朝風呂に入って朝食。
-
「へぇ、お粥さんなんだ」
「そうや、温泉粥やで」
「これは美味しいね」
上手に炊いてあるじゃない。お粥さんってお米を柔らかく炊き上げるものだけど、ヘタクソが作ると御飯が潰れてノリみたいになっちゃうのよ。ここのはさすがで全然崩れてなくて、お粥さんなのに御飯の一粒一粒まで味わえる感じ。
-
「コトリちゃん、今日も熊野古道を堪能するってなってるけど」
「そうや、昨日のは入門コースやし、あれじゃ歴女のコトリの名が廃る」
朝食が終わるとコトリちゃんはまたもやリュックを出して来ましたが、それだけでなく山ガールの用意一式も。
-
「靴も用意してもらってるからね」
これは旅行前に、
-
『ちゃんと履き慣らしといてや』
こういって渡されたもの。履き慣らしてコトリちゃんに渡したんだけど、結局持って来てなかったので企画の変更でもあったのかと思ったけど、予め宿まで運ばせてたんだ。
-
「かなり本格的だけど」
「そうや、これぐらいの用意はいる」
リュックも重い。
-
「ペットボトルも四本つっこんである」
こりゃ昨日どころのコースじゃなさそう。
-
「コトリ、どこ歩くの?」
「小雲取越」
これは那智と本宮を結ぶルートで、本宮側からなら小雲取越、大雲取越と越えて行くらしい。ユッキーが、
-
「距離は」
「十三キロで、六時間ぐらいで行く予定や」
「楽しそうね」
「そりゃ、もうバッチリ」
あのねぇ、八十のババアを殺す気。昨日だって七キロなのに今日は倍じゃないの。
-
「他の荷物はどうするの」
「もうすぐ来る」
なにが来るかと思ってたら宅配便。そしたらコトリちゃんは、
-
「三時までによろしくね」
「かしこまりました。責任をもってお届けさせて頂きます」
もっと変なのがどうして三人なのよ。それも若くないし、えらい恰幅。客に頭下げるのはわかるけど、あの平身低頭振りも度が過ぎてるとしか思えないわ。コトリちゃんに対する態度も異常に腰が低いけど、遅れたユッキーが荷物を持って出てきたら、いきなり上がり込んで走って荷物を受け取ってた。
-
「コトリちゃん、あれは」
「宅配便」
「それは見ればわかるけど。どうして三人も」
「そやねん。あそこまでせんでもと思うけど、東京から社長と副社長が来とった」
そっかエレギオン・グループか。そりゃ、HDの副社長からの直々の依頼だし、トップ・フォーの旅行だものね。社長ぐらい飛んできて当然か。そうよね、コトリちゃんエライんだよ、ユッキーだってそう。いやシノブちゃんや香坂さんだって、エレギオン・グループの社員からしたら雲の上の人だものね。
今日はどうやって移動するかと思ってたら、あっさりタクシー呼んでた。
-
「熊野古道の時間がかかるから・・・」
九時には小口に到着。この道はさすがに初めて。昨日のコースはメジャーだったけど、こっちはかなりディープな感じがする。他人のことは言えないけど、みんなタフ。昨日の疲れなんてどこへやらのハイキング気分がバリバリ。
-
「高校の時の宿泊訓練は遊びみたいなもんやったけど、中学のは厳しかったん覚えてる」
「コトリちゃんとこもそうだったの。うちもそうだった。なにか軍事教練みたいな」
「軍事教練は言いすぎかもしれへんけど、昔流行った新人研修みたいかな」
「そうだった、そうだった」
「私のところは・・・」
「ミサキのところも・・・」
中学の時の宿泊訓練話で大盛り上がり。桜茶屋跡を過ぎ桜峠に着くころには一時間半ぐらい経ってます。
-
「この辺でちょっと休憩」
そうしたら若い男が少し遅れて到着し、やっぱり休憩する様子。それを目ざとく見つけたのか、
-
「ユッキー、コトリが先に目を付けたで」
「なに言ってるのよ、わたしが先よ」
おいおいと思ってたら、二人そろって声をかけに、
-
「こんにちは」
「今日はどこから」
男の方も嬉しそう。そりゃ、そうだろうな。実年齢さえ知らなければ、これほどの美人から声をかけてもらって喜ばない方が不思議だもの。しばらく話をしてたけどコトリちゃんが、
-
「じゃあ、集合写真を撮るから配置について」
「それはイイけど、この並びになんか意味があるの」
「あるよ、正式の並び方なんよ」
「正式って・・・」
古代エレギオン時代の祭祀などの公式行事の時の立ち位置みたいで、主女神を中心に四人の女神が立つ位置は決まっていたみたい。そんなもんかと思ったけど、わたしが三脚を持って来ていなかったから、全員の集合写真を撮るとなると、誰かに頼まなきゃならないよね。
-
「じゃあ、星野君よろしく」
なるほど、さっきの男に頼んだのか。
-
『ハイ、チーズ』
ほぉ、サマになってるじゃない。カメラの構え方一つで腕の差はわかるけど、ありゃ、素人じゃないね。プロかどうかはわからないけど、かなりの写真好きと見た。星野君はわたしに借りていたカメラを返しながら、
-
「良いカメラをお持ちですね」
仕事の時はデジイチなんだけど、今回はリラックスして撮りたかったからライカMP。カメラ好きなら見たらわかるか。
-
「あなたも写真好きなんじゃない」
「ええ、今日もそのために」
「カメラ見せてくれる」
やっぱりデジイチ持ってるわ。
-
「ニコンのH7800は良いカメラよ」
「やっと中古で手に入れたのです」
カメラを愛おしそうにする様子が可愛い。気持ちはわかるわ。カメラ好きが欲しいカメラを手に入れた喜びはなんとも言えないものね。
-
「ホントはHfが欲しかったのですが、中古でも高くて手が出ませんでした」
「そんなに差はないわよ。このレベルになるとカメラより腕だから」
「写真に詳しいのですね」
ま、まずい、つい本業の地が。ここは誤魔化しておいた方がイイよね。
-
「理屈だけはね。カメラ女子だから」
そこからあれこれカメラ談義もあったんだけどコトリちゃんが、
-
「星野君も請川まで行くんでしょ」
「はい、そうですが」
「この道は初めてなの」
「いえ、何度か来てます」
「だったらさ、ガイド役してくれたら嬉しいのだけど」
「イイのですか。ボクで良ければ喜んで」
そうなるよね。ついでだから頼んじゃおうか。
-
「星野君って言うんだね。ついでで悪いけどカメラ係もやってくれたら助かるんだけど」
「ホントにイイのですか。でも、それをするにはライカを借りなければいけませんが」
「イイよ、つかって見て」
カメラの腕はともかくガイド役を頼んで正解だったかも。さすがに良く知ってはる。こりゃ、楽しいしタメにもなるもんね。桜峠からはダラダラ下って石堂茶屋跡まで三十分ぐらい。桜峠で時間潰しちゃったし、星野君のガイドも力が入りまくりで、もう十一時半ぐらいになってる。
-
「星野君、ここを登ったら百閒蔵だけど、お昼は上でする、それともここで早めに済ます?」
「そうですね、ここから一時間ぐらいかかりますから、お昼を先に済ませましょう」
五人は宿特製のお弁当、星野君はコンビニお握り。そしたらユッキーが、
-
「星野君、変えっこしよう」
「変えっこって言っても・・・」
「コトリのとも変えっこして」
そこまでやるかと思ってたら、
-
「ほら、ア~ンして」
「コトリのもよ、ほら、ア~ン」
あちゃ、見てられないわ。香坂さんに、
-
「ちょっと、あれは・・・」
そしたら、
-
「あれぐらい大人しいものです。あんなものでイチイチ驚いていたら、お二人のお供なんてできません」
だ、そうです。でも、楽しそう。あんな事が楽しい時代もあったものね。えへへへ、カズ君ともさんざんやったもの。そう言えばカズ君は結婚して何年しても嬉々として乗ってくれたし、
-
『ほらシオも、ア~ンして』
それにしても、昨日もそうだったけど、ピクニックで食べるお弁当って、なんでこんなに美味しいのかな。そりゃ、このお弁当は宿特製だから美味しいはずだけど、別にコンビニお握りでも別物と思うほど美味しくなるのよね。食事も終り、写真も、
-
「撮って、撮って」
で大騒ぎ。クールそうに決めてる香坂さんまでポーズ取ってるじゃない。やっと出発したのが十二時ぐらい。一時間ぐらいって聞いてたけど、途中で、
-
「撮って、撮って」
これと解説が入るものだから、百閒蔵に着いた頃には午後一時をだいぶ回ってた。
-
「これはエエで!」
「ホント、ホント、大パノラマよ。熊野三十六峰が一望じゃない」
「ユッキー、ここは東山やないで」
「だから、く ま のって言ってるじゃない」
百閒蔵から三十分ほどで松畑茶屋跡。そこからはダラダラと下って行き一時間余りで請川に到着。予定の午後三時をだいぶ上回って、午後四時に近いぐらいだったけど、歩いた、歩いた、気持ちイイ。