ツーリング日和28(第6話)敦賀

 西舞鶴からは前のツーリングでも通った道だから迷いはしなかったけど、快走路とは言いにくいからじっと耐え忍ぶ道になったよ。東舞鶴市内を抜け、高浜、小浜。小浜から前のツーリングならレインボーラインを走るために国道一六三号を走ったけど、

「どっちが早いかわからんねんけど、今日は国道二十七号で行くわ」

 千草は遠回りにも思えたけど、ここはコータローに文句を言わずに三方五湖だ。美浜を通りトンネルを抜けたら、ついに敦賀だ。時刻だって大丈夫のはず。これで乗り遅れたらコータローを火炙りにしてやる。

 敦賀市内も国道二十七号で抜けて敦賀バイパスに入ったぞ、トンネルを抜けたらフェリー乗り場って書いてある。やっと敦賀港のフェリーターミナルに着いたぞ。前回のツーリングの時にこの辺も下見してるけど、

「あれやな」

 これまた立派なフェリーじゃないか。さすがは日本海の荒波を乗り越えて北海道まで行くフェリーだよ。

「一万七千トンやそうや」

 うん立派だ。バイクだから雨も心配してたのだけど、これだけは自信があったんだ。こういう行事ごとで雨に当たったことは殆どなくて、友だちからは日本一の晴れ女って呼ばれてたぐらいなんだ。

「そやから千草と結婚したようなもんや」

 こらぁ、そんな理由で結婚するな。まあ、雨女より良いか。駐車場に入ると誘導員の人がいて、バイクはこっちに停めておけって事だな。バイクも結構いるものだ。

「北海道行くのもおるやろうけど・・・そっちは少ないか」

 どうしてって聞いたら、新日本海フェリーは敦賀からでも直通で苫小牧に行く便があるから、北海道に行くならそっちに乗るだろうって。そりゃそうよね。せっかくだからとフェリーターミナルも見に行って、待つことしばしで乗船開始だ。

 橋みたいなものを渡って船内に乗り込んだのだけど、中に入った途端に、入口に近いとこに案内された。ここで良いみたいだな。あそこに客室入口って書いてあるから、あそこに行けば良いはず。エレベーターに乗って三階に。

 そこから長い廊下を歩いて行くとでっかいオブジェがあって、フロントみたいなのがあるな。船室は六階だから二つフロアを上がって、この部屋か。へぇ、カギは乗船券のQRコードなのか。さすがIT時代だ。

 この船室の扉を開けて入る瞬間がワクワクするのよね。さ~て今夜の部屋はどうなんだろう。これなかなか良いよ。ツインルームになるのだろうけど、大きなソファとテーブルもあって、窓からの光も素晴らしい。デッキにも出られて海も見えるじゃない。

 こっちに作り付けのディスクもあって、アメニティは一そろいあるし、ポットも冷蔵庫もあるじゃない。ユニットバスもちゃんとある。とくにトイレは嬉しいな。だって夜にトイレに行きたくなっても困らないじゃない。

 荷物を片付けたりしてるうちに出港みたいだ。コータローと船尾デッキに行って見てた。大分に行ったさんふらわあも良かったけど、なんか一段上って感じかな。そりゃ、これで北海道まで行くフェリーだものね。

「今度はフェリー旅も楽しめるで」

 それは言えてる。阿蘇にツーリングに行ったときは、夕方に乗り込んで、メシ食ったら風呂入って寝るしか出来なかったものね。それに比べたら、今から一日船にいて、夜は泊って、秋田に着くのは明日の朝だ。

 デッキで敦賀湾からフェリーが出て行くのを見送り、敦賀半島を後にしたぐらいで腹減った。だってだよ、ケチのコータローはコンビニのサンドイッチ一個しか食べさせてくれなかったんだもの。レストランはカフェテリア方式みたいだ。

「なんで店の名前がタヒチなんやろ」

 シベリアじゃ、寒そうだからじゃないかな。さて何にしようかな。サーモンとか、イクラとか、ザンギとか、ラーメンとか北海道にちなんだメニューが多いな。千草は知床塩ラーメンにしたけど、

「オレは北海道味噌バタコーンラーメンにするわ」

 お腹が満たされたら眠たくなってお昼寝。朝が早かったものね。ひと眠りしたら大浴場に。ホントはお昼寝する前にお風呂に入りたかったのだけど、眠気には勝てなかった。展望大浴場になっていて気持ち良かったけど、しっかり洗っておかなくっちゃ。

 汚れてたり、変な匂いがしてコータローに嫌われたら困るじゃない。夫婦になってから、もう信じるしかないのだけど、コータローは千草をまるで美の化身みたいに扱ってくれるんだ。それに相応しい美貌なんてカケラもないけど、これぐらいは夫婦でもTPOだ。なんか食っちゃ寝してるだけみたいだけど夕食だ。

「悪いけどグリルにはせんかった」

 何言ってるのよ。レストランの方が絶対に楽しいし、これぞフェリーの旅って感じがするじゃない。バイク乗りにはあんなグリルは似合うものか。さてさて、なににするかだけど、千草は新日本海フェリーオリジナルのビーフシチューセットにしてみた。

「東郷元帥がオーダーしたやっちゃな」

 出て来たのは肉じゃがだったけどね。コータローは新潟越乃黄金豚ハンバーグセットだ。替えっこしながら堪能して、自販機でビールを買い込んで、

「カンパ~イ」

 レストランでも飲んだけど、せっかくのフェリーの夜だ。ソファで、夫婦で肩寄せ合って飲むのは最高だ。やっぱり不思議な感覚だ。こうやってると幼馴染の友だち同士で飲んでる気分になるのだもの。

「千草もか。前も言うたかもしれんけど、オレの引っ越しがあらへんかったら違うたやろな」

 コータローは親父さんの転勤で豊岡に引っ越して、親父さんがその三年後に故郷で開業した時に戻っては来てる。だけどね、小学校の校区が違ったのよね。だから千草との関係で言えば次に出会ったのが中学になってしまう。

 中学だって十二クラスもあったから同じ中学にいるのだけは知ってたけど、実際に話をしたのは同級生になった中三の時になってしまうのよね。

「感動の再会やったな」

 ウソつけ。そうじゃなかっただろうが。ここなんだけど、コータローがずっと故郷にいて、小学校から一緒だったら、フルコースの幼馴染ラブが出来たかどうかだけど、無理だと思うよ。

 だってさ、千草がブサイクなのはずっと同じだけど、コータローだってずんぐりむっくりのマメタン状態なのよね。いくら幼馴染でも、あの年代なら見た目が九割どころかすべてみたいなものじゃない。あの頃の千草でさえコータローは完全に恋愛対象外だったもの。

「まあそうやねんけど、あれは中断があったからやろ」

 それでも無いと思うよ。人ってさ、女も男も関係ない時代から、この世に女と男がいるってまず知るじゃない。その次になって異性を強く意識し始めて、それが恋愛感情になっていくものだ。

「その魅かれる要素が見た目か」

 どうしてもね。誰だってそうのはずよ。見た目より心が大事ってよく言うけど、そこまでになるには、やっぱりそれがわかる成長が必要なんだよ。やっと異性に目覚めた中坊程度にそこまで出来るはずないじゃない。

「せめて高校が一緒やったら」

 中坊より高校生の方が成長はしてるけど、それでもまだ高校生だ。女の方が早いと言っても、そうだな、射程距離がナンバーワンからベストテンに広がるぐらいがせいぜいだ。それ以外はその他大勢だよ。学園ドラマなら通りすがりのエキストラだ。

 なんか妙な誤解と妄想が入り混じってる部分があると千草は思うのだけど、ブサイクだって好みはイケメンと美人なんだよ。ブサイクだからブサイクが好みのはずがないだろ。言うまでもないけどイケメンは美人が好きだし、美人もイケメンが欲しい。

 それとだが、イケメンや美人は性格が悪くて、ブサイクは心優しいも幻想だ。こんなもの、単にそういうのがいるだけの話に過ぎないってこと。

「なるほどな。恋愛ドラマで性格の悪い美人やイケメンがライバルとして設定されるのは、あれぐらい性格が悪いハンデを付けられて、ようやくブサイクが戦えるってことやもんな」

 幼馴染が久しぶりに再会してラブに落ちる条件は、相手が見違えるように良くなってるのが必須だろうが。あれってね、別に幼馴染じゃなくても惚れてるよ。幼馴染であるのは、

「そっか、そっか、出会いのキッカケ程度なんや」

 再会系の幼馴染ラブが成立するもう一つの条件がある。相手がイケメンなり、美人に変貌しているだけじゃなく、こっちだって美人やイケメンに変貌してるってことだ。片方だけだったら、

「挨拶だけして終わりか」

 まあ、そうなると言うか、それ以上にどうしたら進むって言うのよ。

「オレらが一緒になれたのも、千草がこんなに魅力的な女性になってくれたからの部分はあるよな」

 ホントにそう見えているらしい。コータローはイケメンになったし、社会的な地位も、収入だって手に入れている。なにより変わったのは女を見る目だろう。どうしてあそこまで歪み倒したのかは夫婦になっても謎のままだ。

 千草は筋金入りのブサイクだし、ブサイクのコンプレックスにさらされ続けて、性格も捻じれ捲ってる。それぐらいは自分のことだからよく知ってる。そりゃ、もうってぐらい男に振り向いてもらえなかったもの。

 コータローがまともな審美眼を持っていたら、どんな女だって選び放題なんだよ。それなのに選りもよって千草を選びやがった。こんなもの、そんなハズレ女に熱中するって変態性欲煮え滾り野郎としか言いようがないだろうが。

 でもね、もう夫婦だし、コータローが千草に満足してくれるならそれで良いと思ってる。だってこんなに千草は幸せだ。さあて、友だちタイムは終わりだ。ここからは激熱夫婦タイムの始まりだ。