日医の事故調案

事故調が挫折してからもう2年になります。事故調問題は総論賛成の各論反対の塊みたいな難題ですが、私の記憶している限りの各論での問題点は、

  1. 誰が実地の調査にあたるのか
  2. 誰が判定を下すのか
  3. 刑事・民事訴訟との整合性・関連性はどうなのか
他にもあったとは思いますが、とりあえずこの3点は間違い無く大問題であったはずです。日医は医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言についてを出していますが、前回挫折の経緯を考えると、最低限これらの問題点に回答を示す必要があるとして良いでしょう。なけりゃ戯言です。

23ページ及ぶ提言ですから、精神論だとかは可能な限り省いて、上記の問題点に日医がどう提言したかだけを検討してみます。


誰が実地の調査にあたるのか

これについての基本姿勢は、

つまり医療機関にやらせると言う事のようです。どうもわかり難いのですが、普段から常設委員会を作っておいて、さらに事故発生時には

2次段階advanced stage としての有事の医療事故調査委員会は、医療事故が起こった時に迅速に発動させる委員会で、院内の委員と外部委員(専門委員、法律家、有識者)で構成される。

有識者」って具体的に「誰だ」と思いますが、それは置いておいて、構図としては、

  • 調査の実働部隊は院内の委員
  • 調査報告を評価するのは外部委員
こういう風に理解すれば良いのでしょうか。ここで「全ての医療機関」となっていますから、うちのようなシケタ診療所にも委員会が必要になります。しかも常設なんて言われても途方に暮れるのですが、さすがにそこは配慮したようで、

小規模病院や診療所においては、医師会・大学等からの支援を依頼できる体制を築く。

ここも読みようですが、診療所は医師会、小規模病院は大学ぐらいに読めば良いのでしょうか。医師会は普段から医事紛争の仲介をやってますから、それなりにノウハウがあるから良いでしょうが、小規模病院の調査は難儀するかもしれません。ただ気になるのは、

この体制作りにしっかりと取り組むことが必要である。地区医師会−都道府県医師会−日本医師会の連携組織の構築、また他の医療団体と日本医師会との連携が基盤となる。

医師会はかなり事故調事業に深く食い込むつもりのようです。そうなると医師会に入会しない開業医の扱いは・・・なんて余計な詮索が出てきます。医師会の提言ですから、そんなものでしょう。それと妙に気になったのは、

大学病院等の大規模な病院であれば、外部から専門委員を招いて事故調査をおこなうこともできるが、小規模病院や診療所においては、人員や費用の面から、外部の委員を招いて事故調査を行うことは困難であり、医師会・大学等へ調査の支援を依頼できる体制を築くことが重要となる。

調査費用は医療機関持ちの構想でしょうか。


そんな些細な点はともかく問題は年間何件を想定し、これに従事する医師がどれほどの概算です。事故調法案の時の予想処理件数は、なんと国会答弁では年間2000件です。またモデル事業の平均処理期間は10.1ヶ月です。仮に個々の事件ごとに調査チームが必要とすれば、解剖医1002人、臨床医2505〜3006人にのぼります。これだけの人数の動員のアテは、

その実施に向けて日本医師会、病院団体、医学会、大学ほかの参加により、実施に向けての制度設計を協議する専門委員会を立ち上げる。

何にも問題は解決していないのがわかります。検討すべきは、どれだけ処理件数を減らせるかが実際上の問題と思いますが、さてどんな制度設計を協議するのでしょうか。


誰が判定を下すのか

ここについては、

「第三者的機関」は、医学的知見に裏付けられた公正中立な判断が可能な組織でなくてはならない。具体的には、現在の「一般社団法人日本医療安全調査機構」を基本に、日本医師会、日本医学会をはじめ医療界の関係団体が参加する組織を再構築

一瞬ギクリとしたのですが、日本医療安全調査機構とはモデル事業を行ったところで、例の病院なんたら機構とは別のようです。ノウハウがあるところを中心に据えるのは良いと思うのですが、ここもわかりにくいところがあって、

都道府県には1箇所以上の地方事務局を、都道府県医師会の積極的な関与のもとに設置するなど、既存の組織と実績をベースに、一層の拡充・機能強化を図ることが有効と考えられる。

地方に事務局を作るのもまあ良いのですが、地方事務局と第三者的機関は具体的に何をするかです。

医療行為に関連した死亡で、院内事故調査で「医療関連死で死因究明の必要なもの」(当該医療機関において可能な限り調査分析を行ったにもかかわらず、その分析能力を超えるもの)と判断された事案は「第三者的機関」の地方組織に調査を依頼する。

うん? 地方の事務局と「第三者的機関」の地方組織は違うのか同じなのかです。違うとなれば、事務局と地方組織が並立する事になります。まあ実態的には同じでも構わないのでしょうが、調査報告書の上り方です。どう読んでも、

ここも年間2000件が待っています。事故調大綱案の時にはたった一つの中央委員会で処理するとなっていましたが、この点はどうなんでしょうか。差し戻しまで審査するのであれば、相当な数の中央委員会が本来必要なはずですが、一言も触れられていません。ついでに言うと、第三者機関の構成メンバーも大綱案の時はかなり問題になりました。これについても具体的には一切触れていません。


刑事・民事訴訟との整合性・関連性はどうなのか

ここについては、まず冒頭に、

医療事故は刑事司法の問題としない

ほぉ、勇ましいなと思って具体的な提言場所を探すと。

 本提言では、「第三者的機関」は、刑事責任の有無を判断する機関ではなく、医療行為に関連する死亡の真の原因究明と再発防止を目的とする調査機関であるため、警察・司法へは調査結果を通知しないこととした。

 しかし、「第三者的機関」による調査結果は、当該医療機関・患者家族・医師会へ通知しプライバシーに配慮した上で公表するため、受療者がその判断で「第三者的機関」以外へ訴える途を閉ざすものではない。

 本提言の検討過程では、故意・重過失の場合、「第三者的機関」が警察へ通知することを義務づけることによってはじめて、「第三者的機関」が通知しない事例について刑事司法の介入を防ぐことが可能となる(トレードオフ)、とする意見もあった。

 この意見に対しては、「第三者的機関」が警察へ通知することを義務化したからといって、受療者から警察へ告訴する途は残されている。また、「第三者的機関」は、医療への刑事介入を防ぐことを目的とした制度でないことが、国民の信頼につながるという意見もあった。

何の事は無い、事故調が積極的に警察に通報しないだけで、警察介入についてはむしろ「謙抑的」の大綱案より後退している様に思えます。もう一つ、司法介入関係で、大綱案では医師の黙秘を認めないと言うのがありました。事故の原因究明のために医師に隠し事をさせないの趣旨ですが、一方で司法介入は「どうぞご自由に」も批判の元であったはずです。

ここまで読めばその点についても楽しい見解であるのが予想されると思いますが、

(5) 医師の免責制度について

 医療事故の原因を正しく分析し、再発防止に努めるためには、カルテほかの資料の提出や、関係者の事情聴取が必要となる。世界保健機構(WHO)のガイドラインにおいても非懲罰性が求められているとおり、関係者が安心して事故調査に協力できるようにするためには、医師の免責制度が必要であり、今後の重要な検討課題のひとつである。

そりゃ、こうなるでしょう。司法介入について実質無防備であるのに、医師証言の免責など並立するわけがありません。重要課題も何も提言の制度では実行不可能であるのは誰でもわかります。


感想

もし提言本体を読まれたらわかりますが、やたらと美辞麗句が踊る割りには、実質的な内容が極めて乏しいものである事がわかります。これでも事故調が海のものとも山のものと判らない段階で出されたものなら、叩き台の一つぐらいの評価はできますが、三次まで試案を重ね、成立寸前の大綱案まで出来ているのもかからず、この程度の内容とは少し驚きました。

そこで見方を少し変えてみます。提言はあくまでも各論でなく総論であると言う点です。2年前に挫折してあらたな叩き台を提言として出すのはアリです。次の事故調論議のスタートのための総論の提示の意味合いです。とはいえ、成立寸前であった大綱案はあります。これに対して、どういうスタンスを取るかの視点はあると思います。

前回の時の日医の姿勢は積極賛成です。日医の「ク」理事を筆頭にして全国の都道府県、学会を大汗をかいて説得に回っておられました。そのかいあって、もう少しで成立まで漕ぎ着けていたのは事実です。それでも挫折した点を日医はどう考えているかです。取るべき方向性としては、

  1. 前回の挫折の原因となった問題点の改善を図った上での総論案を出す
  2. 前回もう少しで成立しそうであったし、前回案は全面賛成なので同じ案を出す
私が読む限り前回案の支持のために日医は提言を答申したとしか思えません。前回の経緯を考えると不思議はないとは言えますが、前回案を支持したがために、前回案の問題点は無視した、ないしは日医自体はそもそも問題点として認識していないとすれば、提言は理解しやすくなります。

もう一つなんですが、現在の政治情勢で事故調案が成立の可能性が果たしてあるかないかです。何をするかわからない政権与党ですが、とりあえずそれどころではないと見るのが自然です。そんな時に厚労省案全面支持の姿勢を打ち出すあたりに何らかの意図ぐらいはあるでしょう。

最後に付け足しておきますが、医師会、とくに地方医師会は開業医の団体としても良いと思います。ほいじゃ、日医もそうであるかと言えば違うかと思います。日医の執行部は開業医でもなく、もちろん勤務医でもなく、病院経営者によって構成されています。病院経営者が日医を代表しても悪くはないのですが、立ち位置が変われば考え方、見方は変わります。

その辺をどう読むかは様々な見方がありますが、ま、日医の提案ですから、今後に事故調再成立の動きがあれば、医師会を締め上げる材料にはなるぐらいは見ても良いでしょう。