ネットで話題の死体検案書

 知らない人のために、話題になったツイートをリンクさせて頂きます。この話題には誤字とか、死亡時刻についても取り上げられていましたがパスします。私がやりたいのはこの死体検案書から考えられる臨床経過の推測です。


死体検案書を書いたのは誰だ?

 誰だも何も医師であるのは間違いないのですが、最初に読んだ時に解剖医が死体検案書を書いたとしているのに少し引っかかりました。病院で剖検を行うのは病理医ですが、病理医が死体検案書を書くのは見たことがなかったからです。

 はて? でしたが、よくよく思い出してみると、かつて勤務していた病院の事を思い出しました。その病院でも病理医が剖検を担当していましたが、病理医と言っても一人であり、どうしても手が回らない時には資格を持つ内科医が剖検を行っていました。

 もっとも剖検と言っても解剖だけで、そこから標本を作製し病理報告を行うのは病理医です。そこから考えると内科医が死体検案書を書き、そこから解剖まで行うのはあり得ることです。ですが解剖を担当したとはいえ、解剖を担当した内科医が解剖所見を踏まえて死因の診断を下したかと言われると疑問が残ります。

 人が死ぬとすぐに引き続いて行われる行事は葬儀です。これは私も経験しましたが、葬儀日程を決めるのは火葬の日になります。火葬がいつになるかを決めるためには、死亡診断書か死体検案書を持って役所に死亡届を提出しなければなりません。そこで火葬の日の決定などの埋葬許可を得る段取りです。

 ここで病理診断なのですが、今でも日数が必要です。卑近な例なら剖検ではありませんが、私の腫瘍摘出後の病理診断は入院中には出ていません。それぐらい時間がかかるものですが、これを待っての死体検案書となると葬儀が遅れますし、それまで御遺体を保管しておく必要が生じてしまいます。

 そうなると死体検案書を書いた医師は、御遺体の表面と、剖検時の肉眼所見、後は遺族から聞き取った病状から死因を決めた可能性が高いと考えられます。


死亡診断書でない点

 死亡診断書でなく死体検案書になるのは、あれこれややこしいのですが、シンプルには医師が患者を看取れば死亡診断書になります。この看取りの範囲がまた煩雑なのですが、仮に故人が在宅医療を受けていれば、細かな規定はあれこれありますが、医師が死亡の現場に立ち会っていなくても死亡診断書になります。

 在宅医療中で死体検案書になるのは、その死に異状死の可能性が残された時になります。ただし、その場合は異状死の届け出から警察マターになりますから今回のケースは違うと見ます。

 それ以外のケースで死体検案書になるのは、死亡までの24時間以内に診察を受けておらず、さらに発見時にすでに完全に御遺体になられたケースです。これもまたあれこれ煩雑なところがあるのですが、今回であれば発症から死亡まで「約2日」と明記されています。この場合、医師が診察を行うチャンスは2度ぐらいで、

  1. コロナワクチン接種時
  2. 接種後に体調不良を訴え受診した時(それも死亡の24時間以上前)
 ワクチンは接種されていますから、接種時の体調に大きな問題はなかったと見るしかありません。接種から死亡までの約2日の見方ですが、
  1. ワクチン接種は午前ないし午後の日勤帯の可能性が高い
  2. 接種翌日は生存していた可能性が高い
  3. 接種翌々日に御遺体となって発見された
 この日程で受診機会があるのは、接種当日に体調不良を感じて受診されたか、接種翌日の朝一番ぐらいに受診したぐらいになってしまいます。接種翌日の午後なら遅すぎるとするのが妥当でしょう。

 ここで問題になるのが死因である急性心筋炎です。これは医師にとっても大変怖い病気であり、悪化すれば三次救急が全力を尽くしても救命は運次第になるほどのものです。ですから受診したした時点で急性心筋炎の診断までに至らなくとも、その可能性を疑ったならば、帰宅させて経過観察を行うのはあり得ないとして良いかと考えます。


急性心筋炎の診断の難しさ

 幸いにも私は急性心筋炎に遭遇した事はありませんが、この病気の手強さは診断の難しさもあります。 診断のためのあれこれ所見はありますが、どれも特異的な所見と言える物でありません。

 それこそ死後に結果として急性心筋炎と後付けで結び付けられる程度です。診断するには、外表からでもわかる所見では難しく、どこかの時点で急性心筋炎を念頭に置いての検査を行い、それとの合わせ技でもやっとかどうかになってしまいます。

 今回のケースで言えば、急性心筋炎を疑ってのエコーなり、心電図なり、胸部X-pなり、採血検査が行われた可能性は極めて低そうな気がします。そこまで検査をしても診断は容易ではなく、結果として見逃したと医療訴訟に発展しているケースもあるぐらいです。

 それと急性心筋炎では、通常は前駆症状としてウイルス性の感冒書状があります。ですが今回のケースは死亡の「約2日」前にワクチン接種をされています。その時点で感冒症状を認めなかった、認めたとしても軽微であったとしか考えようがありません。

 さらにコロナワクチンが誘因となっての急性心筋炎との診断が下されています。これは通常の急性心筋炎と異なる経過を辿ったとも考えられ、診断の難度はさらに高くなっていたと見て良い気はします。


死亡診断書にならなかった小さな疑問

 故人の家庭環境の情報は皆無ですから推測するしかないのですが、まず在宅医療を受けていた可能性は死亡診断書であることから低いと考えられますが、家族との同居か独居であったかについては微妙な点が残ります。というのも、同居親族がおられたら、故人の病状の悪化に通常は気づくはずです。

 気づけば救急車を呼ぶなり、家族がクルマで救急受診をしそうなものです。もしそうであれば、故人の発見時から搬送途中のどこかで死亡していたとしても通常はDOAになり死亡診断書になるはずです。これはあくまでも聞いた話ですが、DOAにする範囲はかなり広かったはずですが、今回は間違いなく死体検案書なのです。

 そうなると故人が発見された時にはDOA扱いにも出来ない状態であったとしか考えようがありません。だから独居であったと思いたいのですが、家族は解剖まで行っています。行っても悪いわけじゃありませんが、少なくとも家族は故人の病状の推移をあまり知る位置にいなかった可能性はあるように思います。


ポイントは死体検案書になってしまう

 こんな少ない情報で症状や診療経過を推測するのは無謀なところがあるのですが、発症から死亡まで「約2日」と「死体検案書」の2つのキーワードが推測の幅を狭めてくれました。これがもし死亡診断書であればこうは行きません。

 患者の病状の悪化に伴い入院しても不思議でもなんでもないからです。入院となれば各種検査が行われ、さらに死亡していますから、その病状の経過から急性心筋炎の診断に至った事は十分にあり得るからです。

 ですが死体検案書であり発症から「約2日」で死亡していますから、死体検案書を書いた医師が診たのは御遺体になった故人になってしまいます。それもDOAですらない完全な御遺体です。

 もちろんこれは正真正銘の本物であるとされ、真偽を疑うのなら訴訟も辞さないとされています。私も故人や遺族を貶める気は毛頭ないのですが、どうにもどういう症状の経過で、どうして急性心筋炎の診断に至ったかがわかりにくいところです。

 外野からでは説明が付きにくい事であっても、真相を知れば、な~んだ、そうだったのかはあるので、今回のケースもきっとそうだぐらいにしか言えそうにありません。ですが、私如きでは本当は何があったかなど推測しようもないぐらいを結論とさせて頂きます。