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「マスター、ホワイト・レディ作って」
だってさぁ、あのシオがボクの奥さんになって専業主婦になりたいなんて言い出すんだよ。信じられるかい。それだけ限界までいってたんだろうな。ちょっと越えてたかもしれへん。でもそこからよく頑張ったよ。今じゃ売れっ子のフォトグラファーやん。もうちょっと撮ってもらっとけば良かった。あの頃なら練習台でタダで何枚でも撮ってくれたのに。ボクが嫌がったのもあるけど、あの頃の写真は一枚も残ってないんや。まあ売れっ子の苦境時代の冴えない彼氏の写真なんて残ってない方がシオにとっては良かったかもしれへん。
それにしてもシオはますますイイ女になってるわ。さぞもてるんだろうな。でも不思議なもんやなぁ、シオの仕事好きはわかるから独身なのはエエとしても、ほんと男の噂を聞いたことがあらへん。ボクが聞いたことなかっただけかもしれへんけど、前の夜だって独り酒してたやん。よっぽど理想が高いんやろな。それもシオらしくてエエけど。
シオと話するのは楽しいけど、ボクの弱点を知り過ぎてるのがちょっと困る。シオにかかるとなんでも白状させられるもん。だから敬遠してんだけど、『やり直したい』には本当に参ったわ。あれがシオの唯一の弱点かもしれへんなぁ。
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「マスター、マンハッタン作って」
そこから恋人みたいな時期もあったんも事実やけど、他に好きな男が出来たっていうたやん。ちょっと違ったニュアンスやったかもしれんけど、それ聞いて汐時と感じたよ。ボクにシオは合ってないわ。世の中釣り合いちゅうもんがあるやん。シオはもっとイイ男が抱くべきなんや。こんな冴えへん男が抱ける女とちゃうねん。はっきり言わんでも身分違いやな。だからアッサリ身を退いたんや。だから二人の関係はあの時にすべて終わって、今はタダの友達やん。
強いて言うたら、シオが感じてる恩みたいなものは、半年もなかったけど恋人みたいな関係してくれたんですべて支払ってもろたわ。こっちが釣銭払わなあかんほどや。綺麗に清算済みやのになんで蒸し返すかな。やっぱりつい抱いてもたんが拙かったなぁ。もう一か月ほどやったから、あのまま我慢しとけばシオが今さら血迷ってボクなんかに執着することなかったのに。あれでシオの人生狂わしてるみたいでホンマ申し訳ない気分や。うん、抱かんかったらエエ話で終っとったのに。
とりあえず一番エエのは、イイ男が出てくれること。そうなりゃ会えなくなるのはちょっと寂しいけど、それが本来シオが進む道やってん。ボクとの二年間は不要な寄り道だったってこと。また寄り道に進むなんてシオにとっては時間の無駄、人生の浪費にすぎないよ。
それにしてもホンマにシオは男運が悪い。あの時だって、選りも選ってボクやなくて、もっとイイ男に出会って引き取ってもらってたら良かったのに。なんでボクになってもたんやろ。シオならなんぼでも選べたはずなのに。人間あそこまで追い詰められたら、あのシオでもあんな初歩的な間違い起してまうんやと思たわ。とにもかくにも、みいちゃんの問題がややこしい時にシオまで変調してもたら困るねん。とは言うものの、今の調子じゃ当分頼りにならへんなぁ。
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「フレンチ・コネクションお願い」
うんうん、そう考えよ。短かったとはいえ、シオもコトリちゃんも恋人になってくれた時間が持てたんやから、恵まれすぎてるわ。それ以上は高望みも度が過ぎてるわ。そうやもんな、あの頃の同級生にシオも、コトリちゃんも恋人にした時期があるなんて言うたら殴り殺されるかもしれへんもんな。エエ夢見させてもうたと思とこ。夢は醒めるから夢なんや。
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「今日はお一人なんですか」
「そうやねん、一人になってもたみたい」
「そうじゃないと思いますよ」
「そうじゃなかったらエエけどね。なんかロングで作ってくれる、ベースは、そうやなぁ・・・ラムで」
「かしこまりました」
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「桜モヒートです」
「マスター、ちょっとこれは」
「まだこれぐらいだと思いますよ」