女神伝説第3部:龍すし

 コトリ専務に連れられて来たのは龍すし。グルメ雑誌とかでは見たことがありますが、予約を取るのも困難とされている名店です。

    「コトリ専務は来たことがあるのですか」
    「うんにゃ、コトリも初めて」
 格子戸を開けると女将さんが出迎えてくれたのですが、
    「冬月さまのお連れ様ですね・・・」
 そこまで言った後になぜか不思議そうな顔をされました。コトリ専務が、
    「どうかされましたか」
    「いえ、なんでもありません。失礼しました」
 女将さんも綺麗な方です。歳の頃なら四十ぐらいでしょうか。今でも十分すぎるぐらいお綺麗ですが、若いころはさぞかしと思わせます。店に入ると冬月さんは既に待っておられて、
    「お待たせしました」
    「ボクも来たばっかりだよ」
 冬月さんと大将は知り合いみたいで話が弾んでいました。聞いていると驚いたことに冬月さんは高校時代に野球部にもいたそうで、それも県大会の決勝まで進まれたそうです。
    「あははは、水橋におんぶに抱っこで連れて行ってもらっただけだよ」
    「そりゃ、言い過ぎだよ。冬月はトップバッターで名ショートやったんや」
 聞くとここの大将がエースで、それはそれは凄いピッチャーだったとのことで、プロにも行って新人賞も取ったそうです。しばらく冬月さんと大将は高校時代の思い出話に花を咲かせていましたが、
    「ところで冬月、そこの方なんやけど、どうみても天使の小島の若いころにソックリやねん」
 そこに女将さんも、
    「出迎えに出てビックリした、ビックリした。ひょっとして小島知江さんの娘さんではありませんか」
 コトリ専務はビールを片手にニコニコ笑いながら、
    「いやですわ水橋先輩、リンドウ先輩。お世辞も過ぎると嫌味ですよ。私はコトリです」
 唖然とする大将と女将さんでしたが、そこに冬月さんが
    「水橋とリンドウ君を驚かすために連れて来たんだけど。その前にボクがビックリしたんだよ。クレイエールが病院でチャリティをやりたいから協力してくれと小島君から連絡があって、打ち合わせのために会ったんだけど、名乗られても信じられなかったんだ」
 だろうなぁ。コトリ専務はどう見たって二十代半ば過ぎです。そこで大将が、
    「小島は専務か。凄いもんだな。隣の方は秘書さんかい」
    「水橋先輩、こちらは香坂岬さん、ジュエリー事業部副本部長兼総務部長です」
    「ふぇぇぇ」
 さらに歳も聞かれて大将も女将さんも口をあんぐり開けておられました。
    「カオルも歳より若く見えるのがワシの自慢やが、香坂さんや小島となると桁が違うわ」
 その瞬間に女将さんの張扇が大将の頭に炸裂していました。というか、どうしてこれほどの超高級店に張扇が出てくるのかは謎でした。それも超が付く大型。
    「小島さんや香坂さんと較べんといて」
 やがて話は今日のコトリ専務の歌になりましたが冬月さんは、
    「音楽をやってきて今日ほど驚いたことはなかった。小島君の歌の伴奏が出来なくなってしまったんだ」
    「へぇ、冬月でも弾きにくい曲やったんか」
    「そうじゃないんだ。どう聴いてもボクの伴奏がノイズにしかなってないんだ。あれ以上は弾くのは無理だった」
    「そんなに凄いんか・・・譜面あるか」
 大将はチラッと見て、
    「そんなに難しないな」
    「そうなんだよ。見たときは楽勝と思ったし、アドリブ混ぜてもイイぐらいに思ってた」
 大将は腕を組んで
    「小島、聴かせてくれへんか」
 女将さんも、
    「ウチも聴いてみたいわ」
 それは無理だと思ったのですが、
    「母校の英雄の水橋先輩とリンドウ先輩に頼まれるなんて光栄です」
    「悪いな無理言うて。ピアノ出すのは大層やから、ギターで伴奏してエエかな。オレも試してみたい」
    「どうぞ。水橋先輩に伴奏してもらえるなんて夢のようです」
 えっ、歌うのと思っていたら、大将がギターを持ちだしてきました。サッとチューニングをされています。それにしても、ここの大将だけど譜面をチラッと見ただけで覚えたてしまったんでしょうか。さらにあれはピアノの譜面ですから、ギターにコードに瞬時に置き換えないといけません。
    「小島、いつでもエエで」
 コトリ専務はすくっと立ち上がり歌い出しました。ギターの伴奏も完璧です。しかし大将も途中で伴奏をやめてしまいました。曲が終わった後、しばらく沈黙があり、
    「冬月、なるほどや。こりゃ楽器が邪魔や」
    「わかってくれたかい」
    「それにしても凄い歌や。オレでもああは歌えん」
    「水橋でもか」
 ここも、もう少し聞くと、水橋さんは野球部のエースだったのですが、とにかく何であれ、見ただけで、すぐにほぼ完璧に出来てしまう怪物のような人だとのことです。ギターだって、ピアノだって見ただけで覚えてしまったそうです。冬月さんに言わせると、そこまで何でも出来る水橋さんでも、お手上げになる点に感心されてるぐらいでしょうか。
    「小島、そういえばだいぶ前やけど加納も来たことがあるんや」
    「山本君と一緒にですか」
    「そうや、加納も歳取らんのに驚いたけど、小島はそれ以上やな。やっぱり、女神様と天使は別格や。天下無敵のカオルでも勝てそうにないわ」
 再び女将さんの超大型の張扇が大将の頭に炸裂していました。それでもコトリ専務の歌をもう一度聴けたし、こっそり冬月さんのサインをもらえたし、お鮨は美味しかったで、楽しい夜になりました。帰りに小島専務に、
    「あそこで歌われたのは意外でした」
    「あれ、あの頃の明文館を知ってる人間ならね。水橋先輩とリンドウ先輩がどれほど偉大な人か、どれほど尊敬と憧れを集められていたことか」
    「それほどだったのですか」
    「大げさじゃなく全女子生徒が水橋先輩に憧れ、全男子生徒がリンドウ先輩に恋してたよ。コトリだって、シオリちゃんだって例外やないのよ。お二人が校内を歩かれるだけで大騒ぎなんてものじゃなかったのよ」
    「そんなに・・・」
    「文字通りの母校の英雄、お顔を見るのはお二人が卒業されて以来だけど、コトリも感動しまくりやった。あのお二人に頼まれたら歌ぐらい喜んで歌うわ」
    「でも、コトリ専務も加納さんも、そうだ、そうだ、ユッキーさんもおられたんでしょ。当時の加納さんには女神がいなかったにしろ、首座と次座の女神を宿す二人より女将さんがもっと素敵なんて・・・」
    「ミサキちゃん。神を宿すことで宿主である人としての能力は上がるし、女なら魅力も手に入るわ。でもね、歴史に名を残すほどの活躍したのは殆どないのよ。もしイエスが神であれば、イエスだけかもしれない」
    「どういうことですか」
    「コトリも良くわからないけど、たぶん能力が極端に偏って出過ぎるからだと思ってる。人の世界で成功するには何かが欠けてるのよね。それと人は偉大だよ。神を宿さなくとも神以上の能力を発揮するんだ。たとえば水橋先輩とリンドウ先輩のように」
 次座の女神であり、知恵の女神であるコトリ専務がここまで絶賛する大将と女将がどれほどの人なのか想像しきれないミサキがいます。
    「シオリちゃんが野球部の仲間が集まった日に行ったのは羨ましかったなぁ。だって冬月先輩もそうだけど、春川先輩、夏海先輩、秋葉先輩、それに古城君や乾君、里見君、さらに監督まで来てたって言うじゃない。次はコトリも参加したい」
    「コトリ専務は試合を見てたのですか」
    「準々決勝からチア・リーダーやってた。真ん中がリンドウ先輩で左右がコトリとシオリちゃんだったんだ。それと、あの準決勝・決勝は伝説なんだ。あの暑い熱い日はコトリの青春でもあるの」
 コトリ先輩の顔も上気しています。これほど無邪気に楽しそうなコトリ専務の顔を見るのは久しぶりな気がします。