食事の後に飲みに行こうとコトリちゃんに誘われたけど『クライアントとの顔合わせ会』があるって断っちゃった。ちょっと独りで飲みたくなったの。行ったのは私にシェリーの美味しさを教えてくれたバー、そう今夜はシェリーの気分。
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「辛口でお願い」
カズ君と結ばれた夜を思い出しちゃう。なんかお義理で抱いたんじゃないかと思った私は
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『私のことホントに好き』
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『好きに決まってるやん。大事にするよ』
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「もっと辛口でお願いします」
コトリちゃんは幸せだよな。私に言ってくれたのは『大事にするよ』だけだったじゃん。まあホントに大事にしてくれたのは認めるけど、やっぱあれは愛情じゃなくて同情だったんだろうなぁ。でもそれだけで良かったんだよ。それだけでも私は幸せだったもん。
それにしても凄い婚約指輪だったよなぁ。アイツ生真面目に給料三か月分やったのかな、それ以上かもしれない。アイツならやるやろな。そりゃ、アイツの給料三か月分ならそうなるけど、それをあんなにアッサリ捨てるんかよ。そんだけ本気だったんだろ。
今日一番痛かったのはコトリちゃんに私はどうなのって聞かれた時。答えられないよ、誰にも言えないけど『いつか』って、ずっとずっと思ってたもん。クラス会の時も必死だったもん。ホントはあの日も大事な仕事があったんだけど、カズ君が出席すると直前に聞いて、無理やり断って出席したんだよ。嫌がれるかもしれないけど、このチャンスを逃したら一生会えないと思ったんだ。あの日も嫌がれてる雰囲気はあったけど、なんとか友達に戻れてどれだけ嬉しかったか。
でも本当の私は悪い女。コトリちゃんと付き合ってると聞いて嫉妬したんだ。嫉妬の余り元彼の情報流しちゃった。これだけでカズ君はコトリちゃんと別れるはずと計算してだよ。こんな悪い女どこにいるんだよ、あれだけの恩人にそんなことしちゃうんだもん。
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「すみません、もっと辛いのを」
「今日はどうかされたんですか」
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「うん、ちょっと」
「お仕事、それとも恋」
「恋」
「それで辛口ってことはまさか失恋」
「うん」
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「先生みたいな素敵な女性を振る男がいるんですね」
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「今じゃないの。ずっとずっと昔の恋を思い出して、おセンチな気分なだけ」
「先生をそこまで夢中にさせた男って、さぞやイイ男だったんでしょうね。一度お目にかかりたいものです」
そんなもんイイ男に決まってるじゃない。日本一、いや世界一だよ。それもダントツだよ。ケチなんかつけたら殴り倒すよ。会いたい、話したい、抱かれたいよ。アイツには失恋の時効ちゅうものがないんやろか。いや、みいちゃんにも会ったって話やから、私が会ってもイイよね。うん、絶対にイイはずだ。みいちゃんが良くて私が悪い理由なんてあるはずないやん。
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「見せてあげようか、世界一イイ男を。来たらだけどね」
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「私だよん」
「どうしたん」
「一緒に飲んでくれへん」
「ボクも飲みに来てるから、こっちに来る?」
「いや、今夜はシェリーが飲みたいからこっちに来て」
「参ったな。なんていう店?」
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「どうしよ、どうしよ。ホントに来ちゃうよ、どうしよう」
「久しぶりなんですか」
「それなのに、こんな恰好じゃ・・・」
「そのままでも十分に素敵ですよ」
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「久しぶり」
「う、うん」
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「クラス会以来やなぁ。とりあえず乾杯しよ。ボクは甘すぎないのでお願いします」
「私は甘めで」
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「乾杯」
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「どうしたん、飲み過ぎたんか」
「だいじょうぶ」
「顔、赤いで」
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「こちらが例の方ですか?」
「例の方って、シオ、どんな紹介してたんや」
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「それはね、世界一イイ男を今から呼び出すって言ったの」
「ハハハハ、そりゃエエわ。えっと、私が世界一イイ男です」
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「本気で世界一イイ男と思ってるの」
「それはありがとう。お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞じゃないの!」
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「カズ君」
「その呼び名は堪忍してえな」
「悪いけど、今夜だけは我慢して」
「参ったな、まあエエよ」
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「やり直したい」
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「ボクなんかとやり直さんでも、いくらでもイイ男はおるやん」
「いないの。あれからずっと探しているけどいないの」
「そりゃ探し方と男運が悪い」
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「あの時にどうして私を引き取ったの」
「その話はエエやん」
「じゃ、どうして今夜は私のことを『シオ』って呼んだん」
「それは、つい・・・」
「じゃ、今夜は『つい』の日だから話して」
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「参ったな。今夜だけやで、呼び方間違えただけでエライ目に遭うわ。あん時にシオを引き取ったのは、こんなイイ女が苦しんでいるのを見てられへんかったからやねん。まさかホンマに転がり込んで来るとは思わへんかったけど」
「ウソ」
「ウソやない。ウソついてどうする」
「じゃ、なんですぐに抱いてくれなかったのよ。それぐらいは覚悟してたのよ」
「アホ抜かせ。いくらイイ女でも好かれてもない女なんて抱くかい」
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「それだけで二年近くも手を出さへんかったん」
「当然やろ。シオは恋人である前に、まず大事な旧友やからな。我慢するのはちょっと大変やったけど」
「そんな我慢なんかしなくても・・・」
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「こんな話で泣くなよ。ホンマに参ったな。そりゃ抱きたいと思てたよ。ボクだって男やからな。でも言うてたやん、写真の先生に襲われそうになったって。きっとシオにはトラウマになっているはずやから、シオがボクのことを好きになって抱かれたいと言うまで待とうと思ってただけやねん」
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「なんか変な誤解してるみたいやけど、シオは好きやった。好きやったけど、あん時はシオがボクの事を信用して転がり込んだきた訳やん。信用と愛情は違うから、信用に付けこんだらアカンやろ。弱ってるシオに付けこむなんて最低やん」
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「ホンマに災難な夜やわ。こんなん話すほどの事やないけど、シオは本当に弱っとってん。触れれば崩れ落ちるぐらいにな。そうじゃなきゃ、ボクんとこなんかに転がり込むかいな。そこまで周囲が見えなくなるぐらい弱ってたんや。このままじゃシオがどこに転落していくか心配で仕方なかったんや。誰かに甘い言葉をかけられたらイチコロみたいって言えば怒るかな」
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「だから下手に愛情は見せたらアカンと思たんや。そんな事をしたらシオはボクみたいな男に頼り切る女になってまうかもしれへんやん。シオにはそうなって欲しくなかってん」
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「格好エエこと並べてるけど、ボクだって男やから本音はシオが欲しかった。いや欲しくて、欲しくてたまらなかった。でもそれは元気なシオに戻って、それでもボクを好きになってくれたらの時だけと決めてたんや。だからあのプレゼントは本当に感激して有頂天になって受け取ったよ」
やっとの思いで抱けたって喜んでくれてたんだ。そうなんだ私は愛し抜かれて抱かれたんだ。それなのに、それなのに、それをお義理じゃないかってずっと疑ってた私って・・・
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「あの頃はもうシオは抱けへんと半分諦めとった。二年も一緒に暮らして、こんだけ好きになってるのに抱けへんのは残念やったけど、やりかたかったのは旧友でもあるシオを立ち直らせることで、抱くことやなかったからと自分を慰めとったんや。まあ、冷静に考えりゃ、こんな冴えん男をシオが選ぶはずもないし、選ばへんのが元気になった証拠みたいなもんかと。だから今から思ても夢のような夜やった。元気になってもシオが本当にボクを選んでくれたって」
二年間も一緒に暮らしていて情けないぐらいなんにも見えてなかったんだ。カズ君が私を最初から愛していたこと、愛しい女を立ち直らせるためにどれほどの事をしてくれていたのか。だからこそ私が立ち直り、その愛に気づいたことをどれほど喜んでくれていたのかを。
今の今まで私に向けられていたのは同情で、同情の延長線の上の愛情と思ってた。よほどカズ君の好みのタイプじゃなかったと信じ込んでた。なんにも、なにひとつ私はわかっていなかったんだ。カズ君は本当に私を愛してくれてたんだ。
そこまで愛し抜かれていた私がカズ君にやった仕打ちはまさに最低。たった三ヶ月だよ、たった三ヶ月別れて暮らしただけでカズ君を疑ったんだ。それもなんの証拠もなくだよ。ただちょっと寂しかっただけの理由で心を試したんだよ。
カズ君は私が選んだと言ってるが、それは違う。あの焼肉の時に私はカズ君に選んでもらったんだよ。選ばれて大事に大事に、これ以上はないぐらい大事に愛してもらったんだ。私がその愛に気づいて受け入れてくれる日だけをひたすら夢見て。
今になって、やっとわかった自分が本当に情けない。わからなかった自分が悲しすぎる。あの時にわかっていれば、せめてもう少し見えていれば、あんな仕打ちは思いつきもしなかったのに、あの仕打ちでカズ君を悲しませることもなかったのに、
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「でもまあ、済んだ事やし。シオがこれだけ元気に活躍してくれてることで、ボクのやったこともちょっとぐらい役に立ったと思って嬉しいわ。それで十分恩返してもらってると思てるよ。そやから気にせんといてや。
そやそや、最後につい抱いてもたんはホンマに悪かった。あれさえ我慢してたら、シオにこんな思いさせへんかったし、普通の友達のままでいられたにと思うと反省してる。今思い出しても、ホンマに情けなかったわ。さっきは格好エエこというたけど、やっぱり家賃とか生活費代わりに無理強いしたみたいなもんやん。でもな、あんな場面であんなこと言われたら、ボクも男やん。見境つかんようになってもてん。許してな」
言葉にしたい、今言わなきゃいけないのに声にならない。ちょっと落ち着くまでカズ君待って、お願いだから待って、どうしても言わないといけないの。カズ君席を立たないで、お願いだから、私をこのまま置いてかないで、席を立つなら一緒に連れてってお願い、お願い・・・抱いて、今夜だけでも、
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「変な夜になってもたな。でも久しぶりに会えて嬉しかったわ。話するだけやったらシオが最高や。二年もダテに暮らしてないもんな。ボクもシオって呼ぶから、カズ君でもエエわ。でも知り合いの前では呼ばんといてね。また飲みに行こ」
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「足らん分は奢っといてね。ほんじゃ」
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「たしかに世界一イイ男ですねぇ」
あれだけの事を当たり前のように、まるでパンでも食べるようにやれるのが本当のイイ男よ。誰がなんて言おうとカズ君は私にとって世界一イイ男よ。でもお持ち帰りはしてくれないのね。やっぱりカズ君が今大事なのは私じゃなくてコトリちゃんなんだ。私じゃダメなんだ。