ツーリング日和28(第36話)与えられた唯一の男

「ピンポ~ン」

 今夜はピザだ。帰ってから買い物に行って作るのも面倒だったし、後片付けもね。言えばコータローが馬力でやってくれるけど、そこは妻の優しい心遣いだ。

「海鮮が多かったから、ええバランスや」

 それは言えてるかも。ビールを飲みながら夫婦のまったりタイムだ。こんな幸せな時間はこの世に他にないかもしれない。心の底から千草を愛してくれる優しい、優しい夫がいてくれるのだもの。

 それなのに、それなのに、どうしても昨日の朝に甦ってしまったトラウマの後悔が振り切れない。それもあれだけコータローに慰められ、勇気づけられてくれたのにだ。たった一回、たった一本の話だってわかってるつもりだよ。

 それでもコータローがポロっと漏らした本音が胸に突き刺さる。惚れた女のすべてを自分で染め上げたかったって。これだって、あくまでも理想とか夢の話で、そうじゃない女を軽蔑するって話でないのもわかってる。

 それと女からしたって、そうなるのは一つの理想だし夢だ。すべての女がそうだとまで言わないけど千草はそうだ。こんなもの千草の思想信条の自由だ。それもだぞ、そうなる可能性はむちゃくちゃ高かった。それこそあのクソ野郎がこの世に存在していなければそうなってた。

 もし初めだったら、どれほどコータローに喜んでもらえたかと思うとどうしてもね。そりゃ、最初の一発の話に過ぎないと言えばそれまでだけど、男がそれをどんだけ珍重するかぐらいは常識だ。

 そんな初めてを千草に与えられた唯一の男に捧げたかったと思うのは仕方ないだろ。男が処女のどこを楽しむかのすべてなんて知るはずもないけど、やっぱり初心すぎる反応だろうな。千草だって晒しまくったけど、どうしてあんなクソ野郎に見られてしまったんだ。まさにコンチクショウの極みだ。

 それもあのクソ野郎は楽しみさえしてないじゃないか。あのクソにとってはダッチワイフ相手に一発済ませたぐらいの感覚のはず。ダッチワイフどころか、豚相手よりはマシぐらいだったんだろうな。いや豚の方がマシ・・ぐらい言われそう。

 コータローなら、コータローなら、鼻血が止まらず救急車で病院に搬送されてたのに。そこで九死に一生を拾って・・・なんか変な世界だな。

「千草、画竜点睛を欠くって言葉があるやん」

 故事成語ってやつだろうけど、それって蛇足の逆ぐらいの意味のはず。

「さすが千草や」

 バカにしすぎだ。

「あれは大陸の言葉やんか」

 だから難しい漢字が並んでる。

「日本やったら別の考え方があるねん」

 なんかどこかで聞いたことがある話だな。何かを作ろうとしたら完成を目指すじゃない。完成を目指すためには、欠点とか、欠陥をすべて削ぎ落してしまうはず。それで完成って事になるのだけど、それだけではまだ不十分とする考え方もあるのはある。

 完成と言っても、出来上がりとしてどこか不満が残るって感じぐらいかな。油絵なんかそうなるそうだけど、どれだけ修正して手を入れまくっても、作者としては不満点が残るとかなんとかだ。

 でも中には完成度がむちゃくちゃ高いのもあるとか。あまりに高すぎて作者さえ、これ以上手出しが出来ないぐらいのレベルぐらいかな。

「完成の上の完璧って感じや」

 だけど完成の上の完璧になると逆に良くないものと言うか、かえって不吉みたいに扱われてしまうことがあるのか。

「そやな。完璧って言いようによっては上限に達してるって事になるぐらいや。なんでもそうやけど、上限に達してもたら後は下るしかないやん」

 えらい捻った考え方だけど、人ってピークを目指したがる生き物でもあるのかも。ピークと言っても、山みたいに頂上がはっきりわかってる訳じゃないから、どこにあるかわからないピークを目指してひたすら登ろうとするぐらいかもしれない。

 でも、そこに完璧が出現してしまうとコータローが言うように、それ以上やることが無くなってしまい、後は下るだけの人生になるのかも。ボクシングのチャンピオンなんてそうかも。

「それと完璧な物は壊れやすいともされてるねん。そやから、わざと一か所完璧やないとこを残しとくことがあるそうやねん」

 なるほどね・・・えっ、それって千草の顔色をまた読まれたってこと。でも言いたいことはわかったよ。現実はともかく、コータローにとって千草は完全無欠の女にされてしまってる。冗談じゃなく、そう扱われ、そう愛されてる。

 そんな千草の欠点の一つが初めてじゃなかったこと。だから千草のすべてをコータローは染め上げることは出来ない。どんなにコータロー色に染めても初体験のシミは残り続けてしまう。

 それでも、だから千草が良いって言ってくれてるんだ。そこまで完璧だったら、千草が壊れちゃうとか、下手したら若死にしたら困るって言ってくれてるんだ。だいじょうぶだよ。千草はタフだからね。


 でね、それを聞きながら別の事を考えてた。女が男に染められるって具体的にはどうなる事だってね。これも言い出したらキリがない話にはなるだろうけど、今日の話の流れだと、

『女は男に突っ込まれて変わる』

 少なくとも千草はそう実感してる。これへの異論は許さない。そんなやつはトコトコ教の究極奥儀で始末してやる。でも突っ込まれたらすべて変わるかと言えば違うと思うんだ。突っ込まれるだけじゃなく、

『突っ込まれて感じる事で変わる』

 突っ込まれるに二種類あるんだよ。それは入れられると貫かれるだ。言うまでもないけど、クソ野郎にヴァージンを奪われたのが入れられるで、コータローに愛してもらってるのが貫かれるだ。

 そりゃ、外から見ればやってることは同じだ。男が性欲を滾らせまくった象徴を千草に突っ込んでるからね。でも千草にとってはまったくの別物なんだよ。これは突っ込まれる深さですらない。クソ野郎だって根元まで入れやがったからな。

 貫かれるとは突っ込まれるだけじゃなく、女のコアみたいなところも貫かれるんだよ。あそこを貫かれてこそ女は感じ変われるんだ。千草はコータローのを突っ込まれた時にわかったもの。あれこそ貫かれたって思ったもの。

 女のコアって不思議なところで、あそこってまさに開発されるところなんだよ。そこを貫かれれば貫かれるほど喜びは深くなる。喜びは深くなるほど愛も深くなり、愛が深くなれば女はドンドン変わってく。

 クソ野郎が千草の処女膜を突き破りやがった事実は確かにどうしようもない。けどね。それで千草を女にしたと思っているのなら大間違いだ。千草を本当に女にしたのは、千草の女のコアを貫いたコータローだ。

 女はね、コアを貫いた男にのみ染められるんだ。入れただけのクソ男に染められたところなんかあるもんか。ここは胸を張って言える。千草はコータローに女にしてもらい、コータローだけに染められてる。これだけは信じて欲しい。

「千草の言葉を信じへんなんかあり得るか。オレは千草を女にした男や。文句があるならかかってこい。かかって来やがったら究極奥儀を覚悟せい」

 あのね、少しは戦ってよ。さすがに見送るだけじゃ寂しいよ。

「そやな」

 だからその戦うじゃないって。千草の背後に回るな。エプロンの背中は開いてるし、お尻だって丸出しなんだから。それにだぞ、それってコータローにとっては欲望の対象が剥き出しってことじゃないか。

 だから、肩越しに腕を突っ込んで来るな。こらぁ。そんなことをしたらダイレクトだ。さっき風呂場で散々やったじゃないか。下に指を伸ばすな、この助平野郎。だから突っ込むなって。そんなことされたら、そんなことされたら、

「嫌がってないやん」

 我慢してやってるのがわからんのか! 毎度毎度思うのだけど、この感覚っていつまで残るんだろ。残るどころか強くなってる気さえする。信じてもらうのは絶対無理だと思うけど、結婚してるし夫婦なのにやってるのはコータローなんだよ。

 これじゃ、わからんか。同級生の、それも中学の同級のコータローとやってるとしか思えないの。その証拠って訳じゃないけど、とにかく照れ臭いし、恥ずかしいなんてものじゃない。今だって顔から火が噴きそうなぐらいなんだ。

 これからベッドだ。これだって普通に欲しい。普通ですらないな。はっきり言えば今夜は猛烈に欲しい。あれだけロストヴァージンのトラウマに振り回されたんだもの。だからこそ素直に裸エプロンにもなったんだ。

 でなんだけど、千草の鼓動は張り裂けそうなぐらい高鳴ってる。そりゃ、夫婦であってもそうなったらいけないものじゃないけど、この高鳴り方は知ってる。あのロストヴァージンに臨んだ夜と同じなんだ。それぐらいの異常なものなんだよ。

「千草はホンマにいっつも新鮮や」

 そう思われてるのも知ってる。とっくに夫婦になってるし、仲はとにかく良いし、その上コータローは変態性欲煮え滾り野郎だ。ラブラブなんてレベルじゃない激熱夫婦だ。その名に恥じないぐらい余裕で求め合ってる。旅行中だって毎晩だ。

 それなのに、それなのに、いざベッドになると異常に緊張してしまう。怖いんじゃないよ、辛いんじゃないよ、ちゃんと感じてるどころか、もうダメってぐらい喜ばされてる。だからあんなに欲しいのになんだ。

 これってどう考えたって、中学の同級生のコータローと初体験に臨んでいるとしか思えないところがある。もちろん中学の時そのままじゃない。コータローはイケメンになってるし、コータローを含めてたった二人しか知らないとは言えとにかく逞しい。

 千草だっての話はあんまりしたくない。イケメンに変貌したコータローと較べるのも嫌になるぐらいブサイクのままだ。それでもだ、あの頃とくらべものにならない大人の女だ。当たり前か。なのにこの胸の高まりと異常な緊張感はどうしてなんだ。

 体の方はコータローに問答無用で開発されまくってるから、喜びまくるの方はドンドン過激になってる。それこそ天にもすぐに昇っちゃうのだけど、昇るのを見られるのがこれでもかぐらい恥ずかしいのよ。

 意識として初めてなのにこんな事までって真剣に思ってるんだもの。どう言えば良いのかな、体は経験に応じて素直に喜びまくってるのに、意識と言うか千草の感覚だけは初体験そのもの。それもだぞ、良いとこ取りだけの初体験感覚なんだよ。

 今夜もまた千草の初めてを捧げられる。冗談みたいだけど、そうとしか思えなくなってしまってる。あれだけ貫かれまくってるのに、いよいよ貫かれるってなると心臓はバクバク状態になるし、貫き通された時には涙が零れてくる。

 もちろん嬉し涙だよ。ついに一つになれたって心の底から思ってしまうんだ。信じなくても良いけど、ついにコータローの女になったと叫びたいぐらい。だけどだ、こんな事が普通はあり得るものか。実質コータローしか知らないようなものだから断言こそできないけど、常識的に起こるはずがないよ。

「今ごろ気づいたんか。そやけどとっくの昔に草は二度とこのマジックから抜けられへんようになってるで。あきらめろ」

 何をしやがった。催眠術か、それとも妙なクスリを盛りやがったのか。とは言うものの、そんな催眠術がこの世にあるとは思えないし、クスリなんかなおさらだ。だったら、だったら、コータローはなにをしやがった。

 でもだけど、この状態の何が悪いんだろ。ベッドに臨むたびに千草がコータローに処女を捧げてる気分になり切ってるし、それでいて渾身の恥じらいの中で女としての喜ぶことだってこれでもかレベルで出来ている。

 これのどこを、いわゆる普通に変えたら良いかって言われたら逆に困るだけ。そうだよ、出来ればずっとこのままの方が百倍も千倍も万倍も嬉しいとしか思えない。それもだぞ、この状態から、もう抜け出せないってしてるじゃない。

 わかんないけど、コータローは千草をこう染めようとし、ものの見事に染め上げられてしまった状態が今なのかもだ。

「千草、幸せか」

 これ以上の幸せがどこにあるって言うんだよ。だけど寝覚め代わりにぶち込むのはやめてくれ。あれってね、眠ってる間に処女をレイプされてる気分になるんだから。目覚めたらもう手遅れってやつだ。

 胸を揉むのは仕方がないから許す。悔しいけどあれ以上の方法が千草でさえ思いつかない。だけどだ。頼むから他の方法をなんとか編み出してくれ。だってだぞ、あの時にはコータローに痴漢されてる夢になるのが多いんだよ。

 でもそんなものは些細な事だ。寝醒めに貫かれるのがなんだ。起こすのに胸を揉まれるのがなんだ。ついでに下に指を伸ばされたり、千草のバレてしまってる弱いところを愛されまくるのがなんだ。

 それもこれも、コータローなら好き放題に弄んでも良いって誓いを立ててる女だからだ。それも神に誓い、契約書にサインをし、国家登録だってしてる。もちろんその誓いは殺されたって守り抜く。

 コータローはとにかく変態趣味が多い欠陥だらけの人間だけど、心の底から愛してる。コータローは最高。この世で千草に与えられた唯一の男だ。死ぬまで、いや死んだって離さないから覚悟しとけ。