サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂はローマの四大バジリカの一つとされ、ラテラノ宮殿が隣接している。ヴァチカンの外にはあるけど、まあヴァチカンの飛び地みたいなところでイイと思う。
ラテラノ宮殿は四世紀初めから千年に渡って教皇の宮殿として使われてた。まさか首座の女神が訪れることになるとは感慨深いわ。ここはルチアの天使にとって敵の大本営みたいなところ。
シチリア時代はここから使徒の祓魔師が派遣されてたはず。使徒の祓魔師の目的はルチアの天使の排除。真の目的は聖ルチアが隠し持ってると思いこまれていたオリハルコン、つまりプラチナの奪取。
そいでもってヴァチカン側の司令官がイスカリオテのユダ。もっとも当時はそこまでお互いに知ってた訳じゃなく、断続的に襲ってくる使徒の祓魔師をコトリと二人で始末してた。そうねぇ、特撮シリーズで現れる怪人をやっつける正義のヒーローみたいな役かな。向うから見たら違ったろうけど。
最後の使徒の祓魔師が現れたのが千年前だったかな。ラテラノ宮殿もクレメンス五世がアビィニヨンに移ってから荒廃し、さらに火事が起って建て直されてるから当時と同じじゃないけど、そこをルチアの第一の天使が訪問するとは時代も変わったもの。
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「どうぞこちらへ」
来意を告げると案内されたんだけど、
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「ウルジーノ猊下、本日は教皇聖下の特別の思し召しにより御許可を頂き恐悦至極でございます」
「では案内しよう」
宮殿の奥深くに入り、やがて目の前には大きな扉が。ウルジーノ枢機卿は、
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「ここから先は教皇聖下の許可を得たものしか入る事は叶わぬ」
クラシックなカギで扉を開けて枢機卿と二人で扉の向こうの長い廊下に、
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「ユダよ、ここもだいぶ変わったのか」
「ああ、火災のためにほぼ建て直してかなり小さくなっている」
「ここは焼けなかったのか」
「焼けたよ」
「文献や資料は」
「アビィニヨンに持って行ってたから無事だった」
教義の分析のために他の宗教の資料が大量に集められ保存されている。キリスト教の布教のために他の宗教の教典とかを焼いたりしているが、実は殆どはここに保存されているとも噂されている。
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「それにしてもユダ自ら案内とは恐縮するな」
「恐縮じゃなく緊張だろう。それは私も同じだ」
ユダを以てしてもこの部屋への入室許可を取るのは大変だったようで、ようやくユダことウルジーノ枢機卿の監視の下での閲覧が許可されたぐらいのようだ。
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「こんなところで首座の女神とやりあう羽目になったら、どちらかが必ず死ぬからな」
「殺伐としておるな。密室でこんな可愛い女の子と二人きりだぞ。デート気分ぐらいになれぬか」
「世界一危険なデートだな。それにこれでも聖職者だ」
まあ、わたしもかなり緊張してる。一瞬の油断が生死を分けかねないもの。
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「長いデートはお互いの精神衛生上よろしくないから、少しお手伝いしよう」
「それは助かる」
これは掘り出し物があるかもしれない。ユダが手助けをするという限りは隠したいもの、見せたくないものがあるはず。でも、それをどうやって見つけるか。
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「どうせ信用していないだろうが、首座の女神が求めるものはここにはない」
「それはわたしが決める」
「悪いが今日だけだぞ」
正直なところ、これだけの文献や資料の中から欲しい情報を見つけ出すのは難しい。ましてやユダの監視下でだよ。ユダも妨害するだろうし、そもそも、もう他の場所に移しているかもしれない。開き直るか。するとユダが、
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「首座の女神には見えるか」
「なにをだ」
「このユダさ」
何が言いたいのだ。見えるに決まってるが、
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「今日は信用しても良いのじゃないのかな」
こ、これは迂闊だった。
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「もうそこまでか」
「大変だ」
「だろうな」
ここまでイエスの力が増大しているのか。
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「どうなる」
「わからん。取って代わられても不思議ない」
「新キリスト教でも始めるか?」
「趣味じゃないが、やりかねない」
ユダはある部屋に案内した。質素だがソファもあり応接室風になってる。
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「ユダよ、今日は信用しよう」
「何が聞きたい」
「誰なんだ」
ユダは少し間を置いて、
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「共益同盟の本部跡に行ってみた」
「ご苦労様なことだ」
「そこにあった」
まさか、
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「それはエンキドゥの秘法の跡か」
「さすがに察しが良い。実物は初めて見るが、伝えられる通りとしてよい」
「ユダは知っておるのか」
「さすがに知らない。しかし研究していた時期があった。お互い時間だけは売るほどあるからな」
あの秘法は知る限りエンキドゥのみに行われたはず。
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「エンキドゥが行ったのか」
「あの術はエレシュキガルの内部から使うのは無理だ。基本は外部から作る脱出口みたいなものだからな」
「となると太陽神ウツなのか」
ウツの系譜は伝承によるとエンメルカルに伝わり、さらにルガルバンダ、ギルガメシュと続くはずだが。
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「首座の女神はエレギオンに移住したから知らぬのは無理ないが、シュメールから神は去って行ったのだ。それがシュメールの王朝の終焉の原因の一つだ。私もパレスチナに動いた」
「ではウツはラーに」
「そういうことだ」
まさか、
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「ならばクレオパトラもウツか」
「それはクレオパトラを見たことがないからわからない。たぶん違うと思うが・・・」
ウツはアッカド神話では男神となっているが、本来は女神。もっとも男性に宿主を乗り換えた可能性はある。
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「話を戻すが、ウツがエンキドゥの秘法を使えるとして、誰を助けたのだ」
「それが問題だが、残念ながらわからない」
ホントかな。
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「今言えそうなのは、ウツは生きている。さらにウツは誰かをエレシュキガルの冥界から助け出している。エンキドゥの秘法ではエレシュキガルの軛は外せないが、無くなってしまったと見ることは可能だ」
「アンはどうなのだ」
ユダは思い出すように、
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「アンはイナンナにやられた。聞きたいのはアンが取り込んでいた神々であろうが、首座の女神が想像している通り、多くは甦った。甦ったが・・・」
「甦って、どうなった」
「短期間の内に消えた。エレシュキガルが動いたのだ」
ちょっと待て、そうなると、
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「だからシュメールから神は去ったと言うのか」
「私はそうだった」
ユダは笑いながら、
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「エレシュキガルは強大だった。エレシュキガルを倒すには外部からでは不可能とされ、内部からのみ可能とされていた」
「だからイナンナも、エンキドゥも」
「あの二人が敗れてから無敵と見なされていたが、まさかやられるとはな」
ユダは時計を確認し、
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「悪いが時間だ。本を読んでもらえなかったことを遺憾とする」
「どうするのだユダ」
ユダは笑いながら、
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「生き残って見せるさ」
「逃げるのか」
「そうしたかったが、イエスが許してくれそうにない。また会える日を楽しみにしている」