整形外科点滴事件と事故調

整形外科点滴事件の医学的検討はDr.I様が精力的に行なわれており、

秀逸な検討で私が付け加える余地はありません。現時点で言えそうな事は、
  1. 点滴作成時の清潔操作に問題があったようだ
  2. 作り置き自体は許容範囲があるが、それも越えるような事が行なわれていた可能性がある
報道情報しかありませんので、この程度しか言えないと考えています。今日は医学的な検討を加えるのが主目的ではなく、発表されている事故調の3次試案や大綱でこの事件がどう取り扱われるのかを考えて見たいと思います。モデルケースとしてのシミュレーションで、情報としては報道記事程度のものとします。

まず発端ですが、medeia jamから元は6/10付け共同通信社記事より、

患者12人体調崩し1人死亡 三重・伊賀の整形外科

 三重県伊賀市の整形外科「谷本整形」で治療を受けた患者12人が体調を崩し、うち女性1人が死亡したことが10日、分かった。

 県警捜査1課と伊賀署が事件、事故の両面から捜査している。女性の遺体を司法解剖して死因を調べる。

 県警と県健康福祉部によると、いずれも谷本整形で点滴などを受けた後に、発熱や嘔吐などの症状を示し、具合が悪くなったという。

 伊賀市内の73歳の女性が、9日に治療を終えた後、10日に自宅で死亡。残りの11人はほかの病院に入院するなど治療を受けている。60代から80代の男女らしい。

 県は10日、谷本整形に診察の自粛を指導した。

この記事だけでは良く分からないのですが、警察に通報したのは県健康福祉部であったとされます。保健局と言う説もあるのですが、とにかく整形外科自身が異状死として届け出たもしくは届け出る必要があったケースでは無さそうです。本当は誰だったかはこの際重要な問題ではなく、第三者が警察に通報している事が気になる点です。事故調が成立していたとしてこの事件の扱いはどうなるのでしょうか。

死亡例であることから事故調の職掌内であるとは言えます。また前日までとくに死亡する様子が無かったものの急死であり、死亡前日に整形外科を受診し、さらに死亡まで至らなくとも体調を崩した類似例が報告されていますから、なんらかの医療事故の存在の可能性が示唆されます。一方でですが、報道記事にあるように、

    県警捜査1課と伊賀署が事件、事故の両面から捜査している。
6/10の時点だけで12人の類似のケースがあり事故ではなく事件(犯罪)の可能性も否定できない事になります。

第3者の適切な届け出先は警察でしょうか、それとも事故調でしょうか。正解はどうなるかですが、大綱を読む限り事故調はこの事件のケースでは動かないと考えられます。大綱の第16に医療事故調査の開始とあり、

地方委員会は、第14の通知を受けたときは、当該通知に係る医療事故死等について、直ちに医療事故調査を開始しなければならない。

第14の通知を受けて調査を開始するとしています。ほんじゃ第14とは何かになりますが、地方委員会への通知として、

○○大臣は、第32の(2)又は(3)により医療事故死等について届出があったときは、直ちに当該医療事故死等を届け出た管理者の管理する病院、診療所又は助産所の所在地を管轄する地方○○局に置かれた地方委員会にその旨を通知しなければならない。

まったく法律は読み難いのですが、第32の(2)又は(3)の届け出のようです。ここは長いのですが、

(2)病院等の管理者の医療事故死等に関する届出義務等

  1. 病院若しくは診療所に勤務する医師が死体若しくは妊娠4月以上の死産児を検案し、又は病院若しくは診療所に勤務する歯科医師が死亡について診断して、(4)の1の基準に照らして、次の死亡又は死産(以下「医療事故死等」という。)に該当すると認めたときは、その旨を当該病院又は診療所の管理者に報告しなければならない。
    • 行った医療の内容に誤りがあるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産
    • 行った医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、その死亡又は死産を予期しなかったもの
  2. 病院、診療所又は助産所に勤務する助産師は、妊娠4月以上の死産児の検案をして、(4)の1の基準に照らして、医療事故死等に該当すると認めたときは、その旨を当該病院、診療所又は助産所の管理者に報告しなければならない。
  3. 1又は2の報告は、医療事故死等に該当すると認めたときから24時間以内に行わなければならない。
  4. 1又は2の報告を受けた病院、診療所又は助産所の管理者は、必要に応じて速やかに診断又は検案をした医師、歯科医師又は助産師その他の関係者と協議し、(4)の1の基準に照らして、医療事故死等と認めたときは、直ちに、○○省令で定める事項を○○大臣に届け出なければならない。
  5. 病院、診療所又は助産所の管理者は、1又は2の報告を受けた旨、4の協議の経過(協議をしなかったときは、その理由)及び医療事故死等に該当すると認めた理由又は認めなかった理由に関する記録を作成し、当該報告をした日又は協議をした日のいずれか遅い日から起算して5年間、これを保存しなければならない。
(3)病院等に勤務する医師が当該病院等の管理者であるときの医療事故死等に関する届出義務等
  1. 病院、診療所又は助産所に勤務する医師、歯科医師又は助産師が当該病院、診療所又は助産所の管理者であるときは、(4)の1の基準に照らして、医療事故死等に該当すると認めたときは、24時間以内に、○○省令で定める事項を○○大臣に届け出なければならない。
  2. 病院、診療所若しくは助産所に勤務する医師、歯科医師若しくは助産師以外の医師、歯科医師若しくは助産師又は公衆若しくは特定多数人のため往診のみによって診療に従事する医師若しくは歯科医師若しくは出張のみによって業務に従事する助産師は、(4)の1の基準に照らして、医療事故死等に該当すると認めたときは、24時間以内に、○○省令で定める事項を○○大臣に届け出なければならない。
  3. 1又は2の医師、歯科医師又は助産師は、医療事故死等に該当すると認めた理由又は認めなかった理由に関する記録を作成し、届出をした日から起算して5年間、これを保存しなければならない。
注)診療所等の管理者の届出に当たって、管理者からの相談に答えられるよう、医療安全調査委員会における相談体制のみではなく、医師専門職団体等による相談体制の整備についても検討する。

えらく煩雑ですが、届け出になるケースは、

    医師か歯科医師助産師(死産児の場合)が検案し医療事故死等と認めたとき
この表現も正確でなくて、検案した医師が管理者に報告して管理者が届出の判断を下すと言うのがより正しい表現となります。ただ今回は自宅での死亡確認みたいな情報になっていますから、管理者である開業医師が検案したケースを想定にしておきます。

この事件のここの経緯がよく分からないのですが、県当局が警察に届けたのなら県の担当者は医師であっても検案を行なった者ではありません。届け出る資格があるのは自宅で死亡した患者を検案した医師のみである事になります。この事件はどうやら検案した医師は異状死でないと判断したようですが、県当局が他の事例と照らし合わせて、事故の可能性があると判断し警察に届け出たと考えられます。

この推測は正確かどうか不明ですし、検案した医師が異状死の判断を下さなかった問題も出てきますが、ここでは死亡した患者の例を見るだけでは医療関連死でないという判断が下せた状態と仮定します。ところが第三者である県当局は、他の情報も含めて事故の可能性を考慮して調査の必要性があると判断したとすれば、大綱上では届け出資格は無い事になります。つまりこの事件は事故調ルートに乗らない事になります。またこれが県当局でなく遺族の届け出であれば事故調は動く可能性が出てきます。

話がこんがらがって申し訳ないのですが、先ほど検案した医師が医療関連死で「ない」と判断したとしましたが、もし「ある」と判断すればどうなっていたでしょうか。考えられるシミュレーションは二つで事故調に届けた後、

  1. 事故調が調査する
  2. 事故調が警察に通報する
県当局の情報が無い状態では調査になると考えられます。一方で県当局の情報がなんらかのルートで手に入っていればどうだったでしょうか。事故ではなく犯罪の可能性が残る段階であれば、警察捜査が優先と考えてもおかしな判断ではありません。書きながら整理が悪いと感じていますが、今回の事件では届け出ルートの問題からも、犯罪性の可能性からも警察捜査が行なわれる可能性が高いと考えられます。

ではでは、警察捜査が行なわれたとして、現時点の情報では清潔操作の問題による医療事故の可能性が高くなり、犯罪の可能性は否定的となっています。ここで仮定を一歩進めて医療事故であるならどうなるかです。医療事故であるなら医療事故調が調査するのが本来の趣旨であるはずです。事故調大綱では、

    事故調 → 警察
これについてはそれなりに規定が設けられています。ところが犯罪の可能性もアリとして警察捜査を行なったものの医療事故であると判断された時の、
    警察 → 事故調
こちらについては一言も記載がありません。つまりそんな事は念頭に置いていないと言うことです。もちろん警察には業務上過失致死の捜査と言う大義名分がありますから、犯罪でなく医療事故であっても捜査を行なってよいわけであり、そういうケースに近いものは「そうする」と国会質疑で明快に回答しています。つまり事故調から警察に調査(捜査)が移行したら片道切符であり、届け出た時点で事故調の判断がその後の情報により結果として適切でなかったとしても、二度と事故調は調査できないシステムかと考えます。

もう一つ疑問点があるのですが、今回の事件は死亡と傷害の二つの事案が混在しています。事故調の職掌が及ぶのは死亡例だけであり、傷害例には現時点ではタッチしません。届け出ルートの問題はあるにしろ事故調が死亡例の調査を仮に行ったとしても、傷害例は警察が捜査を行う事になります。傷害例を捜査する警察捜査は当然のように死亡例にも及ぶかと思います。そういう時の事故調と警察の関係はどうなるのでしょうか。

どうにもまとまりの悪い話で申し訳ありませんが、事故調試案・大綱との関係を考えると多くの事を示唆してくれる事件のように思います。