたいやった」

 たく日本語だからイイようなものだけど、

    「そういえばユッキーはカズ君の中で感じてたんやろ。男ってどうなん」
    「うん、射精する時の感じはマアマアだけど、あそこ一点みたいなものじゃない」
    「やっぱり、そんな感じなんや。男はツマランな」

 もうなんちゅう話を白昼堂々と、

    「それでシオリちゃんはどんな感じだった」
    「凄いよ、わたしもあんな顔してるんだとわかった気がする」
    「あの瞬間の自分の顔なんか見ることないもんな。コトリもさすがにビデオに撮って見たことあらへんわ」
    「そうでしょ、わたしもないの」

 あのねぇ、AV女優だってプライベートの時にビデオを撮ったりしません。

    「昇り詰める時ってね、すっごく苦しそうな顔になっちゃうの」
    「それ、わかるわかる」
    「本当に苦しそうで、耐えに耐えてるって感じ」
    「そこから、ぐわっとすべてを突き破るように来るんや」
    「絶叫してのけぞってさ、その後にトロンと緩み切った顔になっちゃうの」

 そこまで細かい描写までせんでエエやんか、

    「でもカズ君なら一回ってことないよね」
    「そうなのよ、そこからね、次のが」
    「そう、うわっと来るのよね」
    「そこそこ、そこから次のが来る時の感じが」
    「たまらないのよね。シオリなんて半狂乱になるわよ」

 エエ加減にしやがれと思ってたら火の粉がこちらにも、

    「ところでミサキちゃんとこは・・・」
    「放っておいてください」
    「もしかして倦怠期」
    「ちがいます」
    「じゃあ、今でも毎晩」
    「そんなにしてません」

 結婚してからもう二十三年ですよ。歳だってマルコは五十代も半ば。そんなに毎晩フルタイムでやったらマルコの寿命が縮みます。神であるデイオルタスですら、コトリ副社長相手の時はバイアグラまで使ってるんですよ。そうしたら二人で声をそろえて、

    「とにかくミサキちゃんは激しいからね」
 あんたらにだけには言われたないわ。