ツーリング日和22(第32話)翌朝

 目が覚めた時は朝だった。昨夜のことが夢か幻にも思いそうだけど、ボクの隣に眠っているのは美玖だ。美玖の体は出張の夜に見てはいるし、それが完璧なのは知ってはいたけど、ベッド上になるとそんな生易しいものじゃないのを思い知らされた。

 どこに触れ、どこを愛してもまさに極上とはこの事だろう。今までの二人とはモノが違う。まさに神が作った最高傑作だ。そんなものを相手にすれば、凡人の男では極限まで頭に血が昇り切るしかないだろうが。

 美玖はどこを取っても完璧以上なのだけど、ついに男と女の関係に入らせてもらった時に、そりゃ、もう驚嘆するしかなかった。別物なんて陳腐な表現じゃ言い表されるものじゃない。こんなところがこの世に存在するのが信じられなかった。

 後は狂乱するしかなかった。こんなもの誰が止められるものか。ひたすら美玖を求めた。男には賢者タイムがあるはずだけど、美玖の前ではなんの意味もなかった。美玖が存在するだけですべてを超越する。

 この世で最高の女の表現さえ美玖の前では謙遜の極致、いや侮蔑にさえなる。人類が誕生してから、いやこれから人類が滅亡するまで、美玖の足元にさえ及ぶ女は出現しないと余裕で断言できる。

 これだって、どれだけ控えめに言ってることか。まさに存在する奇跡そのものなのが美玖だ。奇跡じゃ全然足りない、天使や女神だって美玖の前では下女にもなれない。

「うぅ、おはよう」

 美玖も目覚めたか。寝顔も素晴らしいけど、目覚めた顔は一段と魅力的だ。

「忍者ハットリ君って言ってましたけど」

 そんな事を言うやつはこの世に不要だ。宇宙の塵にしてやる。まあ、言わせるやつは言わしといても良いか。本当の美玖の素晴らしさはボクだけが知っていれば十分だ。知られたら奪いに来る勘違い野郎の相手が大変だからな。

「それにしてもの剛刀でした。まさかあれ程とは・・・」

 美玖も喜んでくれたか。

「もちろんです。あんなに強烈な真実の愛があるとは感動です。それも、あれだけ見させてくれるとはまるで夢の世界にいるようでした」

 美玖が真実の愛を見たのはボクにもはっきりわかったけど、

「あれを気づかれるのは恥ずかしいとはしましたが、心の底から愛する人ならば知って欲しいのです。自分がどれほど嬉しく、喜ばしい思いをしているのかを」

 そんなものなのか。でもこの状況も嬉しいけど困ったな。昨夜のままだから、しがみついてくる美玖も昨夜のままなんだよ。それだけじゃない、昨夜にあれだけ美玖を貪り尽くしたはずなのに、

「剛紀の愛の雫を受け永遠の一穴にならせて頂けた身で御座います。なんの遠慮があるものですか。美玖は剛紀に満たされる事が喜びであり生きる事のすべてです」

 昨夜の狂乱が頭に甦る。美玖、愛してる。二人で真実の愛を朝の光の中でしっかりと確認してから、旅館の風呂に。ここは六室しかないから貸切なんだよな。つまりは美玖と二人で入るのだけど、昨日はさすがに照れ臭すぎて無理だった。

 だからわざわざ外湯に行ったのはある。外湯は外湯で良かったし、ああいう体験も良かったけど二人で入る貸切風呂は最高だな。美玖の身ぶり、手ぶり、なにげない仕草がなんて魅力的なんだ。声なんて天上の音楽より一万倍素晴らしい。

 ボクは美玖の価値を見誤っていた。これほどの女がこの世に存在しているなんて、どんなに想像力を逞しくしたって無理だ。人のチンケな想像力を超越した女が美玖だ。そしたら美玖は、

「剛紀が一穴主義なのは存じてますし、そこにも惚れこみはしましたが、まさかこれ程とは嬉しすぎる誤算です」

 なんの誤算だ。素直すぎる感想だけど、

「アバタもエクボの究極みたいなものです。今までの女もそう見えていたはずです」

 うぐぐぐ。これは痛いところを。ああそうだよ。その時はそう感じて、そう見えてた。それは認める。それがボクの一穴主義だ。美玖と男と女の関係になって見え方が変わった部分があるのは認めるよ。

 けどな、けどな、まだ三人目だけど、その中で美玖はまさに別格なんて言葉じゃ表現しきれないぐらい良い女だってことは本当だ。

「そう言われた女は美玖で二人目になります」

 むむむむ、結果としてはそうなってしまうけど、ボクは美玖を・・・

「そんな剛紀に美玖は惚れましたし一穴にもなりました。しかも永遠ですからよろしくお願いします」

 言われるまでもなく永遠だ。お風呂を上がって朝食を頂いたけど、食べる姿さえ完璧だ。この世の素敵をすべて集めても美玖には及ばない。いかん、いかん、そんな事を思うとまた止まらなくなってしまう。これって夢じゃないよな。

「ある意味では夢かもしれません。美玖もこれほどの夢の世界が存在するとは想像すらしていませんでした」

 あの男を越えたか。

「話にもなりません。あの男にも真実の愛を見せられましたが、次元が違い過ぎます。ここで美玖が見たのは本当の真実の愛の世界です。それを剛紀に見せてもらえました」

 そこで美玖は悪戯っぽく笑って、

「夜叉の罠に嵌ったと思ってませんか」

 思ってるよ。平荘湖で出会ってからずっとだ。完璧に嵌められている。ここなんだが罠があると気づいた時に人はどうするかだ。罠を回避するのもある、罠を逆手に取るのもある。ボクだって必要があればそうする。

 だけどな、世の中には逃れたくても逃れられない罠だってあるんだよ。そういう場合は覚悟を決めて飛び込んで死中に活を求める。それだけの話だよ。

「よく言います。確かに飛び込まれましたが、罠を食い破り、踏みつぶしてしまったじゃないですか。あれが剛腕藤崎だと良くわかりました」

 後悔してるか?

「夜叉だって幸せを掴みたいのです。もう離しません」

 そんな他愛ない会話を楽しんでいたのだけど、美玖は、

「因幡街道の話を少し良いですか」

 今来てるのは因幡街道だものな。若桜経由の因幡街道を因幡人が重視したのは距離のはずだけど、

「それは絶対にあります。古来の街道は歩きやすさより距離を重視しているところが少なくありません。因幡街道も例外じゃないぐらいですが、もう少し根源的な話です」

 そういう見方か。古代因幡の中心は八頭にありそこに因幡王国みたいなものがあったのはそうだと思う。この因幡王国だけど、どうも千代川を越えて西側にはあまり広がらなかった気配はあるんだよな。

「千代川の西側は高草郡になりますが、因幡風土記逸文では沼沢地であるだけでなく、しばしば洪水に見舞われるところであったと見て良いはずです」

 老いた兎が洪水で流されてるものな。だから当時の開墾技術では手が出せなかったのかもしれない。じゃあ、北側は、

「千代川の下流になりますから同様の状況であった可能性もあると考えますし、ここには漁業を中心とする鰐族がいたと見たいところです」

 そうなると八頭の因幡王国は西にも北にも進めないから東に勢力を広げるよな。ただ東と言っても、

「若桜で行き止まりになります。ここなのですが、八頭の因幡王国が栄えるとどうなるかです」

 栄えるの意味はあれこれあるけど、ごく単純には人口が増えるでも良いと思う。ただ増えすぎると食えなくなる。とにかく自給自足だし、

「だから戸倉峠を越えようと思ったのではないかと」

 そちらに伸びて行かないと死活問題みたいになっていたかもか。戸倉峠は険しいけど食えないとなれば生きるために越えるよな。この時の因幡人の記憶が残り戸倉峠を越えるのが延々と残ったのか。

「それもあるはずですが、最初に越えて揖保川流域に植民地を作ったのは因幡人ではないでしょうか」

 ああそうか。播磨は出雲系が開いた国ではあるけど、原初は因幡人であってもなんの不思議もないはずだ。出雲系とされているのは、因幡が出雲に吸収されてしまったからか。そうなると、

「因幡人にとって原初の播磨は同族の地です。だから親しみがあったのかと考えています」

 見知らぬ土地に行くより、同族がいるところの方が良いよな。そんな話をしながら朝食を終え出発だ。帰り道になるけど距離はあるからな。