カズ坊の状態はホンマに悪かった。ウチがICUに籠りきりになってる時に、うちの救命救急センター主催の勉強会があったのよ。そこには加賀教授も来てた。ただウチが出てなかったのを不審に思ったらしく。
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「木村先生は」
山川先生は言いにくかったみたいで、
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「ちょっと重症患者に手を取られて・・・」
そうしたら教授はいきなり席を立ちICUに来たみたいなの。他の病院の患者だからホントは良くないと思うけど、そんなことは頓着しない人だからカルテと経過をチェックして、
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「なるほど顔を出せない訳だ」
それだけ言って帰ったみたい。後日に医局に顔を出した時に赤城准教授に聞いたんだけど、
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「教授に聞いたけど、さすがは木村先生や」
さてカズ坊に会いにいくか。もちろんウチはそのまま主治医。カズ坊はICUで包帯人間みたいになってる。
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「まだ生きとるか」
「オマエの腕が悪いから痛くてしょうがないわ、ホンマに治しとんかいな」
「そんだけ憎まれ口を叩けるんやったら順調やな。山本センセイ」
「マジメにやってや、木村センセイ」
その後に二人で口をそろえるように
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「だから『センセイ』はやめろって」
横で看護婦が肩振るわせてるのが見える。そう回診の時は毎度この調子。ウチはユッキー様やってる。そりゃ、ウチも可愛い女したかったけど、今はユッキー様でいるのがカズ坊のためには絶対良いはず。今のカズ坊の状態の辛さは手に取るようにわかるもの。
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「で、どうなん」
「とりあえず動けるようになるまで三か月」
「けっこうかかるな」
「そこからリハビリ三か月」
「ほんじゃ、半年か」
「運が良ければな」
運が良ければやないで、必ず間違いなくそうしてみせる。これだけの怪我やから後遺症は心配やけど、まかせときカズ坊、このユッキー様が後遺症なんか1グラムだって残すものか。
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「運が悪かったらどうなるねん」
「そんなもん一生寝たきりに決まってるやんか。ウンコとションベン垂れ流しで一生終るんや。ハハハハ、ざまぁ見ろ」
カズ坊、気力や。絶対に気が萎えたらアカンねん。カズ坊だって頭でわかってると思うけど、こんな状態になったら挫けそうになってしまうのはウチもよう知ってる。
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「まあ、お前は悪運の塊みたいな奴やから、ひょっとしたら寝たきりにならへんかもしれんで」
「後遺症は?」
「ウチが主治医やで、運命と思って絶望に浸っとれ」
カズ坊が大変なのはそれだけやあらへん。ウチも天涯孤独みたいな物やけど、カズ坊もそう。カズ坊の御両親はカズ坊が大学の時に亡くなってるねんよ。なんかウチのお父さん、お母さんが亡くなったのと似てるけど、なんでそんなしょうもないとこだけマネするねんよ。そのうえやで、ウチも一人っ子やけど、カズ坊も一人っ子、さらに叔父さん、叔母さんみたいなものまでおらへんのも同じ。
こんだけ重症の時には誰かに支えてもらうのは大事なことやねん。優しく慰めてくれる人がいるだけで違うんよ。普通やったら家族がやるんやけど、カズ坊にはおらへん。そやからこそウチが頑張らなアカンってこと。
ウチはわかった気がしてる。この病院に来た意味が、アメリカに残らず日本に帰って来た意味が、医学部を目指した意味が、明文館の入学式でカズ坊にぶつかった意味が、全部今のためにあるんだって。そのためにウチは今日まで生きて来たんだって。
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「今日はもう寝ときや」
「おっ、優しいやん」
「こんな楽しいオモチャが死んじまったらツマランからな」
「それはお手柔らかに」
頑張れカズ坊、一人やないで。
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「ところでユッキー、相談やねんけど、ボクは独り身やから困ってることがあって・・・」
わかっとる、わかっとる。言われんでも全部やったる。このユッキー様が付いてるんや。そんなん言われんでもバッチリやったるわ。
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「ウチは忙しいんや。お前のお世話係なんてやる間なんか一秒もあるかい」