氷姫の恋:みいちゃん

 聞き捨てならないことを聞いてしまった。カズ坊に好きな女がいるらしい。その女の名前は高梨美似子、普段は『みいちゃん』と呼ばれてるらしい。ウチは嫉妬心を抑えきれずにこっそり見に行った。

 地味などこにでもいるような田舎の女子高生ってところ。田舎の女子高生はウチも一緒やけど、パッとせえへんカズ坊と地味なみいちゃんなら、釣り合いは取れてると言えんでもない。あかん、あかん、カズ坊はウチにとっては特別も特別、超特別なんや。

 みいちゃんはカズ坊と幼稚園から同じ、家も近所で親同士も知り合いらしい。みいちゃんの家はちょっとした資産家。高梨産業といえば、この地方ではなかなかの羽振りってところ。一方のウチは伯父さん夫婦に養ってもらっている一種の孤児。あかんて、家がナンボの物なの、孤児が悪いって言うの。ウチはウチであって、家なんか関係ないわよ。

 気づいてみれば、みいちゃんはうちのクラスによく来てる。目的は坂元の追っかけ。かなり熱中してるらしいと聞いたことがある。坂元のどこがエエのかウチにはわからんが、とりあえずカズ坊より背は高いし、足は長いし、テルミに言わせればイケメンだし、サッカー部のスターみたいなもんだし、成績だってウチに勝てないだけで優秀。

 いくら坂元には漫才なんて出来へんとイキがってみても、漫才できるよりサッカー出来る方が世間的な評価が上ぐらいはウチでもわかる。そやから坂元とみいちゃんが引っ付いてくれるのを期待しとった。そうなりゃ、カズ坊だってみいちゃんを諦めるしかなく、ウチしか見るものなくなるやん。

 ただね、みいちゃんには強力すぎるライバルがいるのよ。坂元の追っかけには、あの女神様の加納がいるの。加納は写真部だけど、坂元を被写体として追っかけてて、坂元のいるところに必ず加納がいるって感じ。もちろんミーハーしてるだけやなくて、ちゃんと賞まで取ってるからたいしたもの。

    「委員長、目が、目が」
 テルミとモモコにはウチが怖い目をしてたら注意してくれるように頼んでる。ウチが読んでいるのは明文館タイムズ。そこの一面には、
    『女神様とサッカー部の天才MFが熱愛か』
 ウチは釘付けになってもうた。
    「木村さんも坂元君好きやったの」
    「趣味じゃない」
 テルミは坂元の追っかけしてたから悔しそうだったけど、ウチはこれでみいちゃんがフリーになったのを心配してた。あの二人は電車通学で近所だから帰り道が一緒なんだ。駅からもみいちゃんの家まで同じ道だし、二人とも部活やってないから、一緒になることが多いのも知ってる。いや、調べ上げた。二人で何やら話ながら帰る姿を見て、嫉妬の鬼になったぐらいやった。

 そりゃ、幼稚園からの幼馴染だから一緒になれば話ぐらいしても不自然じゃないけど、カズ坊がみいちゃんにお熱の点が気に入らない。それも坂元が加納と引っ付いたのなら余計に気に入らない。

 なんでウチやったらあかんの、一緒に漫才したやんか。それも夫婦漫才やん。今じゃユッキーって呼んでくれるようになってるやん。カズ坊が一声かけてくれたら、ウチは必ず可愛いユッキーになれるはずやし、カズ坊の素敵な奥さんにだってなれるはず。カズ坊が甲斐性なしやったらウチが養ったる。

 みいちゃんの話を聞いて以来、ウチはカズ坊から目を離さようにしてる。いうてもウチのキャラやから、そっと付いて行く感じ。そう、そうっと、そうっと。そこでもしカズ坊が困るようなことが起れば、ユッキー様になって助けに行くつもりなの。つもりじゃなくて、助けに行ってる。そんなときにカズ坊と仲間の話が聞こえてきたの。

    「山本、そりゃ夢を持つのは勝手やけど、もう高校二年やで。もうちょっと現実見た方がエエで」
    「そうや、吉本行く言うのやったらまだ現実味があるけど無茶すぎるわ」
 どうも進路の話題の様だった。この学校は二年までは全員共通だけど、三年になれば理系文系の進路分けがあり、ボチボチどうするかの話題が出始めてる。
    「人間やってやれないことはない」
    「そりゃ、そうやけど、いくらなんでも今の成績で医学部は無理やで」
    「医学部どころか理系が無理やろ。お前の苦手科目の巣窟みたいなものやんか」
 驚いたことにカズ坊は医学部を目指すつもりらしい。こりゃ、カズ坊の仲間の言うことがウチでも正しいと思う。カズ坊はバカじゃないけど、理系科目は大の苦手。今年だって、物理はここまで欠点スレスレ。数学だって、化学だって成績低迷もエエとこやんか。医学部は甘くないのよ。

 どうしてカズ坊が医学部なんて無謀な話が出て来たか疑問だったけど、どうやらみいちゃんに絡む話らしい。これは坂元の追っかけやってるテルミとサチコから聞いたんだけど。

    「女神様と坂元君がくっ付いちゃったのはショックだったけど。追っかけ連中の殆どはあきらめてる。やっぱ、女神様には勝てないもの。でもね、みいちゃんは相当口惜しがってた。笑っちゃうけど『自分こそは』って思ってたらしい」
    「みたいだね。家に鏡がないのかと思ったもの。でも、坂元君は無理になってもイイ男は欲しいみたい」
    「そりゃ、テルミだってイイ男は欲しいけど、あんな条件、心で思っても口に出して言うなんて信じられへんかったわ」
    「そうよ、彼氏にするなら『せめて医学部に行くぐらい』ってなによ」
    「医学部行けるぐらいの男だったら、みいちゃんなんか相手にせえへんのと違う」
 女の中でみいちゃんの評判が良くなさそうなのがわかったけど、これでピンと来た。カズ坊はみいちゃんに告白したんだ。でも蹴られたんで間違いない。でも蹴られたカズ坊は蹴られた事さえ気が付いてないんだって。いや、蹴られてもしがみつこうとしてるで良いかもしれへん。

 ウチはショックやった。ウチというものがありながら、蹴られてもみいちゃんにしがみつくって言うの。そこまでウチのことを見てくれへんの。ウチだってエエ女やぞ、一年の体育祭の後には三大美人の一人としてグッズ・ショップで天使の小島と並んでパネル写真が売られとってんで。ほとんどウチのは売れへんかったんは置いとくけど。

 漫才やっても完璧やんか。席替え漫才かって全部アドリブじゃないの。あれこそ夫婦じゃなければできない呼吸よ。ウチもそうやけど、アドリブから返ってくる切り返しもわかるし、切り返し対するボケもツッコミもわかるやんか。これだけピッタリ呼吸が合わせられるのに。

 負けたくないのよ、いや失いたくないの。他の何を譲ってもカズ坊だけは譲れない。相手が加納や小島だって譲りたくないのに、ウチはみいちゃんにも及ばないの。そうしてたら明文館タイムズに衝撃的な記事が掲載されていた。扱いは地味だけどカズ坊とみいちゃんの交際記事。テルミとモモコは、

    「ふ~ん、ちょうど良いぐらいじゃない」
    「お調子者やけどパッとしない山本君と、地味なみいちゃんなら誰も文句は出ないだろうし」
 『文句はあるぞ』と内心絶叫していたけど、言えるはずもなく、
    「委員長もこれで妙な誤解を受けなくて済むんじゃない」
    「そうよそうよ、木村さんと山本君が好きあってるなんてトンデモ噂が出かけてたものね」
 誤解じゃない、トンデモでもない。ウチはカズ坊に惚れてるの。それも入学式の日からずっと。脇目なんて振ろうとも思ったことがないのよ。なのになのに誰も気づいてくれない。誰も気づいてもらわなくたって良いけど、肝心のカズ坊も気づいてくれないの。ウチは指をくわえて見てるしかないの。なんとか出来ないの。
    「委員長に釣り合う男はいないんじゃない」
    「この高校じゃ、水橋先輩ぐらい」
    「でも水橋先輩にはあのリンドウ先輩がいるし」
 水橋先輩よりウチはカズ坊が良いの。カズ坊さえいれば他は何もいらないぐらいカズ坊が良いのよ。でも誰もわかってくれない。
    「でもさぁ、テルミ。これで安心して委員長の漫才を楽しめるね」
    「そうそう」
 どうしてそれでみんな納得して終わっちゃうのよ。