ツーリング日和27(第25話)黙って見送るジハド

「千草はなんか聞いてるか?」

 う~ん、何かって言われても困るのだけど、そうだな、あの二人に関係するかどうかわからないけど、一条製作所の経営が少し苦しいらしいは聞いたかな。危機ってほどじゃないらしいけど、

「輸入品か?」

 品質は日本製の方が良いらしいけど、価格になるとどうしてもってところかな。スコップだってプロが使うのなら品質の差は大きいし、使う方だってこだわるところだと思うけど、

「コストダウンの要求はどの業界かって厳しいやろし、家庭用やったらコストに流れ安いもんな」

 これはスコップだけじゃなく、あらゆる製品に起こってることなんだよね。だからこれにどう対応していくかで、どこも知恵を絞ってるはず。

「一条さんのお兄さんは知っとるか?」

 会ったことないけど、二番手校から東淀川工業大だったはず。

「西の東工大か」

 東工大が怒るよ。それって東京新聞と大阪新聞を並べるようなものじゃない。

「どんな比喩やねん」

 まあそうだけど。佳澄のお兄さんに関しては、とくになんて言う話を聞いたことがないな。とりあえず副社長とか専務ぐらいだったはずだよ。

「一条さんが離婚したなんて話もあらへんよな」

 佳澄が離婚したらわかるよ。うちの故郷だよ。安定の田舎クォリティだ。

「答えはシンプルやねんけど、組み合わせが気になるな」

 それは思った。イッチって人は向上心も強いけど上昇指向も強そうだもの。付け加えればエリート意識も強そうじゃない。佳澄は千草よりはマシだけど、取り立てて言うほどの美人じゃないし、年齢だって同い年だ。じゃあ、純然たる火遊びだとか。

「それやったら、オレらを見たら気づかれんようにするやろ」

 そこなんだよね。不倫は気づかれないのが生命線みたいなもののはず。イッチは千草を知らないだろうけど佳澄まで加わったから、あの二人が何者であるかはわかってしまうし、どういう関係だろうぐらいの答えはすぐ出るもの。

 ここは全部で五部屋程度の民宿だけど、わざわざこの宿を選んだのは、フグ目当てもあるかもしれないけど、出来るだけ人目に付かない宿を選んだのもあると思うんだ。メジャーな宿なら、ヒョイってな感じで知り合いに出くわしてしまうリスクの回避のためだ。

 それなのにわざわざ向こうから絡んで来るってどういうつもりだ。あれだってイッチだけならまだわかる。だけど佳澄は完全に意味不明だ。結婚しましたの年賀状まで送り付けているだろうが。既婚者が旦那以外と二人で旅行してたら、誰だって考えることは一つしかありゃしない。

「二人が一緒に旅行してるのを、見せつけてもエエ段階になっとると見るべきやろ」

 そりゃ、そうなるけど、それだったら次に起こるのは佳澄の離婚騒動になるじゃない。佳澄をそこまでしてイッチが手に入れたいとするのは無理あるな。そりゃ、女と男の仲だからなにが起こっても良いようなものだけど、

「常識的にはそうや。そうやけど、イッチも一条さんも利害が一致している可能性はあらへんか」

 はぁ、どんな利害だよ。千草も他人の事を言えないけどアラフォー女だぞ。女としての価値はどうしたって若いのに勝てないよ。それが男だろうが。

「オレかってイッチがどんな女が好みかはしらん。言い出したら人妻好きってのもあるやんか」

 それを言い出せば年上好みの男だっているのは知ってるけど、佳澄は、

「そうや。既婚者に手を出してまでとなると、火遊びの領域を越えてるやんか。そやから二人の利害の一致があるはずやんか」

 論理的にはそうなるけど、

「イッチが未だにオレを気にしとったんはわかるやんか」

 だよね。イラストレーターの方は匿名みたいなものだから仕方がないとして、フリーターの麻酔科医をしてるのを知ってたもの。

「フリーターやないフリーランスや」

 同じようなものじゃない。それぐらいはネット情報でわかるかもしれないけど、その気で探さないとわかるものか。そんなイッチなら、やりたいのはコータローを凌ぐことになるのだけど、はて? なにをどうやって、

「そこの価値の評価はそれぞれ過ぎるけど、イッチが社長の椅子を狙ってるとのはまずあるやろ」

 社長と言っても田舎の中小企業だよ。

「そやから価値観は人それぞれや」

 そんなに社長の肩書が欲しかったら起業してベンチャーやれば良いのに。まあ、そっちはそっちでリスクが高過ぎるから田舎でも社長の椅子が欲しいと考えるのか。

「もう一つはベタやけど一条家の資産狙いや」

 田舎レベルだけど一条家も資産はあるはずよね。そう考えれば佳澄の狙いは、

「一条さんも千草にマウントするために社長の椅子を狙うとったやん」

 えっ、えっ、そんな利害の一致で共闘してるって言うの。それ無理があり過ぎるよ。

「千草の言う通りなんやが、そういう妄想に二人が燃え上がっとると考えたら、謎はすべて説明出来てまう」

 えっとえっと、佳澄は学歴のある旦那をゲットすることで、お兄さんを押しのけて社長か社長夫人になろうって言うの。

「二人の役割分担はわからんけど、離婚したら一条さんは旧姓に戻るやんか。イッチは婿養子で・・・」

 えっとえっと、イッチは婿養子として社長になり、佳澄は社長夫人で一条家の当主になるってことか。戸籍上は可能だけど、そんな事が、

「イッチは大学出てからも不遇やったんやろな」

 そうなるか。だってエリートコースを歩んでたら、不倫までして田舎の社長の椅子なんか狙うはずないものね。二人がどこでどう出会ったかなんか知りようもないけど、

「イッチはオレにこだわったばっかりに道を踏み外してもた気がするわ」

 誰かをライバル視するまでは必ずしも悪くないはず。スポーツの世界だったらごく当たり前にあって、切磋琢磨する事でお互いを高め合うもの。でも人生となると弊害も多いかな。何事も過ぎたるはなんとやらだ。

 コータローを敵視するあまり、医学部志望に変えて受験を失敗。一方のコータローは合格してしまったものだから挽回を狙って京阪大医学部を狙って不合格で二浪だ。コータローにあそこまで執着しなければ、

「あいつの成績がどうなっとったかは知らん。結果から言うと、入学の時より落ちとった気がするねん。それでも西宮学院は入れてるやんか。素直に進んどったら違う人生があった気がするわ」

 もちろんすべては結果論。すべてはイッチの選択がもたらしたものだ。そういう意味では自己責任としか言いようがない。コータローが言う通り、イッチは大学卒業後もコータローをいかにして凌ぐかにこだわり続け過ぎてたのかもしれない。

「医学部の裏金入学の話はかなり言われたわ。そんなカネがある奴ってな」

 コータローを凌ぐのが上手く行かないから、一条家と一条製作所の資産を狙ったって言うの。

「オレもあの場でどうしてエエんかわからんかってん。あんなエライこと見せられたもんやから、頭がフリーズしとった」

 千草も腹が立ったけど、あそこで言い返しても不毛なだけなのはわかるよ。でも見ちゃったし、知っちゃったじゃない。とりあえずどうするの。

「寝よか」

 今夜は欲しいけど、そうじゃなくて、

「トコトコ教の神髄のジハドで行く」

 ああ、黙って見送るだね。あえて二人の足を引っ張って恨みを買うのもアホらしい。

「あんなもん手を出せるか!」