重箱の隅が気になる

8/21付け読売新聞福島版より、

医師無罪、県内に波紋

知事「安全確保努める」

 医療界に衝撃を与えた事件の裁定は、無罪だった。福島地裁で20日言い渡された県立大野病院の加藤克彦医師(40)=休職中=への判決。医師不足が深刻になるなか、今後の医療問題や医療行政などに大きな影響を与える可能性があるだけに、県内でも大きな注目が集まり、その結果に、関係者は様々な反応を見せた。

 判決を受け、県立病院を管理する茂田士郎県病院事業管理者は20日午後、記者会見を開いた。茂田管理者は冒頭、遺族への哀悼の意を示した後、「引き続き医療事故の再発防止に全力を尽くしたい」とのコメントを読み上げた。

 無罪判決については、「医療ミスではないと証明され、良かったというのが本音」と語り、現在、休職中の加藤医師については、「判決が確定すれば復職ということになる。(既に出されている処分についても)重大な事実誤認があった場合には取り消しもできる」と述べた。

 また、県が2005年3月にまとめた事故調査委員会の報告書で、加藤医師の処置をミスと判断したことについては、「(委員会は)医療事故の再発を防ぐために作ったもので、その時の結果は法的な意味はない。今回の判決の方がより正しい」とした。

 一方、遺族が病院側の説明に不満を持っていることについては、「病院としては誠意を尽くして説明したつもりだが、十分にそれが届かなかった点もあったのではないかと思う。今後チャンスがあれば続けていきたい」と話した。

 松本友作副知事も同日、取材に応じ、「今回の残念な事件を心に刻んで、地域医療体制の充実により一層取り組んでいきたい」と述べた。

 また、佐藤知事も同日、「今後も医療体制の整備と医療の安全確保に努めたい」との同趣旨のコメントを出した。

これは読売福島版であり、医療側のバイアスがかかっていないと言う意味で信用性の高い記事です。記事自体はこういう事件の時に現れる定型記事の一種で、知事や副知事のコメントも大変無難なものです。ここで主に取材を受けたのは茂田士郎県病院事業管理者のようです。茂田氏のコメントも基本的に無難なものなんですが、ちょこっと気になる点が幾つかあります。

    「(委員会は)医療事故の再発を防ぐために作ったもので、その時の結果は法的な意味はない。今回の判決の方がより正しい」
この言葉におおよそ問題はありません。事故調査委員会報告書には、

1 目的

平成16年12月17日に帝王切開術を受けた妊婦が、同日19時1分に手術室にて死亡するといった医療事故が発生した。この事例を検証し、今後の前置胎盤・癒着胎盤症例の帝王切開手術における事故防止対策を検討することを目的として設置した。

きちんと

    事故防止対策を検討することを目的として設置
こう書かれていますから
    医療事故の再発を防ぐために作ったもので
この言葉を裏付けます。また
    今回の判決の方がより正しい
これもまさか「判決より報告書の方が正しい」と公式発言するわけには行きませんから、こうしか言い様がないと思います。ただ、
    その時の結果は法的な意味はない
これはどうでしょうか。「法的な意味」の解釈がどうも引っかかり、なぜこういう表現を用いたのかよくわからないのですが、手を出すと隘路にはまり込みそうな言葉ですから、私は軽く流す事にします。

ここで報告書が果たした役割を思い出してみたいと思います。この報告書は茂田氏がコメントした「再発防止」以外に「検証」の目的も明記されており、おそらくこの「検証」に基づいて次の事柄が行なわれています。

  1. 産科医師は処分を受けた
  2. 遺族に賠償金が支払われた
処分については県の条例に従って行なわれたと考えます。賠償金が条例にあるかどうか分からないのですが、県議会の承認を受けて支払われたと考えます。これも別に不思議な手続きではなく、手順としては順当なものと考えられます。もちろん報告書に「法的な意味」は無いので、あくまでも参考資料として用いる位置付けであったと考えますが、実質的にこれしか根拠は無いので、処分も賠償金も報告書に基づいて行なわれたと解釈しても良いかと思われます。

ここで一審無罪の判決が出ました。茂田氏は判決の影響として、

    「判決が確定すれば復職ということになる。(既に出されている処分についても)重大な事実誤認があった場合には取り消しもできる」
「判決が確定すれば」の意味はまだ控訴審、上告審が起こる可能性があることを踏まえての発言と考えられます。とりあえず控訴審があるかどうかは現段階では予断を許さない状況ですが、仮に控訴審がなく判決が確定すれば、処分を取り消す可能性を示唆しています。ここもある意味当然の処置で、処分は報告書が大きな根拠になっており、これが裁判により覆されたら報告書の「ミス」は否定されると考えるのが妥当ですし、茂田氏自身が「今回の判決の方がより正しい」と公式発言しているので処分は取り消される方向で考えるものかと思われます。

ここで気になるのは判決が無罪で確定した時の報告書の取扱いです。産科医の処分を取り消す時の判断として、

  1. 報告書より判断価値が重い判決が出現したので処分を取り消す
  2. 判決により報告書の内容を訂正して処分を取りけす
この二つの手順が考えられます。

1.の場合では報告書に「医師のミス」の記録が残される事になります。この報告書は県の公式記録になると思われるので、刑事裁判を耐え抜いても福島県として「あくまでもあれはミスである」との記録が残されるのは気持の良いものではありません。産科医師がそこまでされるかは分かりませんが、訂正を求めての訴えを起こす可能性も残ります。もっともあくまでも「あの時の時点の判断」として訂正を拒否するのはありえますが、どうなるのでしょうか。

2.は茂田氏が「今回の判決の方がより正しい」まで発言しているので、報告書を訂正して処分を取り消す可能性です。「法的な意味はない」のですから、決定力も「法的な意味」は無く、新たな事実が確定すれば速やかに訂正した上で処分もまた取り消すという考え方です。外野からすれば一番スッキリした手続きですが、お役所の手続きとしてそうなるかどうかはわかりません。


ここでもう一つの問題が重箱の隅として気になります。遺族への賠償金です。賠償金も報告書で「医師のミス」が認定されていたことが大きな根拠になっています。その根拠が失われた時に扱いがどうなるかです。もちろん刑事と民事は扱い方も判断も違いますから、刑事無罪、民事有責のもしくはその逆になっても基本的には構いません。ただ賠償金は県の公金ですから、賠償の根拠が失われた時にどう扱われるかが気になります。

調べた範囲ではよく分からなかったのですが、ある時点で責任を認めて賠償行為を行い、後日その責任がない事が証明されたケースの取扱いです。もちろん保険金詐欺に類するようなケースでは賠償金の返還は当然ですが、そうでないときです。賠償金の支払いを受けた方としては、「一度責任を認めたのだから返還の必要はない」とするかと思います。私も感覚的にはそうです。本当の事実関係がどうであれ、その時点の両者の合意による和解ですから、和解を決裂させる結果になるような行為は行なわれないんじゃないかと考えます。

県と遺族の関係は賠償金返還なしで終わるとしても、県民と県の関係はどうかが気になります。賠償金がいくらだったかは存じませんが、少なくない金額であると思われます。あくまでも後日にわかった事実ですが、本当は賠償金が不要なケースであった時の責任問題はどうなるかです。間違った判断により賠償金を支払った責任問題はどうなるかです。

こんな重箱の隅問題が福島で持ち上がるかどうかは定かではありませんが、持ち上がれば責任問題はどこに帰結するのでしょうか。議決したのは議会ですから県全体の問題として終わるのが一つです。次に議会に間違った判断の提案をした県当局の責任を問題視する考え方です。さらに言えば、県当局に間違った判断をさせた事故検討委員会の責任問題です。ただ事故調査委員会は「法的な意味」はないそうですから、責任を問うのはどうなるかよく分かりません。

個人的には気になりましたが、しょせん重箱の隅みたいな問題です。あくまでも賠償金はその時点での民事の和解みたいなものでしょうから、後日になって「文句は言わない」は双方の重要な合意事項なると考えられます。やはり問題にはならないと考えるのが妥当の様な気がします。