ツーリング日和22(第36話)再びのヴァージンロード

 二人の初夜旅行から帰るとまず行ったのは不動産屋。なんのためにってか。そんなもの引っ越しするためだ。さすがに1LDKじゃあ同棲するにも狭すぎるだろ。とりあえず3LDKにしたのだけど、

「ここが新居・・・」

 バカ言うな。ここは同棲のためだけの愛の巣だ。新居は新築に決まってるし、もう発注してある。

「美玖のためにそこまで・・・」

 これでも部長だし、それよりなにより愛する美玖のためだ。美玖から新居の言葉が出たのは、ボクは結ばれた時からそれしか考えていないし、美玖も塩田温泉の朝に心を決めてるからね。

 同棲してから忍者ハットリ君の秘密も知った。一度だけ見せてくれたのだけど、あれは化粧なんて代物じゃない。女優さんや夜の蝶の営業用メイクも越えていて、そうだな、SF映画とかの特殊メイクだよあれ。

 なら素の美玖はどうしているかだけど、あれってスッピンじゃないかと思うほどの薄化粧なんだ。だから朝の支度の手早いこと。

「本音で言うと、こっちの方がラクなのです」

 たく、そこまで手間とヒマをかけて忍者ハットリ君に化けてたのに呆れたよ。同棲生活が落ち着いた頃に改めて美玖にプロポーズ。

「こんな日が、こんな日が美玖に来るなんて・・・」

 だから泣くなって。美玖が思いの外に泣き虫なのは良くわかった。後は結婚へのステップを順番に踏んで行くだけ。

「お互い初婚なのに経験者と言うのが妙な感じです」

 ボクも思った。美玖の親への挨拶、ボクの親への挨拶、両家の親族顔合わせのお食事会と済ませて行ったのだけど、そこにデジャブーを感じてしまったのを白状しておく。媒酌人は社長にお願いして結婚式の準備も進めて行った。

「因幡の白兎がキューピットみたいなものですから、神前式もありとは思うのですが・・・」

 二人で悩んだのは式の挙げ方。挙げ方と言っても披露宴会場に選んだホテルの関係で神前式かチャペル式の二択なんだけど、チャペル式となればヴァージンロードになり、ボクも美玖もトラウマはたんまりある。だから神前式に回避するのもあるけど、

「リベンジするべきです」

 あのトラウマをそのままにするのも良くない気はどこかにする。

「白無垢も悪いとは言いませんが、やはりウェディングドレスは女の夢です」

 ボクだって美玖のウェディングドレス姿は見たいもの。そして迎えた結婚式前夜。ここもどう過ごすかはある。ボクも美玖も前回は実家で過ごしていたけど、

「今夜は何があろうとも二人で過ごします」

 美玖はこの時点で相手にトンずらされているし、由衣は持ち逃げ野郎とベッドで奮戦された。だから二人の愛の巣で過ごすことにした。そうなると問題になったのは結婚式前夜の過ごし方だ。

 翌日は結婚式だ。これも長丁場だし、結婚式が終わった夜には新婚夫婦の儀式もある。初夜の価値とか重みとかの考え方は前に美玖とも話したけど、それでも初夜だ。だから控えるの選択もあったけど、

「どうか美玖に真実の愛を見せて下さい」

 美玖の心遣いが嬉しい。由衣は持ち逃げ野郎を口説き落とすために真実の愛を見まくっていた。美玖がそんな事をするなんてあり得ないけど、リベンジとして愛する美玖に渾身の真実の愛を見てもらった。

 これは美玖のためでもある。美玖の相手はもう高飛びしてやがっていたはず。だから結婚式前夜に真実の愛を二人で見続けるのは美玖の不安解消のためには必要なんだ。一夜明ければ結婚式当日の朝になる。

「美玖の心と体に、剛紀の愛の雫でしっかりと真実の愛を刻んで頂きました」

 刻めるだけの真実の愛を刻めた点でボクは安堵感があったけど美玖の顔は引きつっていた。マンションからはタクシーで式場に向かったのだけど、美玖は不安そうに片時たりともボクの手を放そうとせず式場に着くと、

「ついにここまで一緒に来れた・・・」

 気持ちは痛いほどわかる。前の時の美玖の結婚式は式場に着いた時、いやその日を迎えた時に既に終わっていて、美玖がやったのは待ち惚けさせられただけだったもの。そこから控室に行って着替えることになるのだけど、別れ際に美玖は泣き声で、

「待っていて下さい。どうか祭壇の前で待っていて下さい」

 美玖をしっかり抱きしめて必ず待っているからと何度も、何度も言ったよ。泣きじゃくってしまった美玖が落ち着くまでだ。まるで、永遠とまでは言わないけど、これから長い間、離れ離れになってしまう別れのシーンに見えたと思う。式場の人が変な顔をしてたな。

 式場の人なら結婚式当日時の修羅場のあれこれぐらい知ってはいるだろうけど、目の前の二人がどちらも式当日に相手に逃げられた経験者まではわかんないだろうな。そんな事は滅多に起こることじゃない。

 ましてや、そんな経験者が出会い、結ばれ、再び結婚式に臨もうとしていて、異様な緊張感の中にいるなんて思いもしないだろ。思えばレア中のレアのカップルの結婚式だ。これぐらいは見逃してくれ。

 控室で着替えを済ませたボクはひたすらプレッシャーに襲われていた。あの日はやっとここまで来れたと思っていたけど、今日はここからがボクのトラウマとの戦いだ。式場の人が来て、

「お時間ですので、ご案内させて頂きます」

 式場の扉の前で大きく深呼吸をした。扉が開き式場の中に入り、参列者に一礼をしてからヴァージンロードを進んだ。ヴァージンロードの終わりのところで向き直り、美玖が入って来るのを待ち受けた。

 程なくして扉が開き、父親に手を取られて美玖が入ってきた。綺麗だ美玖、世界で最高に美しい。母親にヴェールダウンしてもらった美玖は、再び父親に手を取られヴァージンロードを進みだした。

 ウェディングステップで一歩、また一歩と進んで来るのだけど、美玖が進むたびにボクの心臓のドキドキが極限にまで高まる。式場は違えど、あのあたりだったと思うと胸が張り裂けそうになった。

 途轍もなく長い時間に感じたが、ついに美玖はヴァージンロードを渡り終えた。父親から美玖が手渡され、美玖の手を取った。ここまでやっとたどり着いた。祭壇の前に二人で進み未体験ゾーンに突入していった。

 賛美歌斉唱、聖書朗読、誓約、指輪の交換、誓いのキス、結婚宣言、結婚証明書へのサイン、牧師による結婚成立の報告と続き新郎新婦は退場。参列者はチャペルの外に出て待機。美玖と扉を開けて出るとフラワーシャワーを浴びせられ、美玖はブーケをトスした。そこから披露宴会場に向かいながら、

「長い回り道でした」

 長かった。本当に長かった。でも回り道じゃない。あの時にまっすぐ進んでいたってそこに幸せなんてあるものか。あれは進んではいけない道だったんだよ。この回り道は美玖を愛するために必要な試練の道だったんだ。

 あの試練の道を通り抜けたからこそ、美玖の本当の素晴らしさを知ることが出来るようになれた。あの試練の道はボクを成長させたんだ。

「だから忍者ハットリ君でも愛せたと」

 ああそうだ。世界で一番愛おしい人だってね。そんな愛おしい人を伴侶に出来たボクは幸せ者だ。たいした男じゃないけど、美玖を愛する事なら誰にも負けない。

「剛紀の一穴への誓いは既に永遠です。この思いが負けるものですか」

 この場に及んで一穴を言うか・・・いや、もう夫婦になった。美玖の一穴を愛し、守り、幸せにすることがボクの使命であり、ボクの生きるすべてだ。