女神の休日:シュテファン大聖堂での神の会話

 翌日は三人連れだってシュテファン大聖堂に。ここはウィーン大司教区のカテドラル。今日は朝からミサが行われるので出席しています。ミサキはマルコと結婚した時にカソリックに改宗していますが、お二人はどうかと思ったのですが、

    「なに言ってるのよ。ミサキちゃんも含めてシチリア時代はルチアの天使やってたのよ。バリバリのクリスチャンじゃない」
    「もっとも最後は魔女として火炙りにされてもたけど」

 それはそうだけど、まあいいか。ミサが済んだ頃に助祭の一人がミサキたちのところに来て、

    「エウスターキオ枢機卿がよろしければ、少しお話をしたいとのことです」

 案内されて部屋に入るとユダがいた。今日は本職なので赤い枢機卿の正装、なかなかの恰幅です。ミサキたちはクリスチャンとして枢機卿への挨拶を行い、ユダは助祭を下がらせました。

    「ユダ、わざわざ足を運ばせて悪かったな」
    「ここはちょこちょこ来るからな」

 神の会話が始まった。

    「ユダ、なぜナルメルをカードにしない。やはりお前のカードか」

 ユッキー社長、いきなり切りこんじゃった。

    「私のカードじゃない。エレギオンの女神との対決は命懸けだし、それをして得られるメリットは乏しすぎる」 「では、なぜ取り込まない」

 ユダはこちらの手の内を考えてるのかも、

    「理由は同じだ」
    「教えるつもりはないか」

 ユダは少し含み笑いをして、

    「まあいい。とりあえず宇宙船団騒ぎの時には世話になった。あれが神戸で助かった。ローマに来られたら、あれだけスムーズな対応は無理だった」
    「ユダがやれば良かっただけだ」
    「枢機卿が世俗に関わる訳にはいかない」
    「表に出たくないだけだろう」

 どこまで本音なんだろう。

    「イエスはエンメルカルか」
    「違うと思うが、エンメルカルを見たことがない。先に言っとくがルガルバンダもギルガメシュもエンキドゥも直接見たことがない」

 ユッキー社長はニコッと笑って、

    「アンは見たことがあるか」

 ユダは意外なことを聞くと言う顔で、

    「当然ある」
    「アンでもないのか」

 ユダは笑い出し、

    「首座の女神は見たことがないから、そんな事が言えるが、アンの力からみると私如きでは使徒の祓魔師にも及ばない」

 天の神アンって、そこまで飛び抜けて強大だったんだ。

    「エンリルとエンキはどうなった」
    「わからん。いなくなったとしか言いようがない」
    「イナンナじゃないのか」

 ユダは『ほぅ』と言う顔になり、そこからじっと考え込んで、

    「エンリルとエンキはイナンナにやられた」
    「アンもだろう」

 ユダは笑い出し。

    「今でも信じられないが、そうらしい。どんな手段を使ったのか皆目見当もつかんが、アンはイナンナにやられた」
    「なぜ大洪水後にイナンナの時代にならなかった」
    「なると思ってたが、ならなかった。理由はあえて言えば気まぐれ過ぎたと考えてる。暴れ回る時期と、じっとしている時期が周期的にあって、アンのように安定して君臨することがなかった。イナンナが暴れた時に逃げ回るのは大変だったが」

 これは社長と副社長が分析していたイナンナ像に近いけど、どこまで本当なんだろう。

    「ユダよ、話してくれても良いだろう。せっかく、先にやってやろうとヨーロッパまで来たんだぞ」
    「余計なお世話と言いたいが、正直なところ感謝はしてる。もっともやられれば次は私だが」
    「逃げれば良いではないか」

 そこに修道士が紅茶を持って入って来たのでしばし中断があって、

    「ネクロマンサーを知っておるか」
    「死人占い師のことか」
    「字義的にはそうだが、オカルト的には死者復活術も指すことがある」
    「ユダはできるのか」
    「イエスはできた」

 ここでコトリ副社長が、

    「まさか神の復活術・・」

 ユダはコトリ副社長の顔を見つめながら、

    「イナンナは話さなかったか」
    「詳しくはな」
    「まあそうだろう。イナンナに取っての屈辱体験だからな」

 ユダは椅子を座り直し、

    「そういう術が実在し、かつては実際に使われていたのは間違いない」

 ユッキー社長の顔色が少し曇っているような、

    「エレシュキガルの復活の術か」
    「さすがは大神官家の娘であり、筆頭女官だけのことはある。良く知っていたな」
    「あれは禁断の術だ。死者復活術といいながら、術者の生命と引き換えにするものだ。これを行ったドゥムジは死んだ」

 部屋の中を沈黙が覆います。ユッキー社長の声が震えているような、

    「あの術が現代でも生き残ってると言うのか」

 ユダはおもむろに違う話を始めます。

    「ヴァチカンにマウントカルメル・ラザロ騎士団からの使者が来た。内容は一七七二年に教皇が取り下げた認可の復活であった」

 ヴァチカンにもマウントカラメル・ラザロ騎士団の使者が来てたんだ。

    「もちろん騎士団の承認だけではなく、現在の騎士団員への騎士身分の一括授与も要請しておった。その手の要請はたくさん来るので、もちろんいつものように門前払いにしたのだが・・・」

 騎士団からの要請は執拗にあったそうなのですが、応対したヴァチカン職員が次々に大きな病気や大怪我になる事件が起こったそうです。そこでユダが対応に出てみたそうです。

    「ユダも仕事熱心だな」
    「まあ表の本業だし、職員が怖がってしまってな」

 ユダも、もちろん却下にしたそうですが、

    「驚いたよ、災厄の呪いが降って来たんだ」

 もちろんユダに通じるはずもありませんが、

    「あの術だが、使える神が限られてる」
    「それは、もしや・・・」
    「そうだ、あれを使える神はイナンナを除けば一人しか思い浮かばない」

 ユッキー社長は呻くように、

    「ニンフルサグ・・・」