氷姫の恋:二年の春

 進級すれば組替えになるんだけど、掲示板の前が騒然となってた。

    「こんな夢のようなことが・・・」
    「でも、これはいくらなんでも・・・」
    「でも現実やんか。どないなるかは怖すぎるけど・・・」
 何事かと思って確認すると、ウチは三組だったんやけど、嬉しいことにテルミとモモコも同じだった。サチコとクルミが一緒じゃなかったのは残念だけど、二人いてくれるだけでも十分や。でも、そんなことは事件でも何でもなくて、小島も加納も同じクラスやねん。そりゃ、騒然とすると思うわ。この学校的には大事件としてもイイ。

 ウチにとっても大事件が起こっていて、なんとあの人と同じクラス。夢じゃないかと思ったぐらい。どうでもエエけど坂元も同じ。何を基準にクラス分けしたかは原因不明だけど、聞こえてくるのは。

    「女神様と天使が同じクラスってことは」
    「そういうこと、夢のツー・ショットが見れるってこと」
    「休み時間はダッシュやなぁ」
    「どれだけ人が押し寄せるか想像するだけで怖いぐらい」
 加納と小島のツー・ショットか。これが見たいばっかりにうちの教師連中が一緒にした。十分あり得る事や。始業式が終り、教室に戻ると委員長選出やけど、なにか当たり前のようにウチが選出された。そして休み時間。

 ひょっとしたら全校の男子生徒が押し寄せたんやないかと思うほどの騒ぎになってもた。坂元目当ての女子生徒もいるもので、教室内は騒然てな物やなく、一歩も動けない混雑状態になった。ウチが睨みを使おうと思っても、それどころじゃない感じ。

 これは始業のベルが鳴っても続き、教師が入って来て排除してくれるかと思ってたら、教師が三脚にゴッツイ一眼レフ抱えて入って来たから、

    『あかん、しばらくはどうしようもない』
 さすがのウチでもそう思た。ちょっと感心したのは加納と小島の態度。一年からこの手の騒ぎに晒され続けてるせいか悠然たるもの。まるで追っかけ連中など眼中にないかのようにクラスメートと談笑してる。まあ、そうでもせんと暮らして行かれへんと思うけど、手慣れたものやと思た。

 当然のようにこの騒ぎはすべての休み時間に繰り広げられるんだけど、とにかく鮨詰め状態になるから、御手洗に行くのさえ大変。そりゃ、廊下までビッシリ。そんな状態だから、モモコやテルミは、

    「委員長悪い、トイレに付き合って」
    「木村さんゴメン、御手洗一緒に行って」
 ウチの睨みで道を開けて御手洗に行き、ウチの睨みで再び道を開けて机に戻る必要があったぐらい。とくに帰りが大変で、
    「割り込みはマナー違反や」
 こういう連中を睨みながら排除せんかったら、教室に入るどころか、近寄ることも出来ないぐらい。ちなみに加納や小島が御手洗に行くときは、歩き出すとすうっと道が開くのよね。こいつらはモーゼかと思たもの。御手洗に行きたい連中は、小島と加納のトイレタイムを利用する者も多い。この学校の校風だから認めないといけないのはわかっていても、生理現象まで支障が出るのはさすがに問題になったんや。ホームルームの時に、
    『トイレへのルート確保』
 これが深刻な議題になったんよ。さして良い案は出なかったけど、追っかけの入り込める範囲を制限してトイレルートをなんとか確保しようという話になった。事態はそれぐらい深刻だったってこと。これも現実にやってみると、押し寄せる人数が多すぎて、ロープを張ってウチが睨んだぐらいじゃ、どうにもならなかったぐらい。

 教師連中がようやく動いたのが六月に入ってから。教師連中も一緒になってパチパチ撮ってたけど、授業時間に十分以上は余裕で食い込むから、三組だけやなく全校の授業進行の遅れが深刻化したってところ。三組なんて悲惨なぐらいやったけど。そこで校長の決断で、

    『二年三組での写真撮影は禁止にする』
 つうか県立校やで。カメラの持ち込みがフリーな事自体がそもそもおかしいと思うけど、この決定に校長の決断が必要ってのがいつもながら摩訶不思議。これで幾分騒ぎが緩和されたタイミングを見計らって、物凄い気合入れて睨んで回って、追っかけを教室から排除していった。全部は無理やけど、かなり減らすのに成功した。そしたら小島が、
    「木村さんありがとう。これだけ静かなんは久しぶりやわぁ」
 加納も、
    「さすがは木村さんだわ。こんな事は木村さん以外には到底無理だもの」
 褒められても嬉しくない。睨むのも去年の体育祭からやめてたのよ。二度とするものかとさえ思ってたのに、トイレ行くのに必要になってもたやんか。それにこのクラスにはあの人がいるのよ。あの人の前では絶対にしたくなかったのにコンチクショウ。

 そうそうあの人とは五月の席替えで隣になったの。四月は出席番号順だったから遠かったけど、お隣さんになって天にも昇る気持ちになったんだ。ただ五月はツー・ショット狂想曲の真っ最中。委員長の仕事としてトイレルート確保に奔走してたから、ずっと怖い目のままだった。だから、

    「おはよう」
 こう声かけてもらったのに、怖い目で睨むことになってもてビビってた。ビビるのはわかるけど、どうしてこんなに間が悪いのよ。その上やけど、どうも入学式の日にぶつかった事をすっかり忘れてるみたい。ウチがこれだけ恋い焦がれてるのに、どうして覚えてくれてないのよ。五月はロクロク話も出来ずに終わってしまった。

 六月の席替えはなんの奇跡か今度は前後だった。この世に神はいると思ったし、きっと縁があると確信したぐらい。その時の席替えに一悶着が起ったの。席替えは箱に入れた数字が書かれた紙を引き、廊下側から順番に割り振った席に座るだけだったんだけど、仲良しグループが一緒になるために引いた紙の交換をやったのよね。

 やり方が強引だったのでホームルームで問題になったのだけど、ウチが解決策を考えたの。数字を書いた紙を引くとこまでは同じでも、席をランダムにしたうえで、翌朝にウチが貼りだし、ウチが見ている前で座ってもらうことにしたの。これだったら、紙の交換に意味がなくなるし、公平性が保てるって提案で賛成してくれた。

 この時にウチは閃いたの。利用しようって。番号を引いた後にあの人にさり気なく・・・でもなかったけど、

    「何番だったのだ」
 あの人のノリは軽いから、
    「十七番や」
 ランダムに数字を割り振るのは乱数を使ってたけど、ウチがその人の前後左右になる組み合わせを見つけだし貼り付けることにした。これでウチが委員長をやってる限り必ず席は前後左右になる。偶然だけに頼っていたら、あの人に近づけないもの。あの人は運命の人、この一年が勝負よ。