女神の休日:フォトグラファー

 強引に猥談に持ち込まれて辟易していたら、

    「すみません、日本の方ですよね」

 あれ、これは日本語、顔を見ても日本人。

    「大変申し訳ありませんが、今から少し撮影をさせて頂きたいので、その間だけ、席を移動して頂けませんか」

 なるほど、ヨハン・シュトラウス像の前で撮影ってことか。あれ、スタッフのTシャツには『オフィス加納』って書いてあるってことは、

    「加納さんも来られてるのですか?」
    「はい、加納も、程なく挨拶に伺わせてもらいます」

 さすがはオフィス加納のスタッフ。しつけが違うと思いました。以前に似たようなシチュエーションで、

    「そこの人、撮影の邪魔だから、どいて、どいて」

 こんな感じで邪険に追っ払われています。あの時はテレビの収録だったけど、哀れ番組ごと消滅しています。エレギオン・グループを敵に回すようなテレビ局はいないですからね。撮影の邪魔にならないところに移動したところに、

    「なんだ香坂さんじゃありませんか。社長や、副社長まで。これは申し訳ありません。世界のスーパーVIPに移動をお願いしてしまって」
    「お気になさらないで。世界一の写真家の芸術のためへの協力ですから」
    「もう、世界一の写真家はやめて下さい」

 へぇ、モデルは藤崎望なんだ。この子も今が旬の売れっ子。グラビア撮影かな、それとも写真集でも出すのかな。手際よく撮影が進められ、

    「御迷惑をおかけしました」
    「ウィーンで仕事だったのですね」
    「まあ、プリンセス・オブ・セブン・シーズが行きがけの駄賃、ウィーンが帰りがけの駄賃みたいなものです」
    「今日は泊りですか」
    「ええ、アリオン・シティー・ホテルに」

 加納さんにしてはと一瞬思いましたが、スタッフも同宿するとなると、そうなるかもね。そこにユッキー社長が、

    「宜しければ、ディナーを御一緒しませんか」
    「こちらが御迷惑をおかけしてるのに」
    「そりゃ、世界一の写真家と一緒に食事をさせて頂ければ、孫子の代まで自慢できますし。ミサキちゃん、悪いけど打ち合わせしといてくれる」
 珍しいな。加納さんもエレギオン・グループの仕事があり、社長や副社長も軽く挨拶ぐらいした事はありますが、それ以上の関与は避けられています。旧知とはいえ前宿主時代のことで、今さら顔を出すと話がややこしくなるのはわかります。

 ところが今回の旅行では、積極的に関与しようとしています。これは共益同盟の神があまりにも強大であった時の最後の手段として、加納さんに宿る主女神を目覚めさせる、さらには五千年の時を越えて合流するための下準備だと考えています。

    「社長、二〇時で約束させて頂きました。アンナ・ザッハーでも良かったのですが、二日続きになりますからプラフッタにしました」
    「ターフェルシュピッツね」

 ウィーン料理と言えばウィンナ・シュニッツェルが有名ですが、ターフェルシュピッツも伝統的なオーストリア料理です。その専門店としてプラフッタは有名です。コトリ副社長が、

    「プラフッタのターフェルシュピッツも久しぶりやな」

 とにかく時差ボケが持病みたいなコトリ副社長ですから、ウィーンに前に来たのは何年前だっけ。あの時も出発前に大騒動があったもんね。危うく女神の喧嘩になりそうだったのですが、

    「でもコトリ、ターフェルシュピッツが食べられるよ。それも世界一のお店でだよ」

 これはユッキー社長がコトリ副社長を説得する時の殺し文句の一つで、食い物には弱いところがあります。お蔭でお二人の出張はグルメ・ツアーの側面が確実にあります。

    「でもシオリちゃんやったら、よう行ってるんやない」
    「それが、初めてだそうです」

 加納さんは世界中を撮影旅行で回られていますが、必ずスタッフと同宿され、スタッフと同じランクの部屋に泊られ、原則としてスタッフと同じご飯を食べられるそうです。ですから、

    「プラフッタなんてみんなで行ったら、オフィス加納が破産しちゃうよ」
 そこまでは大げさで、プラフッタは有名店ですが四十~五十ユーロ程度でしっかり食べられます。もっとも社長たちと行ったら、ウシかと思うほど飲む上に、ウマじゃないかと思うほど食べますからお値段もあがるってところです。

 値段の事はともかく、ミサキも楽しみ。プラフッタのターフェルシュピッツはそれぐらい美味しいのですもの・・・えへへ、ミサキの趣味で選ばせてもらってます。